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毎日更新しています! クラブ・ウィルビー代表 残間里江子ブログ 波乱万丈、ケ・セラ・セラ 残間里江子が出会ったヒト、気になったモノ、体験したコトなどを紹介しています

フォトアルバム

2月14日(木)

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ワクダと二人でバレンタインディナー!

 

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特製バレンタインケーキ。

 

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ヒロモリ&ヨネクラに私からのバレンタインチョコ。

 

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女友達から届いたチョコ。

 

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アート引っ越しセンターの寺田千代乃さんから届いたチョコ。

 

2月13日(水)

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3階の右側、電灯が点っている部屋がキャンデッド創業の場。

 

2月8日(土)


プレミア和歌山セレモニー。審査委員特別賞と奨励賞の受賞生産者とプレミア和歌山パートナー、仁坂知事と。

 

2月3日(日)

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"野焼き後"の秋吉台カルスト台地。

 

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洞窟内から見た秋芳洞の幻想的な入り口。

 

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山口市で生まれ育った中原中也の記念館。


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イスラエル・ガルバン × AI のコラボレーション新作ダンス @ 山口情報芸術センター。

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ガルバンの新作ダンスについて、事前レクチャー。

2月2日(土)


湯田温泉「女将劇場」の宮川高美さんと。こちらは本番前の素顔です。


舞台。


地元の大学生・男子と。


大学生・女子と。


女将独学の水芸。絨緞の上に敷かれたビニールシートは水浸しでした。


お琴の演奏。最後は糸は切れ、柱もツメも飛んでいきました。


マジックショー。


女将考案のオリジナルショー。


女将考案のオリジナルショー2。

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女将考案のオリジナルショー3。安倍総理の地元です!


90歳の舞姿。女将さんのユーモア演出です!


幽玄の世界です。


女将さんの筋力は実年齢マイナス20歳ほどです!


最後の演しもの。サダコ。「これをやりたくて髪を伸ばしたのよ」


女将さんの髪の毛に墨を付けて書を書きます。「雅を極めて……」

1月31日(木)


関空は大雨でした(機内から)

1月30日(水)


関空へ向かう飛行機から。静岡側は雪が少なく山梨側は雪に覆われています。

1月26日(土)


東京国際キルトフェスティバル 。


東京国際キルトフェスティバル 百恵さんの作品「ようこそ!」


百恵さんの先生・鷲沢玲子さんの作品。


「モネ=ジヴェルニーの庭」展示の前で 。

1月23日(水)


フジサンケイ広告大賞クリエイティブ部門審査会。左からCMディレクターの中島信也さん、コピーライターの谷山雅計さん、私、弘兼憲史さん。


写真家の加納典明さん、劇作家・演出家の鴻上尚史さん。

1月9日(水)



電通年賀会2019。

1月8日(火)


NPO法人「農家のこせがれネットワーク」代表・宮治勇輔さんと。

1月2日(水)


お正月の迎春花は啓翁桜にしました。上野の桜が咲く頃には正月太りが解消されていますように。

1月1日(火)


「羽鳥モーニングSP」より。

12月30日(日)


大晦日イブの目黒川沿いの道。誰も歩いていないけれど、淋しくありません!

12月29日(土)


大船の空。


久しぶりの大船観音さまです。


観音さまの前には縁結びの紅梅・白梅があります。


廊下、玄関など部屋のあちこちに飾ります。葉のついた橙は和歌山県産です。

12月26日(水)

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生島さんのラジオにスタジオ生出演。ゲストのハーバード大学&ソルボンヌ大学、そして東大の各医学部教授の根来秀行さんと。

12月24日(月)


開店30年のお店を閉じる決心をしたサヨコさんに30年の薔薇をお持ちしました。


和歌山のじゃばらで作ったサッパリ・スッキリのカクテル。

12月22日(土)


「willbe混声合唱団」同窓会。

12月20日(木)

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母の墓前のスターチス。

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母の在りし日の写真と紫色の花々。

12月18日(火)


青山学院大学の三木義一学長と。


オシャレな青学キャンパス

12月17日(月)


新幹線の車窓から。浜名湖。


滋賀周辺。



大阪。

12月16日(日)


レストラン「NARISAWA」の成澤由浩シェフと。


お料理。

12月7日(金)


平野暁臣さん(中)と中村陽一先生。ニッポン放送「おしゃべりラボ ~しあわせSocial Design」にて。

12月3日(月)


