残間
では“思い出に残る手紙”というのをお聞きしましょうか。安藤さんは高校時代に一人でアメリカ留学をしていたそうですから、家に手紙を書く機会が多かったのでは?
安藤
母とはしょっちゅうやり取りしてましたね。初めての異国で見るもの全てが珍しかっただけでなく、1970年代だったので、日米で生活のレベルがこーんなに違うわけですよ。
日本の家は石油ストーブやコタツの世界で、廊下に一歩出たらすごく寒かったじゃないですか。ところがホームステイ先のミシガン州デトロイトの家は、冬は外はマイナス20度くらいになるんですが、家の中ではママは常に半袖。しかも家の中でワンピースを着てヒールを履いてるんですよ! もうびっくりです。
残間
そういうことを逐一お母さんに書いていたんですね。
安藤
ホストファミリーが私を空港に迎えに来た時も、巨大な乗用車、アメ車でやって来ました。アメリカのクルマ産業に勢いがあった時代ですから。その時の私は「天皇陛下が乗るような車に乗った」と書いてましたね。
それから牛乳も日本の小さな瓶じゃなくてガロン瓶に入ってて、「こっちはバケツみたいな入れ物で牛乳を売ってる!」とか。もう見るもの聞くものすべてが新しくてびっくりでした。
残間
そういう一つひとつを誰かに伝えたかった?
安藤
一番手っ取り早いのは母親ですからね。父親は手紙なんて一切書かないんで。クリスマスと誕生日だけは家に国際電話がかけられたんですけど、父親は電話を代わっても一言も喋らず、ただ泣いてましたね。すごい国際電話代の無駄でした(笑)。
あの時の手紙は母が全部取っておいてくれて、今は私の手元にあります。
大御所に手紙を書くのに七転八倒。
でも、返事は宝物!
残間
さて、今日安藤さんがとっておきのお宝を持ってきてくれています。早速拝見しましょうか。
安藤
額装してしまったんですが、実はこれ、司馬遼太郎さんからの手紙なんです。
椎名
うわー!
安藤
司馬さんがよく私のニュース番組をご覧になっていて、ある時、直接フジテレビのお偉いさんに私のことを褒めてくれたそうなんです。するとそのお偉いさんに、一言お礼くらい書きなさいと言われてしまいました。
あの司馬さんにお礼の手紙なんて書けません! って思いましたよ。「褒めていただきありがとうございました」という、どうでもいい手紙を三日間ぐらい死ぬほど苦しんでお送り申し上げたところ、これが届いたわけです。
ここのところ吹き出しのようなものがついていて、これ、推敲してるんですよね。やっぱり作家だからですか? 普通なら書き直すんでしょうが、司馬さんの推敲の跡が見えてとても素敵です。
椎名
かえって価値が高まっていますよ。
安藤
本当に司馬遼太郎さんに手紙を書くのはしんどかったです。でもこの手紙はすごく嬉しい。内容は当たり障りのないものですが、私の宝物です。書斎に飾っています。何でも生前の司馬さんは、ニュース番組を見ながらそれにツッコミを入れるのがストレス解消だったとか。
手紙にはSNSとは違う時間が流れている
残間
手紙がメールやSNSと違うのは、独特な時間感覚というのもありそうです。つまり送ってから届くまでに間があります。この“間”も魅力のひとつかもしれません。
安藤
それに関連すると思うんですけど、時間がかかるというより先回りする手紙というのがあるんです。私が留学で渡米した際に、初めてホームステイ先に着いた時に、もうそこに母親からの手紙が届いていました。
残間
まぁ、すごい心配り!
安藤
びっくりしました。母は大正生まれでそれほど英語に馴染みがあるわけでもないのに、きれいな筆記体で住所が書かれていました。それを見ただけでワーワー泣いた記憶があります。
手紙の内容は覚えてないんですけど、筆記体の英語で封筒に宛先を書くことが、どれほど母にとって大変なことだったか。きっと何度も練習したと思うんですよ。しかも私がホームステイ先に着く何日か前に届くように投函してるんです。たぶん私が出発する以前だったでしょう。

母の愛情が感じられた手紙でしたね。これが瞬間的に着いてしまうEメールなら、ああはいかないと思います。「着いた? 元気?」というのとは違うんですよね。
残間
私は投函した後、返事が来ない場合も含めて、その相手の反応を待っている時間が好きです。
とにかく自分の思いを込めてポストに入れたという達成感。それから一週間経っても二週間、三週間経っても何も言ってこない。ああ、そういうものだな、世の中って、とは思うんですけど、手紙を投函した後の時間というのがすごく好きですね。
いいことは、いつも手紙が運んできてくれた
安藤
残間さん、すごく手紙好きなんじゃないですか?
残間
(笑)はい、確かに好きですね。これまで、いいことの大半は手紙でやって来た気がします。山口百恵さんの自伝『蒼い時』(1980年/集英社)を一緒に作ることになったのも、始まりは手紙でしたし。

私がシャンソン歌手の金子由香利さんのコンサートを企画した時に、百恵さんが偶然、彼女のファンだったこともあってお力添えをいただいたことがありました。その時はさほど親しい間柄にはならなかったんですよ。ただおつきあいの端々で、彼女が文章を書くのが好きなんだとは感じていました。

その後、百恵さんは引退宣言をして、私は30歳になって独立を考えていました。百恵さんに、「その節はありがとうございました。この先、私とは進む道が違いますが、どうぞお幸せに」というようなお礼状を書いたんです。それはお礼状というより「独立するぞ!」と自分の決意を固めるような手紙でした。送り先が事務所のホリプロでしたし、何千というファンレターに埋もれてしまうでしょうから、百恵さんは読んではくれないと思っていました。

すると私の開業したばかりの事務所のポストに、百恵さんからの封書が届いたんです。何だろうと思ったら、「引退に際して、40社くらいから本を出さないかとお誘いが来ていますが、本を作るなら自分の手で書きたいと思っています。ついては手伝っていただけませんか」という内容………驚愕しました。
安藤
すごーい!
椎名
面白いですね。
残間
私がなんとか今日あるのも、その一通の手紙のおかげかもしれません。その後も手紙が新しい可能性を運んできてくれました。

(つづく)