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“枯れ願望”ときどき“失踪願望”  1/3

202205
小説やエッセイにとどまらず、写真や映画など多彩な活動をしてきた椎名誠さん。昨年夏には新型コロナに大いに苦しめられたそうですが、徐々に復活の噂も聞こえてきました。インタビュー場所は、椎名さんの夜のオフィスとも言われる新宿三丁目の居酒屋。ビールを口にしつつ「静かに枯れたいねえ」とつぶやく一方で、秋頃刊行予定の著作のタイトルは『失踪願望。』。この両者への揺らぎもまた、シーナさん的なのでした。(残間/2022年5月取材)
(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)


Part1 まあ、ビールでも飲みましょう



新型コロナ感染で活動休止。その間は………

残間
私が椎名さんと知り合ったのは『さらば国分寺書店のオババ』の頃ですから、1980年より前でしょうか。小平のお宅までお送りすることがあって、門の前でやけに男らしく握手して別れたのを覚えています。

椎名
ああ、小平の頃ね。

残間
同世代の男性たちがどんどん萎えていく中で、椎名さんだけは元気でいてくださったから心強かったんですけど、昨年6月にコロナに罹ったと耳にしたので、昨今はどんな日々をお過ごしかとお話を聞きに伺いました。
一時は大変だったみたいですね。ウェブ日記(『失踪願望。』)で読みました。救急車で搬送されて一週間入院したとか。

椎名
病院ではずっとベッドにいたし、外には出られない。窓からは病棟しか見えない。
退院してからも一、二週間は前みたいにサッサとは歩けなかったです。もう、ヨロ、ヨロ、ヨロみたいな感じで。それに俺の場合は後遺症がひどかった。

残間
金属音が気になるとか。

椎名
今でも治らないもの。それから自分でも信じられないくらい神経過敏になってる。だいぶ良くはなったんだけどね。
結局は二ヶ月くらい調子が悪くて、いろんなものを全部キャンセルしました。外に出かける仕事だけじゃなくて書くのも含めて。それで何をしてたかというと、本を読んでたね。でも本を読むのも力がいるんだよね。

残間
プロレタリアート小説を読んだとか日記に書いてましたね。そんなの読むんだと思いました。

椎名
読んだ読んだ、プロレタリアート小説。今まで読まなかったようなものを読んだかな。

そうだ、これはコロナに罹る前の話だけど、仲間内で4人ぐらいで取材旅行に行った。あれは楽しかったな。八丈島に行ったんだけど、あの島ももう見納めかなあという、変な気が起こってね。
俺、あそこで昔、スキューバダイビングで死にそうになったんだけど、同じ場所に行ったらPTSD(心的外傷後ストレス障害)って言うのかな、あれになっちゃって、怖くて漁船の中でうずくまってしまった。すごいね、精神の力というのは。

残間
椎名さんって冒険家とか“あやしい探検隊”の男の中の男というイメージがありますが、『かえっていく場所』(2003年)のような内省的な作品もありますし、今の八丈島のフラッシュバックの話もそうですが、実はすごく繊細ですよね。

椎名
(笑)一応作家なものですから。まあ、ビールでも飲みましょう。

“何とかしなくちゃいけない奴”みたいです

残間
旅にも出られるようになって何よりですが、書く方はいかがですか。ここに来る前に椎名さんの著書の数を数えていたら、300を超えたところで数がわからなくなってしまいました。正式には何冊なのか覚えてます?
椎名
自分ではわかんないけど、スタッフが数えたところ、確かに300超えちゃいましたね。粗製濫造もいいとこでね、ちょっと恥ずかしい。書くのが好きみたいだね、この男は。
それで書く方の意欲も低下してたんだけど、それでも新刊用の原稿をけっこう書いたかな。ちょっと意味ありげなタイトルなんだけど、『失踪願望。』というものです。

残間
今連載している、ウェブの日記のタイトルもそれですよね。

椎名
いろんなものが入ってる本なんです。日記も小説も入ってるしエッセイも入ってて、個人アンソロジーになってます。あれはかなり力を入れて書いた。ようやく一段落したところで、秋には出るかな。

編集者が優れてるんだよね。いいキーワード見つけてきてくれる名人がいる。いいキーワードを見つけてくるから、「書きたくねえ」とか言ってるのにやらされちゃうんだよね(笑)。ありがたいことですけど。

