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今が一番楽しいんです。 5/5

202009
(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)


Part5 還暦から新しいことを始める


未知のジャングルに分け入る喜び

残間
平野さんは最近、空間だけでなく、音楽プロデュースもされていますね。新しくジャズのレーベル(Days of Delight)も興して。

平野
1年半ほど前からリリースを始め、来月9枚目を出します。

残間
確か70年代の日本のジャズへのリスペクトが元になっていると聞きました。

平野
そうです。でもこれからは、創造的な野心と情熱を持つ若いミュージシャンも紹介していきます。来週もレコーディングがあるんですよ。

残間
私も音楽業界はちょっと知っていますが、かなり大変じゃないですか? 今は特に。お金もかかるでしょう。

平野
そうですね。金儲けが目的なら手を出さないほうがいい。僕もまだビジネスにはなっていません。でもこれが楽しいんですよ。到底やめられません(笑)。

還暦を機に始めました。還暦自体に何の思い入れもないけど、せっかくの節目だから何か新しいことをやってみようと思って。いろいろ考えた挙句にジャズをやろうと。それも日本のジャズです。
残念ながら、現在のジャズを取り巻く環境は70年代のような熱量を失っていて、とても厳しい状況にあります。僕は日本のジャズに育ててもらった。僕の力など微々たるものだけど、そんな日本のジャズに少しでも恩返ししたいという思いもありました。

それで始めてみたら、これがとにかく楽しい! 音楽をつくる楽しさももちろんありますが、それ以上に面白いのは、未知の世界に分け入っていくスリルがあること。
僕のホームであるイベントの世界だと、まあ狭い業界ですので、ちょっとは名を知られていて、「先生」なんて呼ばれたりもする。でも「先生、さすがですね」みたいに言われたところで、1ミリも嬉しくないじゃないですか(笑)。

でもジャズの世界を僕は全く知らないから、道をかき分けながら、未知のジャングルを一歩ずつ進んでいくほかない。そこで暮らしているのは、自分が住んでいる世界とは違う人種です。そうした“ジャズ村”の村人たちに挨拶することから始めなければならないわけですね。なにしろ誰ひとり僕のことを知らないんですから。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、村人たちの信頼を得て、少しずつやれることが増えていく。面白そうでしょ?

残間
レコード会社にいたわけでも、ミュージシャンでもなかったんですものね。

平野
なにせ、ただのリスナーですから。この“ちょっとずつ”というのが楽しいんです。未知だったジャングルを進んでいくうちに、ちょっとずつ挨拶する村人が増えていって、そのうちに向こうから挨拶してくれるようになったり、いろんな景色も見えてくる。

レーベルの第一弾として、僕が70年代からリスペクトする土岐英史というサックス奏者から始めたかったんですね。そうすることが、僕からのある種のメッセージになると思って。
ただ、ぼくには彼にコンタクトするルートがない。そこで土岐さんが出演するジャズクラブに行って、セットの合間に休憩中の彼に歩み寄り、「あの、僕、平野といいます」と言いながら名刺を出しました。ジャズレーベルを始めたい、ついてはあなたのアルバムを作らせて欲しいとまくし立てたんですが、彼はポカンとしてるわけです。

残間
(笑)

平野
そりゃそうですよね。立場が逆だったら「何だ、お前?」っていう話ですから。
僕はジャズには何の実績もないけど、イベントの世界では多少の実績があるから、僕が載っている新聞記事とか、書いた本とかをいろいろ持って行って。

残間
怪しいものじゃございませんと(笑)。

平野
そうそう(笑)。もちろんその場でOKになんかならないですよ。何回もライブに通ってぼくの思いをお話ししているうちに、信頼してもらえて。初めてレコーディングした時は本当に嬉しかったな(『Black Eyes』)。そこからいろんなミュージシャンに信頼してもらえるようになってきたところです。

