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生成AIとどうつきあうか。 Part 2

坂村健さんインタビュー

Part 2 気がつけば時代の先を走っていた

プロデューサーというもうひとつの顔

残間
私が坂村さんと初めてお会いしたのは、光文社から坂村さんが最初の本『コンピュータとどう付き合うか 文化系にもわかる最新技術情報』を出した頃ですから、1982年でしょうか? 

坂村
東大で助手をやってた頃ですね。

残間
新宿で一緒に鶏鍋を食べたの覚えてます。
ところで坂村さんはトロン以外にもいろいろやってるんですよね。よく覚えているのが六本木でやった『電脳住宅』(1989年)。あれは今考えると画期的でした。
センサーで自動で灯りがついたり、用を足すと尿を分析してデータを医療機関に送り、体調管理ができるトイレ。室温の変化や外の風を感知して自動で開閉する窓。二代目のPAPI(2005年)では、非常時に備えてプリウス電源にして家の電気をまかなったり。

坂村
最初の電脳住宅は今で言うスマート家電やインテリジェント住宅・ビルの走りですよね。将来は家でも仕事ができるようになるだろうと、NTTが専用回線を引いたり、つまりリモートワーク。サンウェーブが未来のキッチン作ったり、いろんな設備メーカーとの複合プロジェクトでした。最後には家を建てようということになり、竹中工務店が協力してくれたんです。二代目はトヨタホームですね。
そういえばこのあいだアメリカから連絡があったんですが、『電脳住宅』は世界最初のコンピュータ住宅として認定される予定だそうです。
残間
東大ではいろいろとイベントもやってましたね。デジタルミュージアムですとか。東大は歴史があるだけにいろんなお宝があって、各学部では把握してるけど、全体として管理できていない。坂村さんが「雨月物語の初版があるんだよ!」と興奮気味に話してたのを覚えてます。
でも、このままでは日の目を見ないうちに朽ち果ててしまうと。それをきちんと整理・デジタル化して、しかもコンピュータを駆使して個性的な展示をしてましたよね。

坂村
東大120周年のイベント総合プロデューサーをやった時ですね。僕はパビリオンの設計などもやりましたし、こういった展示の仕事もしたので、美術館や博物館と縁ができました。

残間
トロンの研究もあるでしょうに、体がいくつあっても足りなかったんじゃないですか?

坂村
大学の先生というのは、自分の研究だけでなくいろいろやらなきゃダメなんですよ。教育もあるし入試もある。まあ、やんない人もいますけど(笑)。

コンピュータの発展を横目に育ってきた

残間
そもそも坂村さんが、コンピュータの世界に入ろうと思ったきっかけってなんだったんですか?

坂村
自分の成長とコンピュータの発展が一致してたんですよね。コンピュータが生まれたのが1940年代の後半で、商用コンピュータが生まれたのが1951年。僕はその1951年の生まれです。そこからコンピュータはどんどん進化して、最初は体育館いっぱいのスペースを要する巨大なものだったのが、マイクロ・コンピュータの時代になり………というのを、横目で見ながら僕は育ってきたわけです。

残間
かなり早い時期から、この道で行こうと。

坂村
決めてましたね。
僕が十代の頃は冷戦、キューバ危機、学生運動、ベトナム戦争、そして日本経済は高度成長。激動の時代の中で右肩上がりの世の中で、新しいものが生まれていく機運がありました。それから70年万博。僕らの世代で、あれに影響を受けた人は多かったんじゃないですか。

残間
コンピュータの歴史・発展ということでいえば、やはりインターネットの影響は大きかったですか?

坂村
そりゃそうですよ。その前はアメリカの軍事ネットワークでしたからね。ちなみに東大では1980年代の前半から、天文関係の先生がアメリカが欲しがっている日本の観測データを送りたいということで、私が協力して東大のコンピュータを専用線経由でアメリカのARPANETにつなぎました。そのARPANETが後のインターネットです。だから日本では東大が日本で一番最初にインターネットにつないだと思います。

残間
坂村さんはその頃東大にいたので、間近で見ていたわけですね。

坂村
すごいと思いました。コンピュータ同士をつなぐことで、これまでにない可能性が生まれる。友達の友達は友達のようにして、どんどんつなぐコンピュータが増やせるのがインターネットの本質ですから。
だから、もっといろんな外部のコンピュータとも繋げられるようにしようって話をしたら、ダメって言われました。そんな勝手に政府(当時は東大は国立大学)のコンピュータを外とつないじゃイカンと。そういう目的外使用を可能にすることを、特に国立大学がやってはダメだと。当時の話ですが…。

そこが日本が良くないところで、もっとオープンにしていかないといけないんだけど、この国は法律に書いてないことは何もできないんです。アメリカの法律はやっちゃいけないことだけ書いてあるんですけどね。新しいことをやるには、日本ではまず法律を変えなきゃいけない。それで法を変えてるうちに向こうはどんどん先にいってしまう。

残間
既得権を持っている人が、権利を侵されると思うのでしょうか。

坂村
クローズ思考なんです。農耕民族だからですからね。知らない人は排除して、知っている人とだけで、変化を排除して決まったことだけやっていこうとしがち。

残間
日本が世界に遅れをとり始めたのは、その頃からかしら。

坂村
もうずっと遅れを取りっぱなしですよ。


(Part 3に続く)



Part 1 日本が誇る国産OS、トロンを知っていますか?

Part 2 気がつけば時代の先を走っていた

Part 3 生成AIは面白い!

Part 4 いいものをつくりたいだけなんです