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心を解き放ち、その先へ。2/2

松井久子さんインタビュー


後篇 私たちを抑圧しているものとは



彼は私の“業”を認め、背中を押してくれた

残間
では、まだ出たばかりの最新作『最後のひと』の話を伺いましょうか。ストーリーは、元ドラマ脚本家・75歳の女性と学者・86歳男性との恋物語ですが、実際に松井さんもこの夏、89歳の思想史家・子安宣邦さんと結婚されました。
 驚きと同時に松井さんらしいとも思いました。恋はすれどここ何十年も独身を貫いていた松井さんが、彼を選んだ理由を改めて聞きたいと思います。


『最後のひと』2022年11月発表/中央公論新社

75歳の女性が86歳のひとを好きになって何が悪いのか。社会からの“外され感”を味わっていた女性が市民講座で出会った講師に惹かれていく。著者の実体験を踏まえた『疼くひと』の続編とも言うべき作品。

松井
最初の結婚をした時、私は20代の半ばでライターをやっていて、夫は小説家志望でした。彼は家で書いていて、私は外で働いていました。その時に夫に言われたんですね。「雑誌のインタビュー記事ぐらいだったらいいけど、女がものを書くようになったらお終いだからな」って。つまり小説を書くというか、ものを生み出すための“業”を持ってる状態?それを女が持つようになったらお終いだと。
 その時はあまりピンと来なかったんだけど、それが今になって強烈によみがえってきましたね。

 そして、私が『最後のひと』を一度書き終えた時に、今の夫に読んでもらったんですね。彼は、たとえフィクションにせよ自分のプライベートな人生が書かれたものを世に出していいのか? と思ったのでしょう。何も言わなかったけど、すごく苦しんでいる様子だった。で、見ていて気の毒になってきて、私から「やめましょう」と言ったんです。すると彼は「書かなくなったら、松井久子じゃないよ。」と。

 そう言って背中を押してくれた人と、「ものを書くようになったらお終いだと」と言った人の差?(笑) 私はずっと今の夫のような人と出会いたかったんだと思う。でもものを作る人間の“業”みたいなものを持つ女を、男は嫌うんですよね。友達としてはいいけれど。
残間
恋愛対象としてはいいけれど、結婚相手としては嫌だと。それは根っこのところに男尊女卑的なものがあるからでしょうね。

松井
でも、そういった思い込みや刷り込みみたいなものは私の方にもあったと思います。私は、仕事にはそこそこ恵まれてきたけれど、映画を作っていた頃も、常にあるコンプレックスを持っていました。結婚というものに挫折したというコンプレックスをね。そこは少し年下の残間さんとは違うかも知れないけど、私の世代はつまらない言葉で言えば、いい妻いい母になることが一番だったんですよ。

残間
私の世代もそうですけどね。

松井
例えば私は祖母から「久子、男に可愛がられなかったら、女は幸せになれないよ」とずっと言われて育ちました。それで大人になった私には、ああ、やっぱりそこは失敗しちゃったなという思いがずっとあったんですね。だから離婚した後は、子供を育てるためにいろんな仕事に挑戦したけれど、いつも“女性の本来あるべき姿”を踏み外したという思い………私は女が生きるべき道を外れちゃったんだ、というのがいつもあって、それで映画監督をやり終えた今の私では、もういろんな意味で嵩張りすぎて、どんな男性も妻にしたいとは思わないだろうと。
 だから私の人生は仕事的には恵まれたけれど、祖母から言われたような女性としては生きられなかったという思いがずっとあったんです。

残間
お母さんはどうだったんですか?

松井
母は祖母の言葉をそのまま体現したような女性でした。ひたすら内助の功。母の方が全然強い人なのに、気弱であまり甲斐性のない父を立てて、経済的にも支えていた。私も母のようになりたいと思っていました。そんな意味で、私は女性としてダメだダメだと思っていたんです。

残間
自由に映画を撮っているように見えていましたから、一方で、そんな思いを抱えていたとは思ってもいませんでした。
松井
私に限らず、同世代の女たちはみんな、いろんな抑圧を受けてきたと思います。
高校や大学で同級生たちが、みんな専業主婦になって、ずっと夫を支えてきていますが、『疼くひと』を書いた時に、そういう女性たちが私の前から去って行ったんですね。
 「まだそんなこと考えているの?」とか、とにかく批判的で、何人もの人と友達でなくなってしまった。そんな時に、やっぱり私たち世代は大きな抑圧を受けてきたんだなと思いましたね。女はこうあらねばならない、という刷り込み。

