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コロナ禍での過ごし方、思うこと、考える未来。

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、
仕事も可能な限り自宅で行うなど、
一人ひとりができることを行なっています。
そこでクラブ・ウィルビーにご賛同いただいている
「サポーティングメンバー」の皆さんが、
「stay home」をどのように過ごしているのか?
今後の社会をどのように考えているのか?
伺ってみました。

順次更新しています。
下の枠でお名前を選ぶとコメントに移動します。




● 石田 東生さん(筑波大学名誉教授)

 非常事態宣言中は、私は配偶者の入院もあり、自宅と入院先の病院、そして病院のすぐ先にある筑波大学の研究室を行き来する生活でした。移動はほとんど自動車で接触感染の恐れはゼロでしたし、病院は感染防止対策が万全、大学は学生も職員もほとんど人がいなくて、感染の恐れからいうと極めて安全な生活でした。ただ、持続可能な交通まちづくり政策を専門とする私にとって自動車へのこのような完全な依存は忸怩たるものでした。

 世界の情勢を見ると、外出そして移動そのものが激減する中で、自動車の選択率が上昇するとともに、健康志向もあって徒歩と自転車の選択率が上昇したことが報告されています。そして乗客数を大きく減少させているのが、公共交通です。わが国でも国際航空はほぼゼロに、都市間交通は90%以上減少、都市内の鉄道、バス、タクシーも地域によって異なりますが、60-80%の減少となっています。

 そして、この状況に関しての危機認識が共有されてはいないのではないでしょうか。航空ビジネスが危機だという報道を見ることがまだありますが、我々の生活を支える地域公共交通についての関心は低いようです。日本モビリティ会議(JCOMM)の緊急調査によると、およそ半数の交通事業者が8月中旬頃までに事業継続が困難になると考えていて、まさに交通崩壊の直前です(https://www.jcomm.or.jp/)。

 新たな日常(ニューノーマル)が始まる中、with/after Corona の持続可能な交通の在り方をぜひ共に考えていただきたいと思います。そのために、少し情報提供しますと、まず、公共交通内における感染リスクは非常に低いことが言えます。我々の感覚では公共交通は3密で感染リスクが高いと思いがちですが、換気をしっかりする(すでに実践されています)、絶対に目・鼻・口に触らない、会話は静かにマスク越しに、を守れば感染リスクはほぼゼロになることも報告されています。地域公共交通を救うためにも賢い行動をお願いしたいと思います。自動車から健康的で地球にも優しい交通手段の利用環境の整備も重要です。わが国の動きは鈍いのですが、ヨーロッパではコロナ対策として都市内に自転車レーンや電動キックボード、電動の超小型低速モビリティの走行空間の増強が急速に進んでいます。見習うべきだと思います。

 テレビ会議やテレワークも重要で効果が大きいですが、人類が繁栄を極めることができたのは、移動と交流によって、ヒト、モノ、情報の交換やそれに基づくネットワーク構築を行ってきたからです。新型コロナウィルスによって、移動が急激に世界的に激減しました。人類史上初めてのことです。移動や交通、そして交通サービスとビジネスについてお考えいただければありがたいです。



● 郡 裕美さん(建築家/美術家)

このStay Homeの期間中、ずっと考えていたのは「アフターコロナの住まいのカタチ」。家にずっといても息がつまらないフレキシブルな間取り、都会の中でも光や⾵、空や⼟など⾃然とのつながる空間、ウチにいながらオモテの気配を感じられる建物。そして、家族を気にせずテレワークに集中できるZoom部屋と、⼩さくてもいいから深呼吸して気分転換できる庭があって…。

現代の⽇本の住宅は、プライバシーとセキュリティーが重んじられ、住まいは社会や⾃然と分断されてしまった。今回の外出⾃粛を通じて、マイホームの窮屈さに改めて気づいた⼈も多いと思う。そして孤独死や家庭内暴⼒などの昨今の社会問題と、密室化した家のプランニングが無関係ではないことにも。

また、家でできるアクティビティの貧困さに気づいてしまった⼈も多かっただろう。⼤量⽣産された賃⾦労働者のための都⼼マンションやnLDK 型の郊外住宅は、家では勤めから戻ってくつろぐことしか想定されていない。これからは、かつての農家や町家にあった⼟間や縁側のような⾃然や社会とつながる仕掛けが求められ、そこで⽣業を⾏い「ものを⽣み出す創造の場」が求められるのではないか。産業⾰命以降分断されてきた「暮らす」と「働く」が、ポストコロナで再び私たちの⼿に⼀つのものとして戻ってくる。テレワークが⼀般的になれば⽥舎暮らしも可能になり、晴耕⾬読の⽣活も夢でない。

コロナが通り過ぎた後、⼈々の働き⽅も住まい⽅も変わる。もう今までの⽣活にはもう戻れない。⼀⼈暮らしでも家族でも、⽇々⽣きる喜びを満喫できる新しい住まいの設計をしっかり考えていきたい。


● 東海林 良さん(作詞家/作家)

3時間で260作を書き上げた石川啄木。
百篇の恋歌を二十日で書き上げ『臨終の床の 色魔の思い』と書いた阿久悠さん。

コロナ騒動を60日と仮定して毎日一作を誓ったが世に出せる作は20作に留まった。
上出来と思っている。
発注も無いのに書き出すのは20代後半プロデビュー以来。

私達大衆作詞家の宿命は歌うシンガーが決められ作曲家も決められてスタートする。

それを前提にこのシンガーに相応しいタイトル、どんなシチュエーション、どんな言葉が似合うかを模索する。

時代の歌を書きたいと思っている。時代の飢餓が見えない時代にそれでも飢餓感を書きたいと思っている。

このコロナ騒動は時代の飢餓感を炙り出してくれた様に私には思える。


● 安斎 隆さん(東洋大学理事長/セブン銀行特別顧問)

 新型コロナウイルスは何故こんなに「恐怖と不安」を与えたのでしょうか。見えない、臭わない、感染しても気付かない、治療法が確立していない、ワクチンが開発されていない、このような「ない、ない」尽くしが原因ですかね。それにしても恐れられたものです。このために普段は多くの外来患者でいっぱいとなる病院は、感染恐怖で空っぽになってしまったというのですから。

 大学の運営面も大変化です。当初教授と学生の双方から不評を買っていたオンライン授業が今では順調な軌道に乗ってきました。ひょっとしてコロナ問題を克服した後に、対面授業に戻す段になったら、なぜこのように混んでいる電車に乗って通勤、通学しなければならないのかと、反発されるのではないかとさえ心配しています。それがニューノーマルを導くのでしょうか。

 しかし初めて体験するパンデミックは若い学生にも大きなショックを与えました。我々の先輩には学徒出陣等で戦場に駆り出されたいわゆる「戦中派」がいました。現在の高卒クラスで代用教師になり、その後苦労を重ねて教員資格を取った先生。同級生の多くが戦場の散花と消えた中で、幸い生還できて大学に入り直して卒業したという上司もいました。私は彼らの奥深い人間性と強い心の持ちように憧れ、尊敬もしました。

 学業途上で新型コロナの感染というパンデミックに遭遇した学生は、恐らく若い頭で毎日考えたでしょう。何も手がつかずに時間を浪費するばかりと悔やんだりしたかもしれません。しかし私はこの「無為」が若い彼らにとっては決して「無益」になったとは思いません。「考えるという大きな力」を得たと確信します。この「対コロナ戦中派」ともいうべき世界中の同世代が同じ体験をしたのであるから、共に「ノアの方舟」の安定運行のために活躍してくれるに違いない。私はそれを希っています。


● ナメ川 コーイチさん(一コマ漫画家/イラストレーター/造作作家)

 いつものように犬散歩。ブログ用漫画1点(ブログ:ア・ラ・キャット)ときどき制作てなことで緊急事態宣言発令中!? は過ごしていました。普段と変わりありません。

 そしてコロナ。こんな事態になるとは誰が想像したでしょう。占い師ダメだね! しかし何か不安な予感みたいなものは温暖化などで少しずつとは思っていましたが……。やっぱり来た! というのが本音です。

 未来なんてないでしょう!
これからも色々な非常事態がやって来て……。まあ、私としては身辺整理(断捨離)をして、死ぬ直前まで制作して、次のを待ちましょうか。


● 假屋崎 省吾さん(華道家)

