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映画に魅せられて 2/4

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vol.2 振り返れば、全てが宝物


テレビの人気者に見られるのが嫌だった


残間
役者としての奥田さんというとまず思い浮かぶのが、やはり『金曜日の妻たちへpart3~恋に落ちて』(1985年)ですよね。あれは名作でした。脚本が鎌田敏夫さん。今見ても全然古くないです。私は放映中も欠かさず見てましたが、仕事の関係で後から全話DVDでも見ました。

奥田
ありがとうございます。

残間
何でも最初は出演を渋っていたそうですね。トレンディドラマみたいなのは嫌だって。

奥田
1ヶ月くらいプロデューサーに口説かれたんですが、どうにも性に合わなくて。
僕の何がいいんですか? って聞いたんです。すると「君には顔には出ないしなやかさとしたたかさがある」って言うんです。いいこと言うなって思いましたね(笑)。

残間
殺し文句ですね。

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奥田
そういった経緯もあり出たんです。よくできたドラマでしたし、それはそれで良かったです。そういえばその頃、“不倫したい男ナンバー1”とか言われましたね(笑)。

残間
つまり夫にはしたくない(笑)。
“金妻”の次に『男女7人恋物語』というのもありました。

奥田
視聴率が30%超えるようなヒットになりましたけど、実はあれも始まる前は、やる、やらないで、ずっと話し合いをしていました。どうにもテレビの人気者というのが居心地悪くて。
するとプロデューサーが切り札を持ってきたんですよ。僕の前に写真を出したんですけど、最初、手をのせて見せないんです。
「この人とならどうですか?」と言って手をどけたら、大竹しのぶさんでした。僕はその前に芸術祭のテレビドラマで大竹さんの恋人役をやって、作品が大賞を取っていたこともあって、「あー、しのぶちゃんですか」となってしまいました。彼女が出るなら断る理由がない。

それから気になったのが、制作側はダンディズムというのを誤解していて、ドンファンみたいな男をやってくれ、プレーポーイをやってくれって言われたんです。僕は何をおっしゃるんですかって思いました。

つまり、いわゆる優柔不断。何を言われても「ああ、そう」「ふーん、そうか」と言うだけなんだけど、自分の本能的な部分に触れた時に、ワッと行動を起こしてしまうダメ男。こういう摑みどころのないところが、女性から見るとダンディに見えるわけで、そういうのがこのドラマには必要ですと僕は言ったんです。
制作側は困ってましたが、脚本の鎌田敏夫さんに相談したら、その通りだと。それでやってくれっていうことになりました。

それでドラマは大ヒット。またも人気者になっちゃったのですが(笑)、やっぱり居心地悪くて。いったいこれは、いつまで続くんだろうと。
ちゃんとした実力が今の俺にはないし、自分の本分は映画俳優だと。それで熊井啓監督の映画のオーディションを受けたんです。

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残間
『海と毒薬』(1986年/初の映画単独主演作品/ベルリン映画祭銀熊賞)ですね。あれはオーディションを受けて出演したのですか。

奥田
でも僕は、最初から出演は決まっていたと思っていたんです。熊井さんに会った時もオーディションではなくて顔合わせだろうと。何せ、人気者だから、ちょっと勘違いしちゃって(笑)。

で、面接に行くと、「よろしく。君が奥田君か」という感じかと思ったら、熊井さんは黙ってジーッと僕を見るだけなんですよ。頭のてっぺんから足元まで。
それでちょっと間があって、「ありがとう」とだけ言われました。横にいたプロデューサーは、もういいんですか? って感じだったんですけど。

残間
セリフを言わせるとかもない?

奥田
ありません。それで部屋を出て行って、そこの廊下が長いんですよ。事務所の社長と並んで歩いていたら、何か気配がしたんですね。ふっと振り返ったら、監督がまだ見ていたんです。
僕はもう決まっていると思ってましたから、気にしないで帰ったら、後日『海と毒薬』、主演決まったよって連絡が来ました。「え? あの時、決まっていたんじゃないの」という感じです。

後日、熊井監督から言われました。
「あなた、あの時、決まっていると思って来たでしょ? あれはオーディションだったんだよ。それで最後、僕はあなたの後ろ姿を見てたよね。あれは打ちひしがれた主役が、駆けて逃げて行くシーン。あの姿になるかどうかを見ていたんだ」
へえー、という感じでしたね。それが熊井監督の作品に出るようになった最初です。