風吹ジュンさんと。


永田町界隈の秋。

11月23日(金)


さだまさしさんと。さださんのInstagramにも私との2ショットを載せていただきました。

11月20日(火)


マラソンの父・金栗四三の言葉を絵文字にした林檎。山形の「歩く旅人」コグチさんからいただきました。

11月17日(土)


湿布だらけの左手。力が入らず、コップも持てません。

11月12日(月)

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愛知名物「てばさきいか」で角ハイボール。

11月7日(水)

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宇多田ヒカルさんのライブ会場の戸外にあった看板。

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株式会社アマナの進藤博信社長と。ニッポン放送「おしゃべりラボ」収録後。

11月3日(土)


宮古上布のポスター。


池間ヨシ子さんが製作した宮古上布。東京で買えば300万円はするようです。


朝から晩まで毎日織り続けて半年余で着物1枚を織り上げます。


昔ながらの製法で作る島豆腐。


石嶺とうふ店の2代目当主山村日出男さんと。


豆腐の型とゆし豆腐と島豆腐。


どしゃ降りです! 雨は写真に写らないのが残念です。


これがホントの今年最後のかき氷。後ろに並んでいるのはお店のオーナーの手作りです。


日本最長の伊良部大橋。無料の橋の中では、です。


最後に2ショットで!

11月2日(金)


与那覇前浜ビーチで拾った貝と石 。さて、どちらがナカヤマでどちらが私の拾った貝&石でしょう?


午後は雨でした! 南の島の雨はオツなものです。


エイサー。ホテルスタッフとは思わず……。


エイサーの獅子。中に入っているのは小学4年生の男の子2人です。


指名されて特別出演したナカヤマ。合唱を始めたお陰でリズム感がよくなりました!


みんなと一緒!

11月1日(木)

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宮古島上空。

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上空から宮古島を見ました。

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この白浜こそが宮古島の宝です。

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麺と雑貨とかき氷のお店「ぐるぐるめんや」。

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「ぐるぐるめんや」を経営する夫婦には、子どもが7人! 左が店主。右は水野さん。

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今年最後のかき氷。

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居酒屋のトイレに飾ってあった言葉。

10月30日(火)

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和歌山の帰り。富士山がこの角度で見えるのは珍しいのです。

10月29日(月)

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紀の川を渡れば間もなく和歌山駅。

10月27日(土)


willbe混声合唱団。特別講師のクミコさんを囲んで。

10月26日(金)


佐藤しのぶさんと。『清流』の対談で。

10月21日(日)


黒柳徹子さん「ライオンのあとで」大阪千秋楽公演。

10月18日(木)


第11期一流塾第6回。左から、講師を務めた斉藤惇特別顧問、一柳良雄塾長、私、福川伸次東洋大学理事長、渡邊五郎元三井物産副社長。

10月17日(水)

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生島さんのラジオ「おはよう定食」 「おはよう一直線」にスタジオ生出演。

10月11日(木)

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若林覚さんの著書、「私の美術漫歩~広告からアートへ、民から官へ」の出版記念会。

10月9日(火)

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「日本ペンクラブ」会長の吉岡忍さんと。ニッポン放送「おしゃべりラボ」収録後。

10月8日(月)

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東京競馬場へ直通の京王電鉄競馬場線「府中競馬正門前駅」

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駅前にある「黄金の馬」の前で待ち合わせ

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特別来賓室の内部。部屋からは馬場が一望できます

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馬場の真ん中には子供遊園地が

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グリーンはとても美しく爽やかな雰囲気が漂っています

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ダートはレースの合間に頻繁に整備

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生まれて初めての競馬体験のワクダ。少し勝ちました

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ゲストの吉永みち子さんと

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「club willbe」特別パドックツアーを開催

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パドックの真ん中で記念撮影

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購入した馬券。私は「負馬投票券」になりました!