ステイホーム以前は、ほとんど仕事、仕事、休みさえない毎日でした。
地方での個展期間中は、もちろん会場と宿の行き帰りだけ。着物のお見立て会もしかり、講演会なども自宅から現地の往復のみ。
そのうえ、テレビ出演や花教室などでほぼ身動きがとれず、買い物すらほとんど出来ない状態。自分のほんとうにやりたいことは、老後、引退してからしか出来ないのでは?というくらいの日々でした。

しかし、非常事態宣言の前あたりからスケジュールはどんどん、中止、延期と、日を追うごとに真っ白になっていき、いよいよステイホームが始まりました。
そうしたら色々と変化がありました。

まずは健康のこと、万年睡眠不足であったのが改善され、食事も朝、昼、晩と家族と一緒に手作りで、持病の糖尿病にも効果が!
15年間、溜まりに溜まった書籍に資料に整理できないでいたモノの片付けを徹底的におこない、家の中を一掃。
毎年、桜やバラの花もほとんど見ることができず、枯れた頃出張から戻ってきていたのが、今年は自宅でお花見、そして、バラの手入れもできました。昔からの園芸の夢がまた復活!
ほんのすこし、ピアノの練習もでき、今年20歳になる2匹の双子の保護猫の世話と、保護犬をふくめ4匹の愛犬の散歩などにも時間が取れ、お金の工面の悩みはあるものの、精神衛生上ずいぶんよくなりました。

心の余裕と、自分自身を見つめ直し、これからの人生設計など、ステイホームの時期がなければ、あのまま、突っ走っていなくてはならなかったのではと…
ものごとを悲観していてもはじまらない、前に進むのみ!
大好きな花を通して、微力ながらも社会の役に立つことを、自分のペースでやり続けていくことの大切さを理解することが出来た貴重な時間でした。


● 風吹 ジュンさん(女優)

櫂を無くしたボートのような、先行きの見えない何処にどう流れていくのか不安なStay Home期間が二ケ月も続きましたね。

皆さんはどの様に過ごされてましたか?

私は流れてくるコロナのニュースを別にすれば、比較的静かな生活を送っていました。
それでも生きてる事に変わりなくやることが沢山。
映画はNetflixやAmazon、TSUTAYA、WOWOWなど50本ぐらいは観た気がします。
ココペリ人形に絵を付けたり!
料理もずっーとよく続きましたね。
幸い良い季節になり、我が家のめだかも活発に動きだしました。  
この生活サイクルに慣れたせいか解除後もおそらくリズムがそれ程変わる気は今はしませんが、ウィルスの為に山歩きが出来ないのは不自由で辛いことでしたので、勇気を出してまたいつか山を歩きたいと願っています。

人間は自然界の一部でありそれ以外の何者でもないという事実と向き合い、ウイルスも含めた自然と共生して生きていくことの大切さを心に焼きつける。
それこそがこの危機から学ぶべき教訓ではないかと思います。
そのことを忘れずにこれからまだまだ起こるかも知れない災害に対して、心を柔軟にして危機感を持って過ごして行きたいです。
自粛がもたらしてくれたこの時間は自分と向き合う貴重な時間となりました。
自粛期間は人も地球も深呼吸してる大切な時間だと思います。

最後に命をかけて新型コロナウイルスと闘っている医療従事者の皆さんに感謝を忘れません。


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ムック本『風吹ジュン Wind』宝島社より発売中。



● 伊東 豊雄さん(建築家)

朝の犬の散歩以外は終日家で過ごしています。
テレワークは苦手ですが、止むを得ずZoomでのオンラインミーティングに参加したりもしています。

今回のコロナ禍は自然災害です。現代都市の人々は自然から切り離されたマンション暮らしをしていると、無菌の清潔な身体を備えていると思い込んでいますが、コロナウイルスは易々とそうした身体にも入り込んできます。人間の身体はそんなに潔癖なものではあり得ない。いやでも自然の部分であるということを教えてくれました。我々は近代以前に備えていた自然と共生する身体に立ち返り、過密な大都市一辺倒の生活を見直さざるを得ないのではないでしょうか。


● 永島 敏行さん(俳優/農業コンサルタント)

202008Stay Home

この原稿を書いている日に非常事態宣言が解除になりましたが、私がStayHomeでどのように過ごしたか書いてみます。
基本的には平常時とあまり変わりません。それなら書くなとお思いでしょうが、少し昔を思い出した生活が心地よい事に気がつきました。

StayHomeで役者なので仕事ができませんので毎日サンデーでした。StayHomeは基本的には家にいなければいけないのですが、近所の散歩は許されていたので朝晩夜と1日3回散歩してました、というより日常でも仕事がないと1日3回10キロを目標に散歩しております。
家の周りは比較的緑が多いので新緑を楽しんだり、ウグイス、ホトトギス、シジュウカラの鳴き声を楽しみながら歩きます。
足腰の筋力を保つために坂道階段も取り入れます。免疫力をつけるためにも運動は必要だと思っています。

食事は妻と2人暮らしでほぼ3食家での食事です。
買い物もStayHomeで頻繁に行かないほうがいいので3〜4日分をまとめ買いしております。
特に産直の鮮魚店はお世話になります。
その日食べるのは刺身など、あとは白身の冊などは昆布締めに、さわらなどは粕漬けに、イサキなどは塩をふって冷蔵庫で軽く干物にして何日か楽しみます。
肉も豚肉のバラ肉かたまりに塩をすり込み塩豚にして保存すると何日か持ちただ焼くだけでもおいしいですね。
野菜も乾燥野菜を使ったり、塩麹や味噌につけて保存して食べます。
妻と2人常に密です。新婚なら蜜なのですが、30年経ておりますので密でも喧嘩にならぬよう家事も分担、特に夕食は庭に出て食事をします。
炭をおこし七輪で焼いたり煮炊きをしてなるべく洗い物ゴミを少なくしてます。
こう書いてみるとStayHomeで特別な暮らしをするのではなくちょっと昔、昭和の時代の暮らし方が私達夫婦には合っているのかもしれません。

余談ですが、StayHomeで車の排気ガスも減ったのか鼻毛の伸びが遅いです。日常だと3日にいっぺんくらい鼻毛を切っていたのでですが、今はほとんど伸びません。
限りある地球、他の生き物との共生の重要性を鼻毛の伸び方で考えさせられた私のStayHomeでした。


● 山崎 泰広さん(UD/シーティング・コンサルタント)

 私は仕事の傍ら関東身体障がい者水泳連盟の会長を務め、選手としても現役を続けている。今年は東京での関東大会開催に向けて準備を進め、会場が決定した矢先に外出自粛が始まり、プールは使用禁止。私も二月末の出張前に泳いだのが最後となってしまった。まさか3ヵ月も泳げなくなるとは… そして苦渋の決断で大会中止を決定。他のパラスポーツも同様なので非常に心配している。

 私のような車椅子使用者をはじめ障害のある者は積極的に運動をしないと体に様々な問題が生じてしまう。肩、首、背中、腰、肘の痛み、体重の増加、喘息の再発。パラリンピックに出場後の40代で一度現役を引退したのに2年後に復帰し、還暦を過ぎても大会を目指して泳いでいる一番の理由は健康と体力維持。それがコロナで断たれてしまった!そして実際多くの問題が生じた。ステイホームでできる様々な運動を試しているが水泳に代わる運動はない。水泳再開まで何とか生き延びねば。

 私には83歳の母がいる。軽い脳卒中を患ったこともあるが今は後遺症もなく一人で元気に暮らしている。買い物をしている近所のスーパーを確認してみると外出自粛なのに買い物客が多くてとても心配になった。そこで週に一回リストをもらって日曜日に私が買い物をして届けることを始めた。母にマンション前まで出てきてもらい車から買い物を渡す。しばらくマスク越しに社会的距離でおしゃべり。母はいつもお返しだと、色々な頂き物をお裾分けしてくれる。「マンション前の物々交換」は昨日で8回を数えた。母はよく「一人暮らしで外出自粛はさぞや寂しいでしょう、と言われるけど毎週息子に会えるからぜんぜん寂しくない!」と笑って言った。確かにコロナの前は忙しくて月に一回一緒に食事するのが精一杯だった。コロナを機に終息後も週一回を目指して母に会いに行こう!