残間
確かに。椎名さん、編集者に恵まれているというか、いい編集者と出会ってますよね。椎名さんだから引き寄せられるんでしょうけど。

椎名
それはね、例えば西村賢太さんという先日亡くなった純文学者がいるけど、晩年の日記をずっと連載してたので、俺は結構あの人が好きで読んでたの。で、今度の『本の雑誌』(2022年6月号)は特大号で、西村賢太特集が前半にドドーンと入ってるんだよね。

残間
私小説を得意とする作家でしたね。

椎名
その特集記事で彼の担当編集者が5~6人集まって、彼の裏話というか「今だから話そう」的なやつをかなり長いこと話してます。
要するにああいう駄々っ子みたいな作家はね、周りがほっとかないんだよね。何とかしなきゃいけないと。俺もその口でさ、何とかしなきゃいけないみたいなのよ(笑)。

残間
みんな椎名親分のそばに行きたいと思ってるんですよ。

会社員時代は人生の黄金時代でもあった

残間
椎名さんは36歳までは会社員だったんですよね。流通の業界誌、『ストアーズ・レポート』の編集長。この会社員時代には『クレジットとキャッシュレス社会』(1979年)という、たいへん堅い本を書いています。私も読んだことがありますが。

椎名
あれは名作でしたね(笑)。

残間
名作ですよ。キャッシュレス社会なんて、まだ全然到来してなかった時代ですよね。

椎名
そうそう。俺書きながら「こんなことあり得ないよな」なんて思ってたから。
するとそうなっちゃった。書いてる通りになっちゃった。

俺はSFなんか書いてるとね、遠い未来に「こんなことあり得ないよな」と思って書いてることが、今度のウクライナの戦争なんかで兵器として出てきちゃうんだよね。
「これは俺が昔、考えたやつじゃないか!」なんてね、いやあ、ちょっとビックリしている。
読者からも「椎名さんの小説に出てくる未来兵器、椎名さんのオリジナルって言ってたけど、世界戦争で使われてます」とか言われる。ああいう技術書というか、テクノロジーについて語っている本なんかでもね、当たると面白いね。競馬じゃないけどさ。

残間
すでに本を書いてたとはいえ、会社員時代というのはいかがでしたか。

椎名
結局、業界誌なんていうのはさ、文学青年の成れの果てみたいなのがいっぱい来るわけですよ。それでみんな嫉妬と羨望の塊なんだよね、互いに。誰かが同人誌なんかに載ったりすると、それに対する批判がすごいんだ。作家青年って嫌らしいよ、本当に。もう悪し様にどうこう言うしね。
それから酒の勢いで天下国家を論じたりする。政治的なものに絡んでる奴とか、あとはもうちょっとで右翼みたいな奴。そういう意味じゃ面白いね。『失踪願望。』でも書きました。

ただね、あの業界誌時代というのは、俺にとっては黄金時代だったんだなあと思うね。もったいないくらい。場所が新橋とか銀座だったから、あの頃の一流の場所じゃない。会社の建物はオンボロなんだけど。それだけでも面白いし楽しかった。

残間
嫌になって辞めたわけじゃないんですね。

椎名
外の仕事の方がもっと面白くなってきて、それもいっぱい飛び込んで来たからね。
それで社内でもオープンにやってたからさ。俺もすごいよね。仕事しながら平気でいろんなインタビューとか会社で受けてたから。

残間
そうか、作家活動と会社員が重なっている時期があったんですね。

椎名
濃厚に重なってた時期が2年近くあった。それで、それをよく思わない上司もいっぱいいるわけですよ。

残間
嫉妬と羨望でね。

椎名
これも『失踪願望。』に書いたんだけど、とうとう、ある上司というか、社内のナンバー2に「僕はこの会社を辞めることにしました」って言ったら、
「そうだねえ。その方がいいね。君のためにも会社のためにも」

残間
(笑)

椎名
すげえこと言う人だなあと。でもまあ、表向きは円満退社ですよ。あの人も文学青年だったな。

残間
みんな、それからどうしたんでしょうね。

椎名
ねえ? 死んじゃった人もいるし。



(Part2に続く)


Part1 まあ、ビールでも飲みましょう

Part2 記憶は映像とともにある

Part3 妻と友人には感謝しかない


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