残間
ある程度の立場の人になると、作る側ではなくてパトロンみたいな存在になりたがる人もいますよね。

平野
僕の興味はあくまで創造であり「作ること」です。後世に残す価値のある作品を、ミュージシャンと一緒に作りたい。もちろん演奏はできないけれど、たまたま僕が持っているスキルや人脈は彼らにはないものです。

たとえば、音の品質や質感をどうするか、そのためにはどんな制作体制を準備すべきなのか、あるいはジャケットなどを含む全体の見え方や世界観をどうするか、そのためにはアートワークや広報戦略をどうするか……。こういうことを考えるのはミュージシャンの仕事じゃありません。

ミュージシャンである彼らと、プロデューサーである僕の力をうまく掛け合わせれば、お互い、それまでにないものを作れるはず。彼らと僕が組むことで、彼らにとっても新鮮な展開を図れるし、僕は僕で従来の作品と香りが違うものが作れれば、これまたクリエイティブで楽しい。それはお互いにとってハッピーなことでしょう?

残間
今、目がキラキラしてますよ(笑)。それは形を変えた小学校6年生の時の万博ですね。
平野
そうかもしれません。とにかく今が人生で一番楽しいんですよ。

残間
そんな風に言える人って、久しぶりに会いました。

平野
クラブ・ウィルビーって、ご年配の方が多いんですか?

残間
最近だと、50代半ばから60代半ばぐらいが一番多いですね。

平野
じゃあ僕と同じくらいだ。偉そうなことは言えないけど、自分のつたない経験から言って、新しいことを始めるには、そのぐらいの年代が一番いいんじゃないかと思いますね。

僕はイベントや空間コミュニケーションの世界で三十数年間、実務をやってきました。そこである種のスキルや人間関係を手に入れた。僕は今、そうやって身につけたスキルを、音楽制作というまったく別の世界で使っているわけです。
面白いのは、どうやらずっとジャズ業界でやってきた人とは発想や視点がまるで違うらしいこと。まあ違って当然ですよね、違う村に住んでいたんだから。その様子がミュージシャンたちにも新鮮に映るらしく、彼らも面白いと思ってくれているようです。それは僕が優秀だったからでも戦略が正しかったみたいな話でもなくて、単純に違う世界の住人だったから。

残間
それはちゃんと何十年も実務をやってこられたからですよね。

平野
違う世界にいたからこそ、見えてくるものもある。僕は空間メディアプロデューサーとして仕事をしてきた経験を使って、ジャズを作っている。必然的に、ずっとその世界にいた人とは違う考え、違う作り方になる。それを仲間(=ミュ―ジシャン)が面白がってくれる。だから僕も面白い。だから楽しい。単純な話なんです。

ウィルビーの人たちには、「騙されたと思って、何か新しいことをやった方がいいよ。面白いよ」って言いたい。ジャングルに分け入って行くのは楽しいよって。もちろん僕だって失敗するかもしれないわけだから、こんな偉そうなことを言うのはどうかと思うけど(笑)。

残間
好きなものにこれまでやってきたスキルを重ね合わせてね。大金持ちになろうと思っているなら別ですが。

平野
そうそう。ビジネスとして大成功させるんだ、みたいに考えると、「やっぱり止めといた方がいいかな」って話になっちゃうけど、「新しい生きがいをクリエイトしよう!」くらいでいいじゃないかと。

残間
そうですね。考えてみれば、あれが好きだったな、あれをやり残していたなと思うものが、誰しも何かありそうですよね。そして自分の経験とノウハウをそこに活かす。

平野
楽しいですよ。毎日のように新しい発見があるから。

残間
シニアを勇気づけるお話だと思います。
今日はありがとうございました。


(終わり/2020年3月取材)








Part1 突如よみがえった小六の感動

Part2 大阪万博が生み出した新しい職業

Part3 岐路に立つ博覧会

Part4 岡本太郎をプロデュースする

Part5 還暦から新しいことを始める


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