● 福井 烈さん(プロテニスプレイヤー/JOC専務理事)

世界中のコロナ禍!
スポーツは不要不急なのでしょうか?
今年はスポーツ界にとっては東京2020オリンピック・パラリンピックとして特別な年でした。アスリートにとってはその頂を目指し、全てを捧げていました。係る全ての人が、疑うことなくその日を迎える為に邁進していました。私事ですが、日本選手団団長にも任命され、聖火ランナーとして故郷北九州を走る予定でした。走るどころか、巣篭もりです……。
こんな時スポーツは無力なのでしょうか? ならば人が生きていく為に必要なことは何かをあれこれ考えた時、最優先では無くとも、やはりスポーツは不要ではないとの考えに行き着きます。

このコロナ騒動は、人が何か間違った方向に行こうとしている神の鉄槌かもしれません。便利さばかりを追求し合理性ばかりを重要視し、経済成長を基準としてきた今の生き方が、どこか間違っていたのかもしれません。
今の便利は、本当に全て必要なのでしょうか? ポツンと一軒家に暮らす人たちは、コロナ禍の中でも何ら変わらぬ心豊かな生活を送られていることでしょう。

今まで良かれと思っていた価値観を見直し、想定外の出来事に柔軟に対応できる世の中の仕組みを、全ての人の英知を結集して作り上げることが急務だと思います。その中でスポーツの役目、その潜在能力を一人でも多くの方に理解して必要として頂けるよう、スポーツ関係者一丸となってアフターコロナに向けて知恵を絞っています。
東京2020無事開催に向け、幻の団長とならないように、1日も早い終息に向けて最善を尽くしたいと思います。


● 増田 寛也さん(日本郵政社長)

最近は出勤が基本で、時々在宅勤務という生活を続けています。会社内外との会議は、すべてオンライン会議。便利ではありますが、相手の体温が伝わりにくいのが良い事なのか、悪い事なのか。いずれにせよ会議の数が増えないように注意しています。1月から新しい会社(日本郵政)で仕事をスタートさせたのですが、いきなりのコロナ禍。地方の現場回りが出来ないのが気掛かりです。
感染を脅えながらの生活は来年まで続くでしょう。ワクチンの開発が急がれますが、一方で、経済のデジタル化がさらに加速されるのは間違いありません。といっても、すべてが解決されるわけではなく、人々に物を届けるリアルのネットワークや対面サービスが、こんな非常時こそ重要になります。我が社の社員もエッセンシャルワーカーとして現場に立っています。彼らの生活を守りながら、社会に役立つ会社にするにはどうしたらよいか。何を変えて、何を変えないか。自問自答しながら日々を過ごしています。


● 森 ミドリさん(音楽家/エッセイスト)

ご無沙汰しております。

思いがけない日々の中、お元気でいらっしゃいますか?

日本ペンクラブ企画『コロナと文化~危機の中で思い、考える』。その7回目としてYouTubeに出ております。25分ほどですが、私の次が浅田次郎さん(8回目)のようですので、その前座出演として(?)よろしければご笑覧くださいませ。

YouTube動画 日本ペンクラブ企画『コロナと文化~危機の中で思い、考える』

ピアノの後ろに時折見えているファレノプシス(胡蝶蘭)は、5年ものの一本立ちですが、今年は蕾も入れて、一本の花茎から122個の花が! 嬉しい限りです。(同じ花の)ほかの何鉢かも、今年は競うように咲き乱れています。
こういう日々の中、花や緑たちともじっくりと付き合い、読書もたっぷりとし、ネコと戯れ、そんな中、肝心の作曲が些かおざなりにはなっていますが、何とか無事に過ごしています。


YouTubeには私の好きな中島敦の短編小説「夾竹桃の家の女」の朗読、ピアノ演奏の「津和野の風」も各々、上げました。(ぶっつけ本番で、出来映えには少々難がありますことには目を瞑っていただくとして…)

いろいろと厳しい毎日ですが、意識を変えて前向きにまいりましょう。

どうぞ御身お大事に。


● 三屋 裕子さん(スポーツプロデューサー)

コロナ渦で

 中国武漢で原因不明のウィルス性肺炎が発症、その後日本人が最初に感染したと報道されたのが1月16日。

 それからあっという間に様々なスポーツ大会が中止や延期となり、3月24日にはオリンピックが一年延期と史上初の出来事となった。モスクワオリンピックのボイコットを経験した私としては選手のモチベーションがとても心配だ。

 しかしこの間、見えない敵に対して私はどうすることもできず、ただ手を洗い、テレビでドンドン痩せていく岡田晴恵先生を朝夕眺め、朝から夜までZoomやTeamsのアドレスを受験の時以来の長時間、デスク前で捌いている。

 在宅を利用して、これまでやらなかった「お取り寄せ」や「UberEats」に挑戦して楽しんでいたり、その逆にAmazonでバカみたいな高値でトイレットペーパーを買ってしまったという失敗もあったりで、何かとそれなりに過ごしている。

 しかし在宅でもそれなりに仕事ができていると、移動して仕事をしていたことは一体何だったのかと考えてしまう。先日もジュネーブを拠点に国際会議が各国をつないでZoomで行われたが、時差で夜中になることを外せば、今まで15時間ほどかけて行き、またその時間かけて帰ってきていたことを考えたら、もう元に戻るのは無理かもしれない。

 ただ、違う仕事を同じ景色を見ながらやるのはかなりストレスになることも感じている。そしてスポーツも大きく変わる必要性に迫られている。大勢を集めてやるイベントやみんなで肩を組んで応援しながら観戦することはしばらく難しい。だとしたら入場料収入やスポンサー収入の在り方、要するにビジネスモデル自体を見直さないといけないということだ。

 一日も早いアフターコロナの世界を待ち望むが、果たしてゴリゴリ昭和の頭はその世界についていけるのか、一抹の心配をかかえて今日もパソコンとiPadの前に朝から座っている。


● 鈴木 光司さん(作家)

「ゼロリスク」          

 地球を取り巻く自然が思考力を持ち、人間の言葉を理解できると仮定しよう。
 人間が掲げる「自然保護」というスローガンを聞いたら、自然は一体どんな反応を返すだろうか。
 怒るより先、爆笑するに違いない。
「主客転倒も甚だしい……、おこがましいにもほどがある……、今はたまたま、人間が生存できるよう環境を整えてあげているが、それは暫定的な処置であり、自然が機嫌をそこねて、寒冷期への移行を決めようものなら、氷山が赤道付近まで進出する事態にもなりかねないだろう。人間は自然のお情けによって保護され、一時的に生かされているに過ぎない」 ときに神にたとえられる自然をコントロールするのは不可能であり、恣意的な振る舞いに対してはただ順応していくだけである。
 経済活動を自粛すれば環境に少しばかり手を加えることはできるだろうが、人間の都合に合わせたサーモスタットは効かない。気温25度に設定し、皆で協力して注意すれば一定の値が保てるかとなると、長期的にはまったく無理であろう。

 では、自然に対して受け身的である人類は、どのように生きるべきか。
「狭い世界に引き籠もってはならない。思い上がりを捨て、地球が長い年月をかけて蓄えてきた資源を浪費せず、有効活用し、より効率のいいシステムを開発して賢く動き回ってほしい」
 ではなぜ自然は、生命に過酷な試練を与えるのか。なぜ、絶対に安全な環境を作ってはくれないのだろうか。
 自然が要求するのは、どんな気紛れを起こして環境が激変したとしても、新しい環境に適応し、抜け目なく生き延びる逞しさなのである。
 ゼロリスクが保証された楽園で安逸に暮らして、その能力が養われるとは到底思えない。

