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今しかできないことをする。 3/5

201901
(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)

Part3 モスクワからロサンゼルスへ


バレーから離れて感じた違和感

残間
今年はオリンピックイヤーですが、三屋さんはまず1980年の幻のモスクワ・オリンピック代表に選ばれていますね。

三屋
モスクワが直前にボイコットになった時に、一回思ったんです。私が持っちゃいけない夢だったのかなって。筑波大学の4年生でしたが、このまま教員免許を取って親の期待通り学校の先生になろうと、教育実習も受けました。

そういえば初めて日本代表から声がかかった時、嬉しくて実家に電話で知らせたんですよ。すると母に「それは断れるものなの?」って言われました。

残間
えっ!? 日本代表に選ばれたのに、ですか?

三屋
私が「日本代表に選ばれて断る人なんて日本中探してもいない、断るのはちょっと無理」と言うと、母は「そうか」と。

残間
そりゃ言えませんよね。
三屋
万歳はしても辞退する人はいませんね。でも親は私をバレーの選手にするつもりで育ててないんですよ。一人前の女性になるように育てたいだけで。後に私がバレーを辞めて先生になった時は、心底ホッとしてました。

とにかく渋々母も代表入りを納得したんですが、だったら代表の合宿に行く時は、手土産を持って行けと。よろしくお願いしますという意味で。それで私が真に受けて持って行ったら、チームのみんなに大笑いされました。こんなの持ってきたの初めてだと(笑)。
それから「いじめようかと思ってたけど、こんなの持ってこられたらいじめられない」とも言われましたね。まあ、結果的には良かったんですが。

多分、現役の大学生で代表チームに入ったのは、私が初めてだったと思うんです。どんな生意気な奴が来るんだろうと思っていたようです。他の代表選手は高卒で実業団チームに入っていた方ばかりでしたから、現役の大学生なんて嫌味でしかなかったみたいで。

残間
三屋さんですから実際に会って人がらを知れば、そんなことにはならないと思いますけどね。
モスクワオリンピックがなくなって、その後はどうなったのですか?

三屋
もうバレー選手は辞めようと。それで教員試験や卒論などで忙しくて、バレーから2ヶ月くらい完全に離れた時期がありました。すると私の中で、何か寂しい気持ちがあるのに気づいたんですね。それまで何度も辞めたいなって思ってたのに。私の人生として、この感じはちょっと違うぞと。そういう時に実業団に来ないかという話が来たんです。

悩みましたが、その時に決め手になったのは「今しかできないのは、どっち?」ということでした。結論は実業団でバレーを続けて、もう一度オリンピックを目指すこと。先生は後からでもできると。
それで実家でそのことを話すと、今でも覚えていますが、両親の肩が10センチくらいガーンと落ちました。

残間
(笑)ご両親は、やっと先生になってくれると思っていたでしょうからね。

三屋
とりあえず親には2年後の世界選手権までということにして、日立製作所のバレー部に入ることになったんですが、その2年後もいろいろありましたね。やっぱりロサンゼルスを目指すと言うと母親が飛んで来て、監督に「まだやらせるんですか」と直談判しましたから。

残間
へえー。

三屋
でも親が決めることでもないですし、その時も「今しかできないことは、どっち?」ということで、私が決めて押し切りました。

残間
三屋さんは今も「今しかできないことは、どっち?」が行動基準というか、キーワードですよね。

三屋
そうですね。今しかできないこと、今やるべきことをする。

  


ロス五輪銅メダルを最後に引退

三屋
とにかくロス五輪が終わったら“本当に”辞めるからと、親を説得しました。でも、あまり信用されてなかったみたいなんですね。
ロス五輪が終わって、やれやれと日本に帰ってきたら、寮の自分の部屋の荷物が何にもないんですよ。空っぽ。驚きました。

残間
どういうことですか?

三屋
私がオリンピックに出ている間に、親が勝手に引越しをしてたんです。もうバレーに戻れないように。知らない間に都内に部屋を借りてあって、そこに荷物が全部移されていたんです。

残間
ええっ!? でもご両親もすごい行動力ですね。こっそり部屋まで借りて。オリンピックに出ている娘を応援に行くどころが、引越しをしていた(笑)。

三屋
まあ、私も仕方がないかとその部屋に移りまして、バレーボールから引退。東京の國學院高校で体育教師を始めました。


(Part4に続く)








Part1 バレーではなく何故バスケット?

Part2 考え方ひとつで状況は変わる

Part3 モスクワからロサンゼルスへ

Part4 外の世界で感じたこと

Part5 5年後にやっているのは…


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