ホーム>willbe Interview>“枯れ願望”ときどき“失踪願望”  2/3

“枯れ願望”ときどき“失踪願望”  2/3

2205


Part2 記憶は映像とともにある



残間
椎名さんにお会いするにあたって、私の好きな『家族のあしあと』(2017年)を改めて読み直したんですけど、こんな世の中になって、家族というのもまた新しい景色として見えてきますよね。
椎名さんは幼少の頃からの自分自身をずっと書いてますが、実は家族って近しいようで、みんなが一緒にいる時間って一瞬なんですよね。

椎名
そうなんだよね。

残間
複雑な家庭だったようですけど、それでもいい日々だったようですね。少年時代は幕張あたりで過ごされていて、その辺は『幕張少年マサイ族』(2021年)にも詳しく書かれています。

椎名
東京で生まれて、5歳から19歳までを千葉で過ごしたけど、あれは俺にとっていい展開だったね。

残間
いつも思うんですが、よく昔のことを克明に覚えていますね。

椎名
俺、不思議な能力があるんだよね。あのね、風景が浮かんできちゃうんだ。写真を撮るようになったのもそのせいかもしれない。

残間
映像で記憶してるんですね。

椎名
そう。映像が出てきちゃう。そこからここでこういうことがあったとか、わかっちゃうんだよね。だから書きやすいのなんの。状況描写ができるわけだから。私小説を書くには、まことにいい脳をしてるんですよ。

以前は、ほとんどの人がそういうものだと思っていたの。ところが知り合いの編集者に聞くと、「そういうもんじゃないですから。俺なんか全然覚えてない」と言われて、逆に「へー」となった。だいぶ経ってから気がつきました。

残間
『幕張少年マサイ族』は虚実入り混じっているんですか?

椎名
虚実混ざってる。でも虚というよりは誇大、拡大、巨視化はしてるね。

残間
デフォルメがちょっと入ってると。

椎名
そう。でなきゃ面白くないからね。


私小説を豊かにする“怪しい”人たち

椎名
今、割と楽しんで書いてるのは、『本の雑誌』の連載。久しぶりにあの雑誌で連載してます。この店で編集者に口説かれた。一回10枚から12枚の、なんと小説。

スピンアウトという言葉があるけど、高速で回転してると、いろんなものが落っこっちゃいますよね。そういう記憶の断片がいっぱいあって、それをかき集めてたらね、青少年の頃って一杯面白いことがあったんだね。

昔、『哀愁の街に霧が降るのだ』(1981年~)という訳のわからないタイトルの本があったけど、あれはあれよあれよという間に三部作で書いちゃったんだけど、ずいぶん急いで書いてるから、取りこぼしてる話がいっぱいあるのね。青少年ならではの、信じられないような、千葉の大バカ高校でしか味わえないようなもの。
それらを拾い集めて書いて今月号で3回目なんだけど、結構俺の連載の中では面白いものになってきてる。タイトルは『哀愁の街に何が降るというのだ。』。

残間
(笑)

椎名
高校で沢野(ひとし)という奴と出会ったから面白くなったんだけど、あれは変な天才でね。俺の友人には面白いやつがいっぱいいるから、作家としては助かってる。

それにしても沢野は天才バカボンの系譜に入る天才ですよ。本当にバカなんだけど、頭いいんだよね。
残間さんもわかっていると思うけど、賢い人とお利口な人って違うじゃない。マスコミなんかでも一見賢そうな人が敏く動き回ってることがあるじゃない。ああいうの見ててわかるね。「この人、賢いんだな」とか、「この人は勉強しかできない人なんだな」とか。
今月号の本の雑誌はつい一昨日届いたんだけど、自分の連載を読んでいて「あ、次回が楽しみだな」と思っちゃって(笑)。

残間
作者自ら! 
こぼれたものを拾い集める時って、前のものを読み返すんですか?

椎名
さっき言ったみたいに書いていくと、記憶の風景から勝手に這い出てくるんですよ。うじ虫みたいに。
それで「あ、こいつだ!」という風に追っかけていくと、そいつがまた別のことを引きずってきたりする。だから書いてて面白いですよ。俺は不思議な脳をしてるんだね。

残間
よく作家の皆さんって、なかなか書けないでいると、ある時、上から降りてくるとか言いますね。

椎名
俺は下から湧いてくる方なの。カフカみたいなものでさ、気がついたらそこに横たわっている物体があったと。じゃあそれを書いていこうとすると、お話になっちゃうんだね。
残間
だから椎名さんの本って、話が重なってないんですよね。

椎名
俺も多少は昔のなぞりはあるけど、それをまた書いてもしょうがないからさ、上塗りはする。恥の上塗りってあるけどね。それで歳を取るとそれが恥でなくなるわけですよ(笑)。

残間
(笑)いやいや、やっぱり這い出てくるものがあるというのは凄いですよ。

確かに沢野ひとしさんといい、作品を読んでいると椎名さんの周りにはユニークな人たちがたくさん存在してますよね。普通は周辺にそうはいませんからね。

椎名
みんながいろんな劇場を見せてくれる。魑魅魍魎はいっぱいいる方が面白いんだよね。

残間
それも真実というより、その光景、風景を椎名さんが筆に託したときに、ある種違ったものになったりもするから。

椎名
あのね、精神が怯えちゃうことってあるね、そいつとの人間関係で。過大評価っていうか誇大評価って言うか、必要以上に恐怖的に思えたり楽観的に思えたり。心の中の暗転が激しいというか、作家だからなのかわからないんだけどね。
いろんな人の私小説とか俺は結構好きで読むんだけど、昔の私小説作家というのは、そういうものをたくさん持ってる人の方が面白いことは確かなんだよね。書いてる作品世界が。

残間
自分の内面を攪拌してるばかりでは限界がありますからね。椎名さんには魑魅魍魎を引き寄せる才があるのでしょう。



(Part3に続く)


Part1 まあ、ビールでも飲みましょう

Part2 記憶は映像とともにある

Part3 妻と友人には感謝しかない