 40億年前に誕生し、古細菌、シアノバクテリアから真核生命へと進化した生命は、植物から動物が枝分かれし、カンブリア紀の生命多様化の大爆発を経て、眼と脳の機能を充実させ、海から陸、陸から空へと、生存範囲を広げていった。
 恐竜が我が世の春を謳歌したジュラ紀が終り、巨大隕石の激突を食らって絶滅した後、小さな穴の中に身を潜めて怯えたように周囲をうかがっていた哺乳類は、ようやく自分たちが堂々と生きられる場所ができたと、動き回ってテリトリーを広げていった。 哺乳類の新参者である人類にも同じ使命が与えられた。
 言語を手に入れた人類の祖は、数万年ばかり前にアフリカを出て知識を蓄積しつつユーラシア大陸を東へと進み、風土が肌に合えばその土地に定住し、行く先々ではびこっていった。眼前に太平洋が現れ、道を塞がれても、人類は臆することなく、南北のルートに別れてさらに移動を続けた。
 北に向かったモンゴロイドは、氷河期のために海面が下がってできたアリューシャンの細い陸地を渡って北米に入り、南下しつつ大陸の隅々に広がった。ある部族はバッファローを追って移動しながら暮らし、ある部族は断崖に横穴を掘って定住するようになった。
 動いたり、とどまったりしながら、人々は、メキシコを南下してパナマ地峡を抜け、アンデスの麓に足跡を刻みつつアマゾン流域を辿り、とうとう、アメリカ大陸最南端のフエゴ島にまで到達する。
 南のルートを島伝いに東進した人々は、インドネシアからメラネシア、ポリネシアを経てイースター島に到達したところでなぜか前進を止めた。
 北ルートを取った人々が「地表にはびこる」という目的を達成していたため、東を目指す目的が既に失われていたのだ。
 こうして、人類は、今から一万年ばかり前までに、地球全土にはびこる旅を終える。

 40億年に及ぶ生命史と、人類の歴史に鑑みれば明らかである。
 今、自然は人類に向かってこう檄を飛ばすだろう。「人間の本分はより広い世界を動き回ることにある。ゼロリスクを求めて幻の楽園に引き籠もっていてはならない。その日がきた暁には、全力で活気を取り戻し、世界を底辺から支えてほしい」


● 上山 信一さん(慶應義塾大学教授)

STAY HOME期間中は、好きな旅行、外食ができなくなり、自宅軟禁されたアウン・サン・スー・チーさんになった気分(知らんけど)でした。それでも一応前向きにできなかったことをやろうと考え、料理を3食作り始めました。それで買い物に行って驚いたのが冷凍食品の進化。ホウレンソウ、オクラ、アボカドからキムチまであっておいしい。いろいろ試していたら冷食強化月間で終わってしまいそうです。
コロナ後の社会は実はそれほど変わらないと思います。人は忘れやすい。だんだん元に戻る。でも当分は臨戦態勢が続くと思います(うっとうしい)。
たとえば
① ファッションへの興味が薄れるのではないでしょうか。マスクをしてるので何を着てもちょっといまいち。
②国境は高くなる。海外=ウィルスの持ち込み源というとらえ方になっていて、PCR検査結果をもっていかないと入国できない。海外旅行は減るように思います。
③公共事業として政府がお金を出す検査業務が伸びるように思います。
④リモート勤務はかなり進み、住宅は在宅で夫婦子供が別々の机で仕事や勉強ができる場所を組み込んだ間取りが流行るように思います。


● 廣瀬 通孝さん(東京大学大学院教授)

 皆さんと同様、順調に引きこもっております。3月末からスタッフともども完全在宅です。最初の1週間ほどはとまどいましたが、それ以降はオンライン環境にもすっかり慣れ、結構忙しくなってきました。バーチャルの世界を上手に活用すれば実はそんなに変化はないのだ、というのが実感です。 この状況下では、人間は必要なことしかしなくなりますから、非常に効率のよい仕事が出来ている気がします。研究がはかどることはかどること。(笑)
 今回の事態をきっかけに、人々の意識の中で、リアルとバーチャルのバランスが大きく変化するように思います。在宅勤務が難しい職種があることはもちろんです。我々の分野でも実験はどうするのだとかいろいろ考えるべきことは少なくありません。だからこそ、オンラインでできることはできるだけオンライン化すべきなのです。リアルな対面コストが格段に上昇してしまった現在は、ちょうどエネルギーのコストが格段に上昇した1970年代のオイルショックを思い出させます。これからは、コスト高になったリアルな人と人との接触という貴重なリソースを、医療やインフラなど必要不可欠な分野に集中するための方策を考案すべきと思います。オイルショックを乗り越えた自動車産業が、排ガス対策などを徹底させ、文字通り世界トップにおどり出たように、考えようによっては大胆なシステム変化のチャンスと思っています。
 こういう考え方は、技術屋的楽観主義と言われるかも知れません。しかし、在宅勤務も実際やってみると結構楽しいもので、物理的移動が省ける分、効率的ともいえます。今心配なのは十分感染が取り除かれない状況で、キャンパスに戻って来いと言われることだったりして。


● 河東 哲夫さん(Japan and World Trends代表/元 ロシア大使館特命全権公使)

自宅での毎日

 コロナでショックだったのは、外務省で一緒だった岡本行夫氏がコロナにやられてあっさり亡くなってしまったこと。外務省を早めに辞めて在野での外交・評論活動は、僕にとってのロール・モデルだったし、あのさわやかで温かい人柄は忘れられない。いつもチャレンジ精神とロマンを心に抱いている人だった。
 僕の場合、もともとしがないホーム・オフィスなので、コロナと言っても、やることにあまり差はない。ただ、いろいろセミナーや飲み会に出かけて刺激を受けることもない生活は、最初は単調で仕方なかったがもう慣れて、今ではこれでないとやっていけないと思う程。
 日課は大体決まっていて、世界の情報をインターネットで仕込んでは手製のデータベースに入力していくこと、そして一生調べ考えてきたこの世界の意味を、遺作(と言っても、稿料は生前に欲しいのだが)としてまとめていくこと、日本やロシアの雑誌向けの原稿を書くこと、1時間ほど家内と付近を猛烈なスピードで散歩してまわること、そして下手なピアノを弾いて溜まった鬱屈を吐き出すこと等々。ああ、あと、外国語の力を維持していかないといけないので、これに1時間くらい。家内のためにデンマーク語の学習を再開したので、英露中と合わせて4つの外国語をメンテしようとすると、必ず居眠りして時間が過ぎる。
 あとは、この10年越しの課題であるところの、家の中の整理。と言っても終活ではなく、一層の成長のためのスペース作りで、溜まりに溜まったCDを4枚入りのケースにまとめて、新しいCDを並べるためのスペース作り。そして床にタケノコのように成長していく幾本もの本の柱を一掃するべく、不要な本を整理したいのだが、これにはさすがに手がついてない。
 で、このように結構、やることはつまっていて、日課を全部こなすのは無理。だいたい途中で頭がフリーズして止まる。

 コロナで起きたことは、僕にとって信じられないものだった。日本と外国の間の往来ができない? まさか、という感じだったのが、往来はあっさり99,9%止まってしまった。残りの0,1%というのは、まだたまに飛んでいる飛行機の乗務員たちだろうか?
 こうなると、僕のような「国際情勢屋」は商売あがったりになる。世の中はコロナの話題で持ちきりになってしまうからだ。それに、コロナで国家の役割と地位が高まったため、国家を単位としてものごとを考える古いアプローチが戻ってきてしまった。18世紀以来続いてきた、国民国家を主要なプレーヤーとする世界の枠組みが、グローバリゼーションの進行でどうバラけていくか、或いは逆に米国に「統一」されてしまうのか、そんなことばかり考えていた僕にとっては肩透かし。あと数年間は、「国」という時代遅れの仕組みを相手にせざるを得まい。
 それでも一生懸命考える。考えないと原稿料が稼げない。たとえば、経済でも国の力がものすごく大きくなって、どの国でも中央銀行が通貨をどんどん発行しては株や債券を買い支え、政府は生活保障、事業補償をどんどん出す。それでもインフレになることもなく、経済はむしろそうしないと回らない。
 まあ、いろいろ。こうしたことの意味を当面考えて、いろいろ書き、かつ提言していきたいと思ってます。


● 岸本 裕紀子さん(エッセイスト)

