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流れるように生きてきた 2/2

(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)

後篇 70歳の居場所


自然の中でこそ自分は輝く
残間
シンガーソングライターとしてレコードを出したり、ライブハウスで歌ったりするようになり、『山口さんちのツトム君』(川橋啓史/1976年)のミリオンヒット(150万枚)などもありました。しかし、徐々に植物や山歩きに関する仕事が増えていきますよね。関連するエッセイもお出しになっています。それはどういう流れで?

らんぼう
それは結婚して家族ができてからですね。
「お父さんが一番輝いているのは、自然の中にいる時だ」って、娘たちに言われたことがあります。

残間
でも、おいそれとは仕事につながらないでしょ。

らんぼう
テレビのちょっとした旅番組で、あちこち行かされたんですよ。それが重なっていくうちに、アマゾンのジャングルで蛇をつかまえたり、虎を檻に入れたりするような、大掛かりな番組に出るようになりました。それで視聴率が20%を超えてフジテレビの局長賞とかもらったんです。川口浩探検隊の後ぐらいかな。

残間
そういう自然への傾倒というのは、やはり宮城でのこども時代が大きかったんでしょうか。野山を駆け回ったりとか。

らんぼう
それもありましたし、祖母の影響があると思います。祖母からはたくさん花の名前を教えてもらいました。そのあたりが僕の原風景ですね。
「すみれというのは、大工さんが使う“墨入れ”に形が似ているから、それがなまったものだよ」とか。聞いた時は本当かなと思ってましたが、後で調べてみたら、その通り。

母親が早く亡くなったせいか、祖母には可愛がられましたね。そのせいもあって、心の中に化石みたいに残っていたんでしょう。

残間
男の子って、普通は花の名前はあまり知らないですよね。

らんぼう
自分でも、そういうのを覚えるのが得意というか、好きでしたね。後にNHKのテレビで『中高年の登山学』というのをやってヒットしましたが、その中で花のコーナーを担当したことがありました。番組では、僕は登山の専門家への聞き役だったんですが、そのコーナーは僕が中心。「八ヶ岳の夏の花」といった感じで、季節の花を紹介しました。

残間
植物や山の世界に活動の中心が移っていったわけですが、だったら自然が豊かな故郷に帰ろうとは思わなかったんですか?

らんぼう
僕にとって魅力があるのは、やっぱり東京ですね。ここには怖い部分もあるけど、ドキドキするものがある。

残間
田舎暮らしはちょっと違うと。
らんぼう
山中にいい佇まいの一軒家とかあると、すごいなと思いますが、自分はやらない。やはり街中にいて、そこに訪ねていくのがいいですね。そして「お世話になりました」と言って帰る(笑)。

残間
旅もお好きなようで、メディアだけでなく、「らんぼうさんと行く~の旅」というツアー企画の仕事もやってらっしゃいますね。

らんぼう
旅は好きですね。モンブランやキリマンジャロも登りましたし、名のある関東の山で登ってない山はないと思います。

そのツアー企画も、もう20年以上前からやっています。このあいだもモンゴルに行ってきました。思いがけないくらいモンゴルは良かったですね。街と呼べるのはウランバートルぐらいで、後は集落しかないんですが、とにかくスケールが大きいんですよ。

モンゴルで見る流れ星はロシアに落ちるんです。地続きにつながっている実感がある。そんな風に感じられたこと、今までなかったですね。日本で流れ星を見て、北朝鮮に落ちるなんて思わないでしょ。
それから花が素晴らしいんですよ。今までで最高の花景色でした。見たことのないような大きな芍薬が群生していて、森の中から忽然と現れるんです。

以前に行ったカムチャッカの花園も素晴らしかった。蘭とか敦盛草とか、日本だと天然記念物の花がたくさん咲いてました。ただし夏のほんの短い間だけなんですけどね。一瞬の美しさ。だからこそ愛おしい。他にもカナリア諸島とか。
ツアー企画は、今年はこれから五島列島に行って、来年はブルガリアに行きます。