10月1日(火)


「ホテルグレイスリー浅草」の窓外にはスカイツリーが。


朝食レストラン「ボンサルーテ」 ライブキッチンでは出来立て料理を日替わりで調理。


「浅草文化観光センター」の8階から見た浅草寺と仲見世。


雷門交差点付近。右の建物が「浅草文化観光センター」。

【7/21】「内視鏡検査」と「新国立競技場」について。

2015/07/21 10:15

第2539回
28時23分


腸の内視鏡検査は、
思っていたより大変でした。
母のことなどで、
2年余、
検査をしなかったということから、
主治医の先生が心配くださって、
入院しての検査となりました。
(朝から夕方まで、
約7時間の日帰り入院なのですが、
これでも料金は1泊分になります)

主治医の先生が慎重になるには、
理由があったのです。
これもまた(自分のことなのに!)
忘れていたのですが、
前回検査の際、
小さなポリープが見つかったのを、
「経過観察」にしていたので、
そのポリープがどうなっているかが、
心配だったらしいのです。
もし大きくなっていたら、
摘出も視野に入れなければならないので、
9時半から、
ニフレックという、
経口腸管洗浄剤2リットルを、
2時間かけて飲んだあと、
(経験者はお解りだと思いますが、
この間が一番大変なのですよね……)
12時過ぎから、
約5時間かかる点滴を打ちながら、
14時からの
内視鏡検査になったのです。

胃の内視鏡検査の時には、
弱い麻酔をして貰って、
眠っている間に、
全てが終わっているのですが、
腸の内視鏡検査に、
麻酔使用はめったにしないとのことで、
私も鎮痛・鎮静剤を打っただけで、
検査に臨みました。
(以前、ある病院で、
健康な男性が腸の内視鏡検査の最中に、
麻酔が原因で亡くなったという、
ことが起きてからは、
医師たちが腸の内視鏡検査に、
麻酔を使うことに、
慎重になったとも言われています)

私は元々、
麻酔がかかりにくいタイプなのですが、
鎮静剤もあまり効かず、
ベッドに横になりながら、
内視鏡の管が今、
腸内のどこを通っているか、
全部判っていました。

結果は、
またもや小さなポリープが、
見つかったので、
組織を採って、
生検に回したとのことですが、
今日のところは、
摘出はしなくて良いそうです。

車椅子で病室に戻ったところに、
主治医の先生がいらして、
「小さいので、
おそらく良性だとは思いますが、
万一ということもあるので、
組織検査に出しました。
1週間後に結果が出ますので、
出たらお報せしますから、
点滴が終わったら、
お帰りになって結構です」と、
言われたのですが、
お腹が痛くて、
起き上がれないのです。

腸の位置が変わったのか、
検査の時に空気を入れるので、
その影響で、
腸内にガスが溜まっているのか、
お腹が「シクシク」を通り越して、
「グワングワン」痛いのです。

ポリープの摘出がなかったら、
会社でスタッフミーティングをする、
予定にしていたのですが、
このまま「イタタタ状態」では、
話にならないので、
中止にしてもらって、
帰宅して、
様子をみることにしました。

23時31分現在、
「グワングワン」は、
少し弱くなりましたが、
そこに「ゴロゴロ」が加わって、
「グワングワンゴロゴロ」という、
変速リズムで腸が動いています。
(お腹に石ころが詰まって、
時々勝手に転がっている感じです)

正直を言えば、
今回は、
2年余も空いてしまいましたし、
実際に腸の調子もよくなかったので、
「いい結果」ではないだろうと、
覚悟をしていたので、
組織が生検に回ったとはいうものの、
「最悪の結果」ではなかったので、
ちょっと安心しました。
(「グワングワンゴロゴロ」くらいは、
我慢しなきゃいけませんね)

………只今、27時すぎ。
3時間余、
眠ってしまいました。

話が前後しますが、
夕方帰宅して、
痛むお腹を押さえながら、
メールを読んでいたら、
club willbeのメンバーの方では、
ないらしいのですが、
ある方から、
「今話題になっている、
『新国立競技場』のことを知ったのは、
何年か前に書かれた残間さんのブログでした。
私はあの頃から違和感を持っていましたが、
今、残間さんがどう思われているのか、
お聞かせください」というような内容の、
メールがありました。

私が、
「国立競技場将来構想ワーキンググループ、
施設利活用(文化)グループ委員」になったのは、
2012年の5月でした。

この委員会は、
安藤忠雄さんが入っている、
「親会議」ではなく、
親会議の下の「ワーキンググループ」と呼ばれる、
小委員会です。
(私たちワーキンググループの座長は、
お父さまが元外交官だったという、
作曲家の都倉俊一さんで、
都倉さんは安藤さんと同じ、
親会議メンバーです)

まだその時には、
設計の国際コンペは、
始まっていませんでしたが、
いずれにせよ大型施設にはなるだろうから、
かなりの維持管理費がかかるので、
スポーツ催事で使っていない時は、
文化催事で使って欲しい、
(そうしない限り維持管理は困難なので)
といったことから、
NHK、電通、博報堂、キョードー東京……等の、
音楽イベントに関係する会社の代表に混じって、
私もワーキンググループの一員だったのです。