コロナ生活が始まり、私は、今は老人ホームに入っている90代の母がずっとやっていた生活を追体験している。
食材を無駄にしないようにこまめにチェックし、それを活かして自分で3食作り(それまでは昼は外食だった)、毎朝すべての窓を開けて部屋の空気を入れ替え、引き出しを一つずつ整理していき、手縫いで帯を直し、ついでに繕い物をし、食料でも電池でも何かに備えて多めに備蓄し、という生活。
それは、テレビなどで話題になっている「おしゃれなおうち生活」とはちょっと違うもので、しいて言えば、「懐かしの丁寧な生活」だろうか。
結婚してからも、仕事をしていたり、学生だったりで、いつも何かに追い立てられる感じが当たり前だったのが、図らずもコロナでゆっくり流れる日常の良さを再認識し、この歳で「母の毎日はこんな感じだったんだな」と思うことができた。
今回のコロナ感染症での希望は、各国の女性リーダーたちの存在だ。ドイツのメルケル首相、台湾の蔡英文総統、ニュージーランドのアーダーン首相など、多くの女性リーダーたちの心を込めた国民への呼びかけや、きめ細やか、かつ大胆でスピーディな政策が光ったと思う。


● 若林 覚さん(広告とアートのアドバイザー/元 サントリー美術館副館長)

コロナと生きる

私の名刺には、「広告とアートのアドバイザー」という、訳の分からないタイトルがついています。
3月の初旬に、生まれ育った山梨県身延町の観光大使に就任しました。
名刺を3枚頂きました。町内の和紙の里「西島」で作った和紙の名刺、千円札に印刷された「本栖湖の富士」、それに名産「あけぼの大豆(粒が大きくて甘い)」をあしらった3枚です。
町内には、他に、日蓮宗の総本山「身延山久遠寺」、武田信玄公の隠し湯「下部温泉」、江戸時代後期に日本中を旅し、夥しい数の仏像を作った木喰上人の生誕地「丸畑」などがあります。
名刺が一挙に4枚にもなりました。
例年ですと、この時期(3-5月)にはあちこちの美術館や博物館で大きな展覧会が始まります。
最晩年、美術の仕事をしたこともあり、画廊・ギャラリーも含め年400回を超える展覧会を見て廻ります。
学芸員の資格はありますが、もともと美術の研究者・専門家でもありません。
広く浅くてもいい、とにかく数多く見て廻ろうと思ったのです。長年の山屋(山登り愛好家)でもありますし、歩き廻ることは苦になりません。そこで会う方々に、名刺を配り、身延町の魅力を少しでも語れればいい、
と思ったのです。
それが、コロナの緊急事態宣言を受けての自粛、予定されていた展覧会も中止、画廊・ギャラリーも閉鎖になりました。名刺は、殆ど配れてません。
美術も楽しめませんし、観光どころではありません。
好きな山も、麓の駐車場や山小屋も閉鎖され、行けません。
鬱屈した状態が続いています。
医療や経済再生の専門家の話を聞いてみると、一旦収束したかにみえても、また発生する。
予断を許さないとのことです。
コロナはなくならない、風邪やインフルエンザのように生き続けます。だとしたら、考え方、生き方を変えてみるいいチャンスです。
この際、「コロナと生きる」です。新しくて、珍しくて、面白い「Way of Job」 「Life Style」 を見つけてみたい。そんなことを思っている昨今です。

*最後に、居直りの言葉です。
 「農民は土と生きる。漁師は海と生きる。詩人は言葉と生きる。サントリーは水と生きる。(サントリーの広告より)
 そして、これからの私たちはコロナと生きる。みんな元気で。とりあえず元気で。」


● 藤原 ようこさん(コピーライター)

5年前から始めた弓道が、感染防止のため道場閉鎖となり、
稽古に行けなくなりました。その分の時間を、
住み始めて17年目になる家の中で眠っていた
仕事資料の整理をしたり、SNSの本や映画、レコードジャケットの
リレーに参加して、楽しみも見つけています。
そんな中、
80年代に資生堂で初めて参加した
キャンペーンのコピーが、目をさましました。
「素肌がとっても気持ちいいのは、宇宙のリズムで生きているから〜〜〜」
というコピーが、
「神さま、ありがとう」というスローガンで結ばれるCMで、
ナレーションもバックの歌も薬師丸ひろ子さん100%です。

今、地球で起きていることは
宇宙の「必然」かもしれないと思うことがありますが、
35年も前から「宇宙のリズム」なんて言葉を書いていた私がいたことに少し驚き、
それが仕事となった幸運を抱きしめ、
その後の時間が今の私につながっていることに気づいたりしながら、
今の、このリズムが
新しい未来を拓くと信じて、静かな祈りと深い感謝を重ねる日々です。
*ときどき、ブログを更新中。「空と大地の間で」

fujiwara_stayhome
*今年の初めに真鍋太郎(夫)と作っていたポストカード「LOVEとHOPE」です。


● 真鍋 太郎さん(アーティスト/イラストレーター)

緊急事態宣言が出る前夜に描いた、祈りのような絵。
*未完成なのでサインもしていませんが、インスタグラムにアップした1枚です。

https://www.instagram.com/picarotarotokyo/?hl=ja
 
描きたい絵があること、絵が描けることに感謝して
心も身体も、元気で前を向いて歩きたいと思います。





● 月尾 嘉男さん(東京大学名誉教授)

tsukio_yoshio_lコロナウイルスの啓示

 すでにパンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルスは世界を破壊しつつある。これは進歩したはずの科学が制御できない新型の病気が蔓延しているという以上に、人類が構築してきた文明の方向が巨大な間違いであったかもしれないという啓示として理解する必要がある。以下に三点の問題を指摘したい。
 第一の問題は人間の移動の増大である。1918年に流行したインフルエンザは世界の人口の3割を感染させたが、欧州に進軍した米軍兵士が原因とされている。陸路、海路より高速の空路の発明により、現在は当時とは桁違いの人々が移動しているが、その人数は25年前の年間5億人から現在では14億人になっている。
 日本の観光産業の窮状が明示するように、この人間の移動が停止すれば経済が維持できない国家が続出し、物資の移動が停滞すれば複雑な相互依存で維持されている製造産業も破綻する。最近では移民という長期の移動も急増している。発達した大量高速の移動手段が世界規模のウイルスの運搬手段を提供していることになる。
 第二の問題は人間の活動範囲の拡大である。コロンブスがアメリカ大陸を発見し、その未知の大陸へ天然痘やペストをもたらして先住民族を激減させた一方、コロンブスの一隊が欧州にもたらした梅毒は数年で欧州全域に拡散し、500万人が死亡したと推定されている。驚嘆することに20年後には日本にも伝染している。
 アメリカは20世紀初頭からパナマ運河の建設を開始するが、熱帯雨林を開拓していく過程で疫病が蔓延し、その問題を解決するまで工事は開始できなかった。最近でもエイズなどの新規の疫病がアフリカ大陸から世界に伝染しているが、急増したアフリカの人口が奥地へ進出し、未知のウイルスと遭遇した結果である。
 第三は地球規模の環境変化である。2014年にデング熱病の感染が東京で発生して騒動になったが、原因は気温が上昇して媒介するヒトスジシマカが東京でも越冬できるようになったことであり、現在では本州北端まで範囲が拡大している。ジカ熱病を媒介するネッタイシマカもアフリカから欧州に北上している。
 気温上昇はシベリアなどの永久凍土を融解させはじめ、これまで凍土内部に封入されていたマンモスやトナカイの死骸に付着していた未知のウイルスが蘇生して地上に出現し、ロシアのヤマル半島では実際に死者が発生している。さらに気温が上昇していけば、未知の病気が次々に登場してくることは十分に予想される。
 人類の歴史は長目に推定しても数百万年であるが、とりわけ直近の数万年間で異常な発展をしてきた。人口は三桁増加し、消費するエネルギーも一人あたりで二桁増加している。しかし、その急激な発展は環境を激変させる代償によって獲得したものであり、その何倍も緩慢に変化する自然環境とは相容れないものである。
 その矛盾が資源の枯渇、生物の絶滅、気温の上昇などの環境問題であるが、追加して登場してきたのが疫病の流行かもしれない。今回のパンデミックで自宅に籠城せざるをえない多数の人々が人類の過去から未来を塾考し、社会が方向転換をする契機となればウイルスのもたらした千載一遇の機会かもしれない。
(『電気新聞』4月23日掲載)