古稀を過ぎ、流れていく先は?
残間
こうして見ると、いろんなことをやってきましたよね。

らんぼう
いろんないい経験させてもらいましたね。音楽もやったし、映画にも出た。芝居も渡辺えりさんの劇団3○○(さんじゅうまる)の作品に出させてもらいました。アマゾンやキリマンジャロ、モンブランにも行ったし。

残間
映画は『北村透谷 わが冬の歌』(1977年)で、主役の透谷を演じたのですよね。懐かしのATG(日本アート・シアター・ギルド)。私も観ました。
穏やかそうに見えて、未経験のことも怖がらないでやるんですね。

らんぼう
そう。行けば、思いがけない出会いもあるし。

みなみらんぼうって、あっち行ったりこっち行ったりしてるけど、何してる人なんだろう? と思った人もいると思います。
でも何でも屋のようで器用ではないから、ひとつの“みなみらんぼう”しか演じられない。だからあまり広がりはなかったけどね。もうすぐ75歳だけど、なんだか双六みたいに、そろそろ上がりかな。
残間
偶然なようで、すべてが必然だった。あるべくして今の場所にいる、という感じでしょうか。でも、らんぼうさんは、しっかり自分の場所を持ってますよね。70を過ぎて自分の場所があるのは、素晴らしいと思いますよ。私ももうすぐ古稀ですけれど、どうななるんだろうという感じですから。

私たち団塊世代も、だんだん元気がなくなってきたように思います。特に男の人。家にこもっている人も多くなっているし。

らんぼう
何か目的があるのなら、こもってもいいんだけど、時計ばかり見て、ああもう5時か、6時になったなあ、飯だな、というんじゃしょうがないよね。時計なんか忘れるようなあり方を考えないと。
でも、女の人は歳を取っても元気な人が多いですね。好奇心が衰えない。一緒にツアーに行くと、80代の女性が先頭歩いていたりする。勝てないですよ。でも男は枯れるんだよね。

残間
以前は仕事というのがあって、それで時が刻まれていましたからね。それがなくなると‥‥。
それから60代で楽器を再開したり始めた人たちが、やめ始めてるみたいなんですよ。

らんぼう
それは他のことにも言える。ウォーキングもトレッキングも70近くなると体力的にきつくなるからね。そして百名山とかを達成した人がやめる。次に行くところがない。

残間
四国八十八箇所みたいなもので。

らんぼう
そうそう。だから時計もそうだし、数を数えて生きるのは良くないと思います。

残間
音楽活動はどうなんですか?

らんぼう
もうやってません。5年ぐらい前にベストアルバムを出して、それが最後。もうやらないって決めました。あまり声も出なくなってきたし。

残間
でも、もともと声を張るタイプじゃないですよね。

らんぼう
だいたい僕は歌が下手くそなんですよ。

残間
上手い下手を超えているのが、らんぼうさんの味わいじゃないですか。

らんぼう
去年でしたか、ひとりのお婆さんから‥‥と言っても僕より二つ三つ若いんだけど(笑)、ひんぱんに電話がかかってきたんですよ。
「いい声なんだから歌ってよ」と。切っても切っても電話がかかってくる。それから今度、会ってくださいとか。やっと最近、来なくなりましたね。

残間
昔からのファンなんでしょうね。でもやらない?

らんぼう
ベストアルバムを出した時に、新録も入れて、自分としても満足した出来だったし。
今は音楽よりも俳句です。俳句はいいですよ。俳句をやるようになって、芭蕉も一茶も読みたくなりました。蕪村も面白い。

残間
句集も出してるんですよね。もう、侘び寂びを地で行ってますね。

らんぼう
最近は腰が痛いし、山歩きもきつくなってきましたからね‥‥‥だけど、音楽はもしかしたらやるかもしれない。まあ、決めないでおきますよ。

残間
(笑)まだまだ流れて行ってください。



(終わり/2019年8月取材)





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