それぞれの介護

  • 阿川佐和子さんのプロフィール
  • クミコさんのプロフィール

クミコ
私、数年前から高齢者の施設で歌う機会があるんですが、
最初に歌った時はものすごく緊張しましたね。
そこが“降りられない豪華客船”だとしても、
今だと船の窓から死の先にあるものが見えているような
気持ちになれるんですけど、最初は高齢者の方が
みんな出口のない壁に囲まれているような、要するに
希望も夢もシャットアウトされた人に向かい合ってるような、
張り詰めた気持ちになっちゃったんです。

歌って基本は希望を歌うじゃないですか。
愛とか未来のこととか。
それで「この人たちの前で私は何が歌えるの?」っていう
気がしたんですね。
今ならそんなこと思う必要ないよってことなんですが、
私はどうしていいかわからなくて、
歌詞に「明日」とかあると歌っていいんだろかとか、
「最後」なんてことを歌ってはいけないんじゃないかとか。

結局その時は、
『愛の讃歌』(亡くなった恋人を思う歌)を歌ってみたんです。
すると女の人のほぼ全員が、ダーっと号泣したんですね。
最初びっくりしたんですが、
もしかしたら、これをやるために歌というのはあるのではと。
つまりみんないろんなことを抱えてる中で、
感情をシャットアウトしていくのが“老い”なのではと。
何かを我慢したり、何かを考えないようにしたり。
それで歌は感情の発露の引き金になるのではと。
阿川
たまっていた気持ちが爆発するわけですね。
クミコ
自分の若き頃のこととか、死んだ夫のこととか、
初恋の人だとか、今まで思ってたいろんなことが溢れ出す。
これが歌の役目なのかな、と思いましたね。
それで安心して歌えるようなりました。
阿川
クミコさん、涙の蛇口歌手だ!
残間
最近は私、涙もろくて
2時間ドラマを見ても泣いてしまうんですが、
歌を聴いて泣くというのは、また格別ですよね。
阿川
私も更年期の時に思いがけないタイミングで
大泣きするので困ったことがありましたけど、
更年期の自律神経失調症を涙が調整してたのかもしれませんね。
残間
新曲の『最後だとわかっていたなら』も、
最初は高齢者施設などで歌うのを躊躇したと聞きました。
クミコ
「今日という日が最後だとわかっていたら」という
歌詞なんですが、これはどうなんでしょうと。
でも、すべては杞憂でしたね。どんなこともOKなんだなと。
残間
この歌詞はアメリカの9.11の時に話題になったものですよね。
亡くなった消防士さんのメモに残されていたことで
チェーンメールになって世界中に広まったんですが、
元は事故で10歳の息子を亡くした母親が書いた詩です。
その日本語訳を元に歌詞を作り、
クミコさんが歌っていますが、
愛する人に、あの時が最後とわかっていたら、
あれもしたかったし、これも言いたかったという
切ない歌ですよね。
クミコ
歌って浄化作用というか薬なのかもしれません。
この歌もそういう手伝いができればいいのかと。
阿川
いいなあ。人のためにできることがあって。

高齢者はこういうもの、という思い込みはないか

阿川
私、いつも思うんですけど………
話がだいぶ飛びますがいいですか。
残間
どうぞどうぞ。
阿川
以前、亡くなった映画監督の今村昌平さんと
トークショーをご一緒したことがあります。
今村さんはもうだいぶご高齢で杖をついていました。
そこの会場は楽屋から舞台まで階段を登ったり降りたり、
入り組んでいたんですね。
その時の出席者で女性は私一人で、
今村さんの後をついて舞台に向かったわけです。
まわりには若い男性スタッフが何人かいました。
それで階段を降りるときに若い男性フタッフが、
思わず手を貸そうとしたんです。
すると今村さんは「ウウン!」と何度も首を振るわけです。
自分一人で十分だという意味かなと、
私は後ろで控えていました。
ところが今度は私を振り返って、じっと見つめられたんです。
「え、わたし?」と近寄っていって、
私が手を貸すと、今度は「フンフン」と嬉しそうに階段を降り始めたの。
クミコ
(笑)面白い!
阿川
もちろん、すでに私もいい歳だったんですけど、
女性は私一人だったんですね。
結局、行きも帰りも私を求められたんですよ。
私は思うんですけど、70歳、80歳の殿方に対して、こちらは普通
男性という意識はなくなっているでしょ?
でも、あちらはしっかりまだ50代くらいの気持ちでいらっしゃるんですね。
クミコ
確かに。
阿川
もう、みんなそうなんです。ボケてもそう!
男と女の意識を忘れてないの!