● 加藤 令吉さん(陶芸作家)

katou_reikichiコロナ騒ぎが社会に影響を与え出して間もなく公募展、企画展、個展、イベント、会議が軒並み延期、中止になり突然空白の毎日が始まった。さて、何かしら行動を起こさなければいけない。先ずは個展に出品する予定で制作していた作品の再構築を、といろいろ手直しを始めた。それが幸いしてやたら欠点が目につく。そんな意識のもとで工房で新たなる試行錯誤を繰り返しながら制作する時間と合わせて、膨大な蔵書整理もスタート。残す本、売る本、バラしてファイリングする本。懐かしい思いを巡らせながら粛々と実行。コロナ問題が収束する頃にはいろいろな意味で人生観、物事などの価値観も変わると思うし、又、テレビ、ラジオなどのマスコミの精度の再確認もして欲しいと思う。特に、私見に満ちたコメントで皮肉を交えて我々を振り回して、事実、本質を伝える本来の姿を失っていた番組も多くあったように思う。


● 平野 暁臣さん(空間メディアプロデューサー)

hirano_main事務所をクローズしたので、誰も来ないし電話もかかってこない。
オフィスにひとり。
滅多にないチャンスなので、溜まっていた資料を読み込んだり、情報素材を整理したり、普段なかなかできないことをやっています。
これはこれで悪くない。
心配なのはミュージシャンとライブハウスです。
ジャズレーベルを主宰しているぼくは、週の半分はジャズクラブに通う生活をしていたのですが、いま開いているハコはありません。
「生で音楽を聴く」という、空気を吸うのと同じくらい当たり前に出来たことを突如奪われ、あらためて音楽ライブの意味と有難さを痛感しています。
基本的にジャズマンはライブで生計を立てており、彼らのストレスと不安はギリギリのところまで来ていますし、このまま〝新しい生活様式〟に突入すれば、ジャズクラブの過半は廃業に追い込まれるでしょう。
ぼくには「なんとか生き延びてくれ」と願うくらいしかできませんが、事態が終息したら今までにも増してライブに足を運びたいし、微力ながら「生で音楽を聴く」歓びを多くの人に伝えていきたいと思っています。


● 御厨 貴さん(東京大学名誉教授)

kuratasusumuあっと言う間の出来事だった。モタモタしてる内に、国や都道府県から「蟄居」を命ぜられ、閉門状態になった。特に4月に入ってからは、勤め先の大学も企業も、封鎖され、来るなのお達しである。同時に予定がどんどん白紙に戻り、手帳に新規の書き込みはなく、只管❌印がついて、何やら悲しくも恐ろしい感覚に襲われた。
仕事が無くなる。どうしようか? 本の出版企画はあるが、これも迂遠な感じである。いよいよ、古希を待たずしてコロナに促されての引退か。
オンラインとか電子機器を駆使しての生き残りは、まず無理であろうと思い込んでいた。
しかし世界に冠たる日本の企業とは凄いもの。サントリーホールディングスから、オンライン役員会をやるとて、私への電子環境整備の特訓が、直ちに始まった。いやもおうもあったものじゃない。
4月半ばまでに、我が家の電子革命が決行された。Zoom、Skype、など幾つかのアプリが仕込まれ、スタンバイになった。
折もよく、コロナについての取材が飛び込むようになり、すべてオンラインと言う。
待ってましたとばかり、オンラインで応じる。取材も、会議も、飲み会も、そして自宅からのスタジオ出演も。恐ろしや、手帳は今や、電子企画の予定で埋まるようになった。
今年のゴールデンウィークは、それなりに電子機器との付き合いで、飽きることが無かった。我が好奇心を刺激し、まあまあ充実した日々が送れた。
どうやら、古希間近の爺いも、まだコロナ時代を生き抜けそうだ!
コロナと共存共生できるかどうか。今しばらく、様子見だ。


● 倉田 進さん(ライフ・マネージメント・ストラテジスト)

kuratasusumuコロナ考

我々の生活は完全に覆りました。今まで当然な事として享受してきた日常生活はもはやそうではありません。コロナ下でのニューリアリティーをしっかりと認識して生活する必要性があります。人との触れ合い、握手、友人同士のハグは、今では賢明な手段ではありません。しかし人間性を失うわけにはいきません。

新型コロナウイルスのパンデミックは毎日の生活を完全に変え、新しい言葉と一緒に全く新しいライフスタイルをもたらしました。災難にあった時にすべきことは、今後の展開を想定し不必要なストレスをエスカレートさせないことです。災難の事前対策をプランする事は余計な心配・不安を和らげます。積極的な行動は事態をコントロールしているという自信を深めてコントロール出来ないことからの憂鬱な気分を紛らわせます。パニックにならずに戦略を立てて実行しましょう。
心への感染を防がないと実際 Pandemic がPanic-demicとなりコロナ感染以上の異常事態になります。買い占め、疑心暗鬼になり、他所者排除などです。

私はこれまでも政治家・評論家の話は決して額面通りに受け取らずに科学的・医学的根拠に基づいた意見を参考にしています。内外から毎日7-8本コロナに関する最新情報が届きますのでそれらを参考にしています。

自分のニュー・ノーマルは、Stay home, safe, strong, healthy and happyです。心身共にストレスを解消して免疫力を高める為の毎日のルーテインは、運動・ストレッチ、正しい食事とサプリメント(野菜中心・ポリフェノール、オメガ3、ビタミンD3、これがコロナ予防にいいとの報告)、ぬか漬けを作る(福岡から糠床を取り寄せ)、腹7分、週に1日は絶食(ファステイングが免疫力を上げる)。体を鍛えてサルコペニアを予防するように、心の筋肉を鍛えて恐怖・うつ病・パニックを予防するのが重要です。

私のストレス解消は朝風呂(八ヶ岳を眺め脳内活性ホルモンが神経のもつれを解いてくれます)、モーツアルト・MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の音楽、古今亭志ん朝の落語(YouTube)、山本一力・瀬戸内寂聴の小説。人に直接会わないオンラインでのコミュニケーション(ZOOM, Skype, Face Time, Hangouts)です。
       
ポスト・コロナは
コロナが収拾しても社会・政治・経済・生活は想像以上に変わると思います。まず経済はリーマン以上で、当時は6年と言われ結果として3年で回復しましたが、今回は逆に6年以上ではと感じています。
例えば旅行・観光・エアライン・クルーザー・ホテル・レストランの回復には相当年数がかかると思いますし、それ以上に今回みんなが不要・不急をわが身に照らして考えて消費が更に落ち込みます。勿論、インターネット、ホームオフィス製品関連、DIY・リモートオフィス、安全・健康食品、バーチャル関連は需要が上がりますが、多くの産業の落ち込みはカバーできません。

政治もトランプ・プーチン・アベ政権など一強と言われた政治地盤が、コロナ対策の評価で揺らぐかもしれません。私は、あまりお上は信用していないので、どう変わってもあまり関心はありませんが、唯一の懸念はグローバル化に反し国家主義が台頭してこれまで以上に国際紛争が常態になる事です。政治は兎も角、自分の生活防衛が肝心です。

そこで今回の提案は、自分が自身のCHO(チーフ・ヘルス・オフィサー)になろう、ということです。自分の健康は他人任せ・医者任せにしないで、自分で日頃から感染症(コロナ)、生活習慣病(肥満、高血圧、糖尿、がん、アルツハイマーなど)にならないように、食事・運動・睡眠・マインドフルネスなどライフスタイルを改善して予防医学の実践です。
先制医療が次の一手です。


● みなみらんぼうさん(シンガーソングライター/エッセイスト)

 ここ数年山の旅行社と組んで、国内外の山のトレッキングを催していた。それがシーズンになってもろ新型コロナウイルスの影響を受けた。そこで難民状態のステイホームとなったのだが、やってることはこれまでとほとんど同じだ。本を読んでCDを聞いて、地域を流れる玉川上水のほとりをほっつき歩いたりしている。持ち帰ったメモ帳を開いて俳句の推敲をしたり、3歳の孫とオンラインでランデブーを楽しんだりしている。
 朝、TVをつけたら「コロナウイルスが終息したらなにをしたいか?」というアンケート結果をやっていた。
  1 国内旅行 2 友人との会話 3 買い物(服や靴) 4 映画  5 演劇・コンサート
 買い物の中でも特に「服や靴」と細かい所が泣ける。たぶん日々のエネルギーはこんなところから噴出しているのだろう。
 ところで、新型コロナウイルスが終息しても、人々の暮らしは大きく変わるに違いない。「ステイホーム」や「3密」なんて言葉も、すでに今年の流行語大賞の様相だしね。
 でも、コロナ後はどうなるんだろう? 若者文化のコアともいえる、ライブハウスや映画館など、大きく変貌するだろうなあ。欧米のキスやハグの文化もねえ、みんなよそよそしくなってしまいそうだ。そうそう日本にはオリンピックもあったねえ。何とか世界の平和の祭典にふさわしい日が来るといいなあ。