残間
それは私にもかなりあるかもしれません。

松井
そういう人たちが幸福でないなら、何か日本の社会がこだわっているもの、私たちが強いられてきたものから解放されるといいなと思って、このテーマに取り組んでいるところもあります。

結婚を決めたのは、“10年はこの人に打ち込める”と思ったから

残間
今の生活はどうですか? 入籍したのは今年(2022年)の夏でしたから、まだ半年経ってないんですよね。

松井
本当に結婚という制度には腹が立ちますね! 女だけ名前が変わらなきゃならないなんて。仕事は松井のままでやってますけど、病院で名前呼ばれても全然気がつかないし(笑)銀行とか生命保険とか、変えなきゃならない書類手続きが山ほど。

残間
でもそれとは別に「松井久子」と存在が別にあるというのはいいですよね。夫の姓に吸収されて嬉しいと思う人もいるのでしょうが、多くの女性にはないのですから。
 ただ、籍を入れないと病気や入院などの時に、関われないことがあります。そこは大事ですよね。

 小説の方では、結婚生活は先生の家に同居する形のようでしたが、現実の結婚生活も、先生の家で娘さん夫婦と同居という形ですよね。

松井
わりと大きな家ですが完全な二世帯住宅ではなくて。共同スペースのキッチンとダイニングはひとつなので、毎日4人で一緒にご飯を食べています。楽しいですよ。

 みんなが美味しいと言ってくれるし料理も好きなので、ついつい私が作る日が重なってしまう。それでちょっと疲れたなと感じていると、彼は素早く察知して「君たち、わかってるだろうね。この人にこの家に来てもらったのは、主婦をしてもらうためではないからね」と娘夫婦に言ってくれる。

残間
さすがです。

松井
そういうことなんだと思いましたね。つまり彼がわかっていてくれてるんなら頑張れる。そういう一つひとつのことが、40年以上一人で暮らしてきたからこそ面白い。日々たくさんの発見がありますよ。

 私はそれまでずっと一人でやってきていて、今さら他人となんか暮らせないわとずっと言ってきました。そんな煩わしいことは真っ平!と。で、今こういう風になってみると、私、やっぱり強がっていたのかもしれないと思う自分がいる。一人で平気とか、孤独じゃなくて自由よ、とか言ってたけど、やっぱり寂しかったんだな。私は誰かと一緒にいることを求めていたんだなと思いました。

残間
まあ、それも相手がいいからだと思います。

松井
それは運が良かったですね。とにかく何も我慢することがなくて、今は我儘放題です。

 私は70代になって、老いを迎えて、もう映画に打ち込むことができなくなった時に、新たに打ち込むものが見つかったという気がしたの。そういう意味では、はじめはライターをやって、俳優のマネージャーをやって、テレビドラマのプロデューサーをやって、映画監督やって……という風に、長くひとつのことを続けられない人なんですよね。

残間
そうなんですか?

松井
そうなんです。でも、それぞれ10年ぐらいは徹底的に打ち込むんです。映画監督だけは20年だったけど、あとは全部10年のスパン。ちょっとこの仕事、飽きてきたかなと思うと、次の仕事にチャレンジしてきたという感じで。
 今回の結婚も、この人なら何があっても10年は打ち込めると思ったの。結婚を決めた時、皆さんから「よく覚悟しましたね」と言われたけど、不思議と迷いがなかったんです。もうお互い残された時間は限られている。だからちょっと試しにやってみて、ダメなら別れましょうという感覚は全然なくて、人生の最終ステージをこの人だったら打ち込みたいなと。もちろん介護することになっても。

残間
小説だけでなく、できれば映画も撮って欲しいです。

松井
『疼くひと』よりも『最後のひと』の方が映画にはなりやすいでしょうか。残間さんプロデュースでいかがですか? こっちはあまり濡れ場がなくても話がもつじゃない。『疼くひと』は濡れ場がないと何もないから(笑)。

残間
『最後のひと』の場合、そこは象徴的なものがひとつあればいいんじゃないですかね。日本の四季の中で二人を描いたら、きっときれいだと思います。




(終わり/2022年12月取材)


前篇 映画ではできないことを書かなければ

後篇 私たちを抑圧しているものとは


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