私、広島にもう100歳を超えた伯母がいるんですが、
97を越してから入退院や施設への引っ越しを繰り返したことで、
一時精神的におかしくなった時があったんですね。
高齢になってから環境が激変すると
周囲のことが把握できなくなるみたいで。
それである日、施設で暴れたことがありました。
カッとなって、ヘルパーさんの名札タグを
ハサミで切ってしまったんです。
周りがびっくりして、
伯母は精神病院に入れられちゃったんです。
クミコ
なんと!
阿川
連絡を受けてびっくりして広島に飛んで行ったんですが、
会うともう目が虚ろなんです。
意識も切れ切れで。
私は悲しくなって、一度意識があるうちに
親を会わせないとと思って、
もう杖をついていた父や母を連れて、また広島に行ったんです。

ところが伯母に会うと、今度はすっきりとした顔をしていて、
父を見ると「あらヒロちゃん、何しに来たん(広島弁)」
とか言うわけです。
これはどうしたことかと思いました。
実は新しい主治医が50代から60代ぐらいの男性でして、
伯母はミツコというんですが、その先生が
「ミツコさんは僕よりしっかりしてらっしゃるからねー」
とか声をかけると、
伯母は「ウフッ♡」みたいなウブな女の子の表情つくったりして。
「女じゃん!」と思いました。
要するにホルモンはすごく大事だということ。
クミコ
なるほどねえ。
残間
私の母も外に出られるうちは
週に2~3日デイサービスに通ってたんですが、
朝、私が手を引いてマンションのロビーまで母を連れて行くと、
お迎えの若い男性スタッフの姿が見えた途端に、
私の手を振り払ってそっちに行くんです。
クミコ
そうなのか!
残間
それから、長いこと診てもらっていた
主治医のことを突然思い出して、
「あの先生はお元気かしら?」と言うんですね。
「あの先生、奥さんいるのかしら?」と聞くので、
「いるんじゃないの」と答えるんですが、
95歳ぐらいでも気になるらしいんです。
「あの先生は70代かしら?」と聞くので、
「いや、60代だと思うけど」とやりとりをしている間、
ものすごく生き生きしてるんです。

母は生涯、父以外の人と付き合ったこともないんですけどね。
それでも最晩年は私の手を振り払って、
デイサービスの男の子のところに嬉々として行ったわけです。
クミコ
そういえば、うちの母もファミリーマートに行くと、
レジの男の子とお話してますね。
二人ぐらいお気に入りの子がいて、私に言うんですよ。
「ナントカさんはどこどこの大学で、
何をしてどうのこうの」と。
残間
知ってるんだ。
クミコ
そう、もうすごいの。
阿川
結局、何が言いたいかというとですね、
「最後だとわかっていたなら」と聞いて
身につまされる方もいるかもしれないけど、
まだ自分は最後とは思っちゃいないし、恋の歌にしろ、
ついこのあいだの自分のことと重なってるんですよ、きっと。

介護って本当に思うんだけど、
だいたいがケアする側の都合で作ってるんですよ。
だけどケアされる側は、
案外、違う意識を持っているということを
踏まえた方がいいと思います。
これはやらない方がいいとか、これはもう感じないだろうとか、
こういうことはもう卒業しただろうとか思っていても、
案外そうじゃない。
あ、この人、若い女の人、好きなのねとか、
そういうことがわかったら、そっちを促進させるというか。

広島の伯母も、もともと女度の高い人だったんですが、
私が「伯母ちゃん、寒いでしょ」といって
マフラーとか持って行くと、なんかつまんなそうなんです。
それでシワ取りクリームとか美容液とか持って行くと、
「うん、嬉しい!」とか言ってました。
すでに90代なのに!
今からシワ取りクリーム使ってどうするんだよ! って
感じなんですが、全然、違うんですよ。
こちらが考えているのと。
クミコ
私たち頭で考えちゃいけないのね。
残間
そうだと思いますよ。
うちの母も88歳ぐらいまで、
整形しようかと悩んでいましたから。
クミコ
(笑)