● 井上 篤夫さん(作家)

「Stay Home」と言われても、1日中、家の中に籠っているわけにはいかない。
1日2回、朝と夕方、動きが緩慢になった13歳のチャーリー君(キャバリア犬)を連れ出して散歩をする。
隅田川沿いを「用を足す」だけのごく短い散歩だけれども、これが以前にも増して貴重な時間になっている。
ときに「コロナ禍」に押しつぶされそうになることもある。
けれども、散歩から戻って「爆睡」しているチャーリーの姿を見ていると「まあ、いいか」と思う。
今日も一緒にいられた。


● 古我 知史さん(ベンチャー・キャピタリスト)

考える未来、願う未来は、DAOとマルチハビテーションがキーワードになって現実化してくれることだ。
DAOとはDecentralized Autonomous Organizationの頭文字で、自律分散型組織。中央を徹底的にスリムにして分散化したそれぞれの個人がネットワークして自律的に集合的に問題解決をしていくコミュニティだ。XGとデジタルインフラの進化が民主主義のあり方や行政サービスのあり方、民間のサービスをDAO化すれば社会全体の生産性と効率化のみならず、個と個のつながりがもっと潤いのあるものになる。
マルチハビテーションMulti-Habitation(多拠点居住・交流居住)もDAO化の現象のひとつ。フィジカルとサイバー空間はもちろんだがフィジカル空間(つまり物理的な従来の世界)の中でマルチハビテーションが進む。日本国内や海外のあちらこちらに家を複数所有して棲む。過度な都市化から解放されるし、国内ならば地方創生にも貢献できる。人口減少をインバウンドでカバーしようとしたが、マルチハビテーションが進めば空き家が無くなり自動車も家電も物理的な消費財がまだまだ家の数だけ売り上げを伸ばせる。
いずれもノマドロジーNomadologieの実現に繋がる。閉じられた世界で限られた資源を分配するのはなく、開かれた世界で人々を分配していく。平和共存できる持続的社会だ。そんな未来世界が来ることを願いつつ、マルチハビットして生きているこの頃です。


● 2VOICE/叶 央介さん & 原 順子さん(歌手)

hara_junko歌を唄い出して40年余
積み重なった譜面の整理を始めました。
余白に残った書き込みや落書き
大好きだった前田憲男さんのコミカルなイラスト入りの手書き譜面
ひとつひとつを手に取るたびに思い出がよみがえります。
振り返ると社会も音楽シーンも劇的に変化しました。
そしてこのコロナ禍でネットを介したコミュニケーションが
より一層主流となってゆく事は避けられないだろうと思います。
手触りや香り、空気の揺らぎ、そんなアナログの温もりを
その新しいコミュニケーションにどう活かしていけるのか
私たちの世代のこれからの大きな宿題だと思っています。


● 幸田 真音さん(作家)

 コロナ感染を心配して受けた肺の検査がきっかけで、偶然にも縦隔腫瘍胸腺腫が見つかり、4月なかばに入院し、切除手術を受けていました。幸い手術後の病理検査の結果は良性だったのですが、退院後しばらくは自宅療養が必要で、コロナ禍がなくても外出自粛という毎日です。
 もっとも、世の中がテレワーク主体となり、おかげで手術後の痛みをこらえての外出は免れることができ、はからずもリモート会議の恩恵(?)を享受することになりました。
 海外の友人たちもほとんどが在宅で、みんな時間をもてあましていますので、普段できなかったお互いの近況報告をしあったり、かえって親密度が増して、新鮮な気がしています。
 せっかくできた時間なので、重い腰をあげて、作家生活25年でたまりにたまった資料の整理、いわゆる「断捨離」に挑戦。ほかには毎日キッチンでかなり凝った料理や、若いころを思い出してお菓子作りも楽しんでいます。
 あまりもののセモリナ粉に薄力粉を混ぜて作ったピッツァや、冷蔵庫の材料を適当に組み合わせて、そのときの気分で気ままに作るメニュです。写真は退院後に二回も作ったタルト・タタン。
 ついつい作りすぎ、残さず食べてしまいますので、このままいくとウエストまわりのV字回復(?)が心配です。

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● 山崎 洋子さん(作家)

念願だった晴耕雨読の暮らしをしております。
「耕」は狭いベランダでプランター菜園。
ジャガイモと小蕪が葉を繁らせています。
メダカも針子(生まれたての稚魚)が増えつつあります。
親に食べられないよう、せっせと隔離しています。
「読」の方は年齢とともに疲れ目がひどくなり
一冊を読み終えるのが一苦労だったりします。
その分、テレビを観る時間が長くなりました。
録画しておいた映画、お笑い番組、ニュース。
散歩と日常の買い物以外は外出しないし
人にも会いませんが、それがいやではありません。
一番好きな言葉は昔から「冬ごもり」でした。
新型コロナ騒動が終わって世の中が元に戻っても
私はこのままでいいかなあ、と思っています。

3月に「誰にでも、言えなかったことがある」(祥伝社)
が文庫になって出ました。自伝的エッセイです。
解説を書いてくださったのは女優の渡辺えりさんです。


● 泉 麻人さん(コラムニスト)

izumi_asatoこのところは朝方の御近所ウォーキングが日課になってます。
山中教授も推奨する「Buff」というランニングマスクを被って、善福寺川ぞいの公園を早足気味に歩きながら、好みの虫や鳥や人を観察しております。
たまに公園から外れて、昔の農業用水の跡と思しき細道をクネクネと奥の方へ入っていって迷い子になりそうになるのもそれはそれで面白い。迷い子といえば「夏の迷い子」という短編小説集が6月に中央公論新社から出ます。ほぼ私の世代の男(60代はじめ)を主人公にした昭和ノスタルジー風味の物語ですので、ステイホームのお伴に是非。
そう、近頃の御時世眺めながらふと思い浮かんできたのが「融通」という言葉。
昔のオトナはよく「融通がきく、きかない」なんて物言いをしたものですが、いろんな意味で融通がきかねー奴が増えたな、と実感します。マスクの付け方からして、融通をきかせたい。

IMG_0164 「Buff」を着用しウォーキングをする泉さん


● 三枝 成彰さん(作曲家)

saegusa_shigeakiM毎日、午前11時から、
夜の20時か21時まで、
仕事部屋に行って、
新作オペラを作曲しています。
以前は深夜から早朝まで、
徹夜も辞さず、
作曲をしていたのですが、
最近は身体のためにも、
昼型に変えました。

近年だけでも、
構想10年で創り上げた、
「忠臣蔵」をはじめとして、
「Jrバタフライ」「KAMIKAZE」
「狂おしき真夏の一日」など、
オペラを作曲してきましたが、
今はオペラ「平家物語」と、
オラトリオ「マグダラのマリア」の、
2作品を作曲しています。
「平家物語」は、
台本を林真理子さんに、
「マグダラのマリア」は、
島田雅彦さんに台本をお願いしています。
これまでは一作ずつ、
作曲することが多かったのですが、
今回は2作を並行して書いています。
友達が多いし、
定期的に美味しいものを、
食べに行く会などもやっていますから、
なかなか作曲をする時間が、
まとまってとれなかったのですが、
今はどこにも行けませんから、
覚悟を決めて作曲に没頭しています。

作品ができたからと言って、
それで上演出来るわけではなく、
キャスティングのことや、
劇場のことなど、
やらなければならないことが、
沢山あります。
初演はおそらく3年後くらいに、
なるのではないかと思います。
それまで元気に過ごしたいと思っています。
上演の暁には是非おでかけください!


