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描きたかったのは自分の足で立つ女 2/3

(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)

Part2 万葉の世界を描く


32年かけて持統天皇の生涯を漫画化

残間
里中さんはずいぶん前から万葉集や、あの時代を作品として取り上げてますよね。私は今さらなんですが、万葉集っていいなと思うようになりました。 以前はものすごく遠い存在だったんですが、万葉の世界って、今、失われているものがそこにあるような気がして。遅ればせながらですが、きちんと読み直してみようと思ってるんです。

里中
万葉集は今は使われていない言葉があったりして、若い人は最初はとっつきにくいかもしれませんが、ありがたいことに日本語ってずっと滅びずにきました。だから声に出して読むと日本語として認識できて、意味もわかってくるんです。これはすごくラッキーなことです。こんなに一つの言語が永く残っているなんて、奇跡のようなものだと思います。

残間
その万葉の時代を描いた『天上の虹』は、32年かかって完結という大作になりました(1983~2015年)。主人公は持統天皇(645~703年/律令国家の整備を進めたといわれる女性天皇)。

里中
32年というのは、たまたまかかってしまっただけで、当初は長くても6年くらいかなと思ってました。
それ以前にあの作品は、まず編集部とのせめぎ合いがありましたね。編集部はもっと馴染みのある時代を描いて欲しいわけです。それに持統天皇が女性だということも知らない人がたくさんいて、最初は人気なかったんですよ。

残間
持統天皇は、私はずっと悪い人なんだと思い込んでました。欲望の限りを尽くしたみたいな。
里中
権力欲が強くて、息子可愛さのあまりに他の人を殺したとかね。
でも万葉集に残された持統天皇の歌を読むと、ものすごく構成がしっかりしていて、あまり感情的な人ではなかったと思うんです。だからこの人はすごく理性的なタイプなんじゃないかと思って業績を見ると、印象がガラッと変わって来るんです。ものすごい仕事を成し遂げた人だなあと。そしてそこには、夫(天武天皇)との信頼関係が根底にある。
それで、よし、持統天皇を描こう! と思って編集部に伝えたら、「持統天皇ですか………しょうがないですね。早く終わってくださいね」とか言われました。

残間
(笑)それが32年。

里中
3回目ぐらいから反響が良くなってきて、驚いたのが、結構年配の方からお手紙が来るようになったんです。最初に連載を始めた雑誌が高校生が対象だったんで、純然たる少女漫画に見せかけてやろうと思いながら、3回目ぐらいまで描いてたんですけど、40、50、60歳の方からお手紙が来るようになって、しかもご自身の歴史解釈とかも書いてある。
それで、ああ、これはいかんと。読者ターゲットとか年齢を気にしないで、自分が思うままに描こうと思い直しました。

持統天皇が亡くなるまで描こうと思っていて、最初は月刊誌の隔月連載でしたが、長くても6年くらいだなと思ってました。ところが、その雑誌がなくなっちゃったんですよ。それで季刊誌に引っ越したんですが、その雑誌もなくなってしまいました。
「次はどこに引っ越しますか?」って編集者に言われたんですが、どこに入っても違和感があるような気がして。雑誌のカラーってあるでしょう? この作品が入ると邪魔しちゃうなあと思ったので、書き下ろしでやりますということにしたんです。

ところが書き下ろしとなると厳格な締め切りがない。自分が遅れても誰にも迷惑がかからないとなると、まあ、ジリジリ遅れてきて、つい他の締め切りのある仕事をやってしまいます。
それでさらにジリジリジリジリ遅れていく。そうしているうちにいろんな雑務が増えてきて、その間に何度か病気をしたりして休まざるを得ない。

いろんなことがあって、ハッと気づいたら32年かかってしまい、嘘みたいです。本当に申し訳ない。20年目くらいからものすごく焦ってました。読者も高校生から70代くらいまでいたんですけど、「私が生きてる間に最終回を」とか言われて、もうすみません! という感じです。
残間
今は『大伴家持』を描かれているそうですが、これもだいぶかかるんじゃないですか?

里中
これは大丈夫です。最初に上下巻と自分で決めました。これも本当はとっくに出来上がっていなくちゃいけないのに、描いては思い直し、描いては思い直しで、描き下ろしって、これだからダメなんですよ。

そうこうしてるうちに元号が令和に決まってしまって、いかん! 梅花の宴(新元号「令和」誕生の舞台となった)の場面はもっとちゃんと描かなきゃとか思ったり。
今やあちこちに会わせる顔がなくなってきてます。大丈夫じゃないですね。本当にどうしよう。

残間
今回は最初から描き下ろしなんですね。

里中
ええ、私はもう書き下ろしでないと。もう締め切りをちゃんと守る自信がなくて。


(Part3に続く)






Part1 少女漫画にニューヒーローを

Part2 万葉の世界を描く

Part3 感動の共有は国境を越える


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