役者のオーディションは、一目見た瞬間に決まる


残間
そういう視点は、自分が監督するようなってからも意識しますか。

奥田
しますね。緒形拳さん主演で『長い散歩』(2006年/モントリオール映画祭グランプリ他)という作品を監督した時に、松田翔太君がやったピストル自殺をする若者の役がありました。

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その役のオーディションは40人くらい役者を呼んでいて、松田翔太君が10人目ぐらいでした。彼が「おはようございます」と言って部屋に入って来て座ったので、まずは僕はジーッと見ていました。それから脚本を読みましたかって聞いたら、「はい、5回読みました」と。

それで僕はまず話をずらしたんです。映画と関係ない話を20分ぐらいしてたら、彼がその映画についてワーッと喋り出したわけ。そこまで脚本を読み込んでるんだったら、こいつで決まりだなって思いましたね。
でも本当は、彼が部屋に入った瞬間に決めてたんです。入って来た時に100%近くわかります。どのオーディションをやっても同じです。子供であろうが大人であろうが。
呼んだ手前、残りの役者もオーディションをしなきゃいけないのですが、面接しながら、もう彼のスケジュールを押さえるように指示していましたね。そういうものです。

部屋に入って来た瞬間にわかるし、さらに帰るときの後ろ姿。
一回クルッと回ってくださいなんて、一番ダメなオーディションです。カッコつけちゃうから。ほどよく緊張して入って来た瞬間と、私はどうだったんだろう、という後ろ姿でわかる。
だから本当は一人一人会う必要はないんですよ。名のある方は失礼になるんで順番にやりますが、僕は新人は並ばせてやります。でもわかってしまう。

1円玉が美しく見えてくる不思議


残間
奥田さんはこれまで5作品を監督し、国内外の賞も取っていますが、奥様の安藤和津さんからは、映画製作をすることで、いろいろとご苦労があったことも伺っています。特にお金の苦労。今だから笑い話で言えるのでしょうが、「10円もない時期があったわ」と言ってましね。

奥田
いや、1円もないことがありましたよ。

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残間
私の家も貧しかったからわかるのですが、ない時って、本当にないんですよね。

奥田
(笑)そうそう。

残間
タンスの隅や引き出しの奥を探しても、1円もない状態。和津さんが誰も本気にしてくれないって言っていましたが、私はよくわかります。

奥田
映画で全部使いましたね。
苦しくなってくると、だんだん出て行くお金の単位が小さくなっていくんです。
最初は1億2億出て行っていたものが、数千万になり、100万、10万、1万と、だんだんゼロに近づいていく。すると千円単位でお金が出て行くようになったあたりから、千円札を見るとすっごい貴重品に見えるわけ。

残間
(笑)

奥田
万円単位で出て行ってる時は、まだ1万円札は貴重品には見えないんですよ。金は天下の回りもの的な見え方をしているんです。ところが千円札の段階になると、不思議なものですごい貴重品に見える。
その千円札がいなくなって500円玉になって、「ワーッ、500円玉だ!」となり、最後は10円、5円、そして「うわー、すげえな1円玉」って、本当に感じました。同時にこれって、このプロセスを経た人しかわからないのかなと思ったり。

「1円玉もなかったから、のし上がってやろう」というのとも違うんですよね。使い放題使って、稼ぎ放題に稼いでいたのに………こうなったという感じ。それが映画の怖いところであり、マジックというか、天国と地獄のようなものがありますね。

残間
だけど聞いていると、体験したことの全てが何かのためになっていますよね。

奥田
なりますね。カッコつけるわけでも負け惜しみでもなく、全部の出来事がそう。

役者にバブルはないのに、バブル時代に浮かれて銀座だ料亭だと浪費したり、子供に「このお年玉を映画に使ってください」と言わしめてしまった自分のことも、1円玉がこんなにも美しいと思ったことも。
俳優としても監督としても、すごい宝箱、財産だと思います。実際、監督をやる時に使ってますし。

残間
本や映画じゃなくて、リアルなだけにね。



(つづく)

2shot106

vol.1 死ぬまでカメラを回していたい

vol.2 振り返れば、全てが宝物

vol.3 娘たちのこと
  ↓
vol.4 主演映画『洗骨』
 

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