オリンピックともなれば、
8万人が入れるくらいの、
空間にしなければならないというのが、
前提だったのですが、
8万席を満杯に出来るアーティストは、
日本には何人もいないとのことで、
競技場を3分割や、
4分割にでもしない限り、
「使って貰えないのではないか」という、
意見が主流でした。

総計で8万人を集め得る、
アーティストはいるのですが、
それらのアーティストは、
1回に8万人を集めてのコンサートは、
リスクが大きいからやらないだろうと、
興行に詳しい委員は言っていました。
グッズを売るにしても、
レジの台数などの関係から、
売れる数に限度があるし、
アーティストが、
体調を崩した場合などを考えると、
8万人一発勝負より、
2万人を3日間で集めたほうが、
リスクが分散出来ると言うのです。
(グッズ類は始まる前と、
終演時に売る以外ないのですから、
レジが混み過ぎていると、
売れ行きが悪くなるのです。
また、
アーティストの体調不良のことで言えば、
ポール・マッカートニーが、
来日時に体調を崩して、
チケットが払い戻しになった時、
興行会社はつぶれるのではないかと、
心配されたものです)

スタジアムは、
設計の国際コンペで決めるという話は、
聞いてはいましたが、
選考プロセスに私たちは門外漢、
関わることは出来ませんでした。
(コンサートに使うとしたら、
ステージの設えや音響や照明、
楽器や装置の搬入・搬出はどうなるのか、
などに対して、意見は述べましたが、
その辺の話は設計に組み込まれたのかも、
知る由がありません)

設計者がザハ・ハディドさんに、
決まったと聞いた時、
イラクから家族とともに、
イギリスに渡り、
苦労の末、
世界的建築家になった話は、
以前から知っていましたし、
同世代の女性でしたから、
彼女個人に興味があったのは事実です。

建物自体は、
神宮の森に宇宙ステーションが、
降り立ったみたいな感じで、
(と、ブログに書きましたが)
これは私にメールをくださった方の、
「違和感」と同じような感想だったのですが、
今ここで言うのは潔くないですよね。

ここまでの議論の中で、
一度も出て来ない話なのですが、
ザハさんのデザイン案が採用された時、
2020年のオリンピック・パラリンピックが、
日本(東京)に決まると思っていた人は、
関係者の中でも少数だったように思います。
(関係者間でも「諦めムード」が、
高まっていました)

2012年11月にザハさんの案が選ばれ、
彼女が来日しての、
記者会見とレセプションは、
2013年の3月でしたが、
レセプション会場でも、
「どうせオリンピックは来ないだろうから、
このままはいかないよね」と、
大きな声で話す人もいました。

ブエノスアイレスで、
次回開催場所が「TOKYO」と、
呼ばれたのは、
それから約6ヶ月経った、
2013年9月のことでした。

これは、
一人ひとりに、
聞いたわけではありませんから、
あくまで「私見」ですが、
ザハさんの案は、
「unbuiltの女王」と、
言われている彼女の経歴に、
もう一つ「建たない建築」が、
増えるのだろうと、
ほとんどの人が、
思っていたような気がします。
(彼女のアイディアは、
いくらかは反映されるでしょうが、
世界有数と言われている、
我が国の構造設計家をもってしても、
強度の問題などで、
あのままの形で造るのは難しいから、
この先の基本設計と実施設計で、
収斂させていけばいいと、
設計に関係しているみなさんは、
思っていたような感じがしました)

私もかつて国際デザインコンペの、
審査委員をやったことがありますが、
あまりに現実離れした案が多かったので、
「こういう絵空事みたいな案は外すべきだ」と、
発言したところ、
「今のこの地域には、
たとえ絵空事であっても、
人々に夢や希望を与えるような案が、
必要なのです。実現性は二の次です」と、
言われたことがあります。
(敷地全体を「桜の園」にしようとか、
セントラルパークのような公園にしたいとか、
元禄時代の屏風絵のような、
派手な日本庭園が描かれてある案など、
財源も採算もメンテナンスも、
考えられていない作品が入賞したのを見て、
暗澹たる思いに駆られたことがあります。