● 福山 小夜さん(画家)

asano_shirou蓼科に住んでいるのですが、自粛、自粛でイベント、会合は全て中止。街も静かです。
元々、制作はこもっての作業なので、生活自体に大きな変化はないのですが、喘息の持病を持っているので、人との接触は本当に怖いと思っています。

昔、よくブルーの絵を描いていたのですが、今、改めてブルーを使っての制作をしています。「ブルーのビーナス」「ブルーの彫刻」など。落ち込んだりした時に、ブルーはよく使うのですが、使っていると不思議と先に光が見えてくるんです 。ブルーは癒しの色なんですね。

本当に気まぐれの更新ですが、インスタグラム(https://www.instagram.com/sayo1612/)もやっています。見てくださると嬉しいです。
今年の7月に玉川大学の学生と一緒にビーナスをテーマにした展覧会を企画していたのですが、今回のことで中止になってしまいました。
また、皆さんに観ていただけるような「場」が作れたらいいなと思っています。


● 浅野 史郎さん(神奈川大学特別招聘教授)

asano_shirouコロナ騒ぎの中、世の中を狭く狭く生きています。活動範囲がごくごく狭い。そもそも移動しないですから。2月14日を最後に公共交通機関を利用していません。タクシー利用もありません。当然ながら、不要不急の外出はしていません。
運動不足に陥らないよう、家から1キロの公園に出かけて老人仲間とラジオ体操をしてくるという日課だけ続けていました。ところが、最近、「集団ラジオ体操は感染の恐れがあるからダメ」と我が家の健康管理責任(賢妻)から教育的指導を受けたものですから、今は家の中で一人でラジオ体操をしています。私の関係する公益法人の理事会は、自宅のパソコンを前にしたテレビ会議で済ましています。1週間に3ヶ所?ということもありました。それとは別に、「みらクルTV」を立ち上げました。私も第二、第四日曜日の夜に「今、障害福祉を考える」という番組を持っています。今のところ視聴者(参加者)は30人ほどですが、視聴者とのライブでのやりとりもあり面白い。コロナによる異常事態の中にこんな楽しみをみつけました。
 
なお、「みらクルTV」はZoomを使ってます。https://zoom.us/j/3782787584を クリックしてすぐ参加できます。私の「番組」は第二・第四日曜の19:30-21:00です。よろしかったら、覗いてみてください。


● 椎名 誠さん(作家)

shiina_makoto変わりなく家に篭って原稿を書いています。
近くに住む3人の孫たちが来ていることが、
生活のリズムになっています。
奥さんの主導で、うどんを作ったりもしています。
取材を兼ねて、仕事で写真を撮っていたのですが、
今はそれもできずにいます。
よく通っていた新宿の居酒屋も休業。
そこに集う仲間との麻雀もできずにいます。
ネットは使わないので、人とのやり取りはもっぱら電話。
編集者や友人たちとはよく話をしています。
外に出ないので原稿は締め切り遵守して
今までより早く書いています。


● 三田 誠広さん(作家)

masahiro_mita_bwぼくは去年の3月まで大学の先生をしていた。毎日大学に通っていた。いまはリタイアした身なので、とくに問題はない。小説家としては書きたい小説を好きに書いているだけなのでほぼ引きこもり状態だ。依頼原稿などもメールで注文を受けメールで送るだけで、昔から在宅勤務だ。ただ講演とか講座の依頼がなくなった。たまには人と会って話をしないと頭が回転しなくなる。文藝家協会とSARTRASという組織で副理事長をしているのだが、文藝家協会は文書のみの会議、SARTRASはズームを使ったネットでの会議で、電車に乗って会議に出向くということもなくなった。それで世の中がうまくいくのならずっとこのままでいいという気もする。やむなく人と会い、誘われて飲み会に出るという機会に、学ぶことも多かったのだが、もう老人なのでいまさら学ぶこともないだろうと考えている。6人いる孫としばらく会えないかなと思う。そのうち4人はスペインにいるので、これから何年も会えないかもしれない。それでもラインで写真や動画が送られてくるので、それで充分かな。ぼくは戦後生まれなので、高度経済成長の時代を生きてきた。こんなふうに経済が縮小する体験を生きているうちにするとは思わなかった。ぼくの生まれる直前に、新円の切り替えがあり預金の封鎖があったと母親から聞かされた(金持がいなくなるという一種の革命だ)。その時代のゼロの状態からもう一度、日本経済をリフォームしていくのだと思えば、どんなふうに復興していくか、未来が楽しみだと考えたい。


● 千住 博さん(日本画家)

senjyu_hiroshi2020 新型コロナにより、一時的な緊急避難ではなく、多くの人が予想していた近未来のオンライン・デジタル社会が急激に加速して到達してしまいました。
 それ故、2019年までの社会に逆行することはなかなか難しいことのようです。
 コロナ禍によって人々の意識は変わり、デジタルによる時間、空間に対する新しい意識の中に一気に突入してしまった感があります。

 しかし人は、デジタルだけでは生きていけません。
 デジタルは、音声と図像以外の全ての五感に全く対応できない未完成な技術だからです。
 フィジカルなつながり、取っ掛かりを求めて、文化が模索をはじめているのが今の世界です。

 だからこそ、デジタルでは伝わらない素材感、触覚、また自然の側に身を置く生活態度、そして手仕事のぬくもりを基本軸に据える意識は、本質的にこれからの世界で必要とされるはずです。
 脱都市的ライフスタイルのニューノーマルと共に、この様なアートや建築に対する注目は日に日に増してくることになると僕は思っています。


● 米倉 誠一郎さん(一橋大学名誉教授/法政大学教授)

yonekura_seiichirouこのコロナ禍ではいろいろ考えさせられました。まず、リモートワークは「痛勤」や無駄な会議をなくすのでかなり時間リッチになるということ。朝晩結構時間がある。これは「2枚目の名刺」の大いなる推進チャンスだと思いました。「2枚目の名刺」とは「個人に蓄積された経営資源を会社だけではなく、社会や自分のために使うこと」です。

しかし、そうなるには日本人の生産性があまりに低い。2019年の世界生産比較ランキングで、日本は先進35カ国中21位。西欧・北欧の小国はもちろん、日本を除くG7諸国(米・独・英・仏・伊・加)、さらにはスペイン・オーストラリアにも抜かれているのです。生産性を測る時間当たりの付加価値(ドル換算)でフランスに15ドル、イタリアには11ドルの差をつけられて46.8ドルになってます。では、日本人が真面目に働いていないのでしょうか?否、多分最も勤勉に働いている国の一つだと思います。となると、働き方とくにデジタル化において決定的な遅れをとっているということなのです。効率が悪すぎる!

今回のコロナ禍は、ビジネスはもちろん教育・行政にも今後さらなる生産性向上とデジタル化を強制してくるでしょう。ビジネスは自力でなんとかするでしょうが、教育に関しては国を挙げた本格的備えをしなければならないと思うのです。悲しいことに我が家にも「アベノマスク」なるものが到着しました。残念ながら子供でさえ着けようとしない。

そこで、このマスク配布に費やしたと言われる466億円の使い道を考えてみました。2019年の学校基本調査によると全国中学生は3,218,137人います。1万円のタブレット全員に配っても約322億円です。例えば、レノボの Tab E8 MediaTek MT8163B・2GBメモリー・16GBフラッシュメモリー搭載 が¥13,730ですから、大量購入すれば1万円以下で配れるはずです。まだ、144億円余っていますから通信環境の悪い家庭にはポケットWi-Fiを配れます。既に持っている家庭も多いでしょうが、まったくない家庭もあります。ここでのポイントは、コロナ禍などによって教育における格差を広げないという強い意思を示すことなのです。

資源のない日本が75年前の敗戦から復活したのは戦前の教育投資のおかげです。アフターコロナを考える時の最優先課題は教育のデジタル投資です。政策担当者には目前の大衆迎合ではなく、国の未来を見据えた対応をしてもらいたいものです。


● 隈 研吾さん(建築家)

kuma_kengo思ったよりスムーズにテレワークというワークスタイルに移行できたのでびっくりしています。むしろ、オオバコに閉じ込められて、定時に出勤といういままでのスタイルが、気持ち悪く感じられています。週一回のペースで、「夕礼」みたいなものを、ズーム会議でやっています。パリ、北京、上海、東京の300人近い人間が顔を合わせて、10分くらい話すのですが、却ってきずなが深まったようにみんな感じています。


直筆のメッセージが届きました。