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100年後も残る映画を作りたい。 2/3

松井久子さん(映画監督/脚本家/プロデューサー)

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vol.2 フェミニズムは「自由」を求める思想


残間
上野千鶴子さんが、『何を怖れる』の書籍と一緒に「今度こういう映画を作りました」と手紙をくださいました。
「出演しました」じゃなくて、「作りました」なんです。
この映画のことを自分のこととして愛情を持って考えていらっしゃるんだな、と思いました。

松井
上野さんには最初から最後まで、全面的に協力して頂きました。
映画を作るとなって真っ先にお話を伺いに行ったときも、「これは千載一遇のチャンス。来年、再来年になったら誰か死んでるかも知れないじゃない」と(笑)。
昔からフェミニズムに関わってきた人じゃなくて、劇映画の世界の松井さんが創るというのが良いのだ、とおっしゃって。

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残間
前作の『レオニー』は2010年でしたから、4年間の空白があったわけですが、このテーマを撮るきっかけは何だったんでしょうか。

松井
最初は頂いたお話だったんです。自分の企画じゃない映画を撮るのははじめてのことでした。

投稿誌『わいふ』の50周年の記念イベントが2013年の秋にあって、そこで見せるために『わいふ』誌の歴史をたどる映像のお手伝いをしたんですね。
その映像をご覧になった元編集長の田中喜美子さん(※)が、「映像ってこんなに分かりやすくて力があるものなのね」と言って下さって。
ぜひ私たち(ウーマン)リブの歴史も映像に残して欲しいと。

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※注:田中喜美子(たなかみきこ)
『何を怖れる〜フェミニズムを生きた女たち』出演者。
1930年、東京生まれ。早稲田大学文学部フランス文学科卒業。1976-2006年、主婦の投稿誌『わいふ』、1992-2009年、政治雑誌『ファム・ポリティク』の編集長を務めた。現在“ぐるーぷわいふ”代表取締役。
働く女性の子育てについて多数の著作があり、子育てに悩む多くの女性を励ました。
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残間
ということは、最初は記録映像的なものだったんですね。

松井
田中さんはそういうものを想像していらしたかもしれませんね。

正直な話をすると、あの頃の私って、なかば“燃え尽き症候群”のような状態だったんですよ。
前作の『レオニー』が、それこそ命懸けで、8年もの時間を使ってようやく作ったものでしたから、「もう映画は撮らなくてもいいんじゃないか」とすら思っていて。

だけど、お話を頂いた時になにか運命のようなものを感じたんです。
その感覚を信じて、一気にフェミニズムに関連する書籍を60冊ぐらい読みました。
読み終わったころには、もう確信していましたね。

残間
「運命だ」と思ったのって、何故だったんでしょう。

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松井
長い間やり残してきた「宿題」、と直観的に思ったんです。
私はそれまで、フェミニズムって女の生き方を狭いところで主張する、あるいは男を敵にまわす思想かと思っていたんです。

でも、ぜんぜん違いました。
「せっかく女に生まれてきたんだから、自分らしく自由に生きましょう」ということなんですよね。

私の人生も、そういう考えがあったように思います。だから多少人と違う道でもやってこられた。
自分の人生をふりかえって整理することができました。

残間
なるほど、そういうことだったんですか。
だからなのかな。私も映画を観て不思議な感慨にとらわれました。
たんなるフェミニズムの紹介映画じゃないんですよね。かなり普遍的なテーマに触れている。

上野さんたちはこの作品をジェンダー教育の教材にしたいとおっしゃっているんですって?

松井
私は教材としての役割に加えて、100年後も残っているような歴史的資料となる作品を創りたかったんです。
たとえば平塚らいてうや伊藤野枝の映像って残っていないんですよね。彼女たちの時代はスチール写真だけ。
もしも映像が残っていたら、彼女たちの印象って大きく変わったと思いませんか?

残間
そうですね。私も伊藤野枝にはとても興味がありますので、動画で観たかったですね。映像の伝える力って、かなり大きい。

近い将来、テレビはニュースなど即時性のあるものと、アーカイブスとして半永久的に残っていくものかに、集約されていくんじゃないのかなと思うんですが………。

松井
今はその中間というか、即時性偏重の時代ですね。「今日この場で笑えればいい」みたいな、即物的な娯楽。
そこで商売をしている感じがします。

映画も、即物的な消費物になってきています。後世に残るものを作ろうとはしていない。
たとえば「漫画を原作にして、主演にアイドルの子をつかって」とか、儲かるパッケージ、スキームができている。
それって、日本は映画のマーケットが国内だけで完結するようになっているからなんですよ。

海外の映画賞をとるのも日本でヒットさせるため。なのに、ヒット作でも満員になるのは封切直後だけなんてザラでしょう。
一瞬楽しんだら、すぐに次のものに興味が移ってしまうんです。

残間
そういうやり方は、いつまでも続けられませんよね。
松井さんの映画が普通の映画と違うのは、「自主上映会」があるということですね。
『ユキエ』も『折り梅』も、映画を観て感動した観客の方々が、上映終了後も自主上映会を開くことによって、口コミでどんどん広がっていっています。

松井
そうかもしれません(笑)。『折り梅』は2002年の公開で、13年前の映画です。
にもかかわらずいまだに月に2、3回、全国どこかで上映して頂いています。これまでのべ200万人の方にご覧いただきました。

残間
それって、松井さんの作品がアーカイブス的だからだと思うんです。折り梅は10年以上前に介護というテーマを扱った映画ですから、とても予言的でしたよね。
『何を怖れる』も、アーカイブスとして後世の貴重な資料になると思いますよ。
(つづく)




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vol.1 時代に身を投じた女性たちを描く

vol.2 フェミニズムは「自由」を求める思想

vol.3 女だけに見えた、「ほんとうの全共闘時代」





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