それから数年後、
実際に出来上がったのは、
適度に緑地を配してもいて、
全体にセンスはいいけれど、
ビルが建ち並ぶ普通の街区でした。

私はあの屏風絵や、
桜の園やセントラルパークは、
どこに反映されているのかと、
目をこらしながら歩きましたが、
「ここがそうだ」という、
場所は見つかりませんでした。
平凡と言えば平凡な街になっているのを、
目の当たりにした時、
ものごとはいずれ、
「落ち着くところに落ち着くものなのね」と、
(あれほど「絵空事」を否定したくせに)
ちょっぴり落胆したものです。

そういう例を、
沢山見て来ると、
ザハさんの設計したスタジアムも、
そのまま建つとは思えなかったのです。
安藤委員長がゼネコンなどと一緒に、
折々アドバイスをしながら、
「落ち着くところに落ち着くのだろう」と、
思っていたのです。

それが、
東京での開催が決まった途端、
互いが互いの「欲望」(とりたいもの)を、
知っていたので、
妙に周り(の人を)思い遣って、
(自分の欲望の源を露にしたくなくて?)
どこに責任があるのかが、
どんどん不明確になっていったように思います。

………今思い出しましたが、
あの頃「新国立競技場」を語る時、
そこにいた男性たちは、
「世界一のスタジアムに!」という言葉を、
合言葉のように、
何度も発していました。
東日本大震災の記憶を、
新しい夢や希望で、
薄めたかったのかもしれません。
(私はこんな時世に「世界一?」と、
否定的でしたが………世界各国の、
スタジアムの資料映像を見ながら、
男たちは「世界一のスタジアム」に夢中でした)

もしも「東京開催」にならなかったら、
2019年に開催予定の、
ラグビーワールドカップに焦点を当てた、
地味な案になっていたような気がします。

いずれにしても「旧国立競技場」は、
新しい耐震基準からすると不適格でしたし、
1964年の東京オリンピック開催時は、
「ドーピング検査室」なども、
今ほど設備が整ってはいなかったし、
(「旧国立競技場」には、
ドーピング専用の部屋は、
なかったと聞いたような気がします。
あっても簡素な部屋だったのでは、
ないでしょうか)
VIPルームも選手の控え室や、
シャワールームもシャビーでした。

安倍さんは、
「ゼロベースでやり直す」と、
言っていますが、
なかなか難しいと思います。

ザハさんが選ばれたコンペの参加資格は、
ブリツカー賞や、
国際建築家連合のゴールドメダリストなど、
国際的な建築賞の受賞経験者か、
収容人員1万5千人以上の、
スタジアムの基本設計や、
実施設計の実績を有する者に限ると、
極めて厳しい資格が決められていても、
あの「結果」ですから、
市民参加型などと言っていると、
期限内には、
選べないのではないでしょうか。
「国が全責任を持つ」とも、
言っていますが、
設計者選定は、
相当なプロでなければ、
選べない領域です。
また、安藤さんになるのでしょうか。

尚、
私たちのワーキンググループは、
ザハさんの記者会見以来、
召集はありません。
やはり、
「ハード先行の日本」は、
変わらないみたいですね。

willbe interview

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3/2(土) よる11時~12時00分
BS-TBS「Together~だれにも言えないこと~ 」

あなたの悩みにTogetherならではの相談員が答えます! 残間は社会学者の古市憲寿氏と司会を務めます。

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私たちの暮らしをちょっと明るくする仕組みをゲストの方をお迎えしながら楽しくご紹介していきます。

毎週日曜日 あさ9時30分~9時55分
文化放送「大垣尚司・残間里江子のおとなファンクラブ」

楽しいセカンドライフを送るためのご提案などがたっぷり!金融・住宅のプロフェッショナル大垣尚司と、団塊世代プロデューサー残間里江子が 大人の目線でお届けします。



プロフィール

残間里江子(ざんま・りえこ)
プロデューサー
1950年仙台市生まれ。アナウンサー、雑誌記者、編集者を経て、1980年 株式会社キャンディッド・コミュニケーションズを設立。
雑誌「Free」(平凡社刊)編集長、山口百恵著「蒼い時」の出版プロデュース、 2001年には、栗原はるみさんから小泉総理(当時)まで、各界で活躍する119人のパネリストによる10日間連続大型トークセッション 「大人から幸せになろう」をはじめとする自主企画事業など、映像、文化イベント等を多数企画・開催する。
2007年には「ユニバーサル技能五輪国際大会」総合プロデューサーを務め、29万人を超える来場者を記録した。
近著に『閉じる幸せ』(岩波新書)




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