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闇は誰の心にもある 2/2


後篇 つい暗部の方へ惹かれてしまう


GIベイビーと自分が重なる
残間
山崎さんには2014年の『誰にでも、言えなかったことがある~脛に傷持つ生い立ち記』という、ご自身の半生を綴った作品があります。

物心もつかないうちに両親が離婚。お父さんは失踪し、お母さんは家を出て東京に行ってしまい、お祖父さん夫婦に引き取られたんですよね。
ところが程なくお祖母さんは自死。後を追うようにお祖父さんも亡くなる。すると今度は10歳を前に血縁でもないお父さんの2番目の奥さんのところへ。お父さんはすでに離婚、再び失踪していたというのに。そして14歳の時に、東京で再婚して別の家庭があった実のお母さんのところへ身を寄せることになる。

幼い頃から、自分の居場所が見つからない日々が続いていたわけですよね。GIベイビーたちには同世代というだけでなく、自分の生い立ちと重なる部分も多いんじゃないでしょうか。
山崎
私自身が置いていかれた子ですからね。同じように、周りは私の状況をわかっていても助けてくれなかったし。

残間
血縁でもないお父さんの2番目の奥さんのところでは、特にご苦労されたみたいですね。激しい虐待もあったと本にありました。

山崎
継母となったその人は、父とはすでに離婚していたのですから、扶養義務もないのに、どうして私を引き取ったのか。さらに引き取った上で、何故あれほど虐待したのか。今となってはわかりませんが、別れた父への憎しみがそうさせたのかもしれません。貧困という境遇に追い込んだのは父のせいだと。

そこは母子家庭で、貧しくて生活保護も受けていていました。住んでいたのは貸し間一間。とても血縁のない子を引き取る余裕なんてなかったはずです。彼女は昼も夜も働いていたので、その間、子どもの世話をしたり家事をする人間が必要だったんでしょうね。

その家には子供が二人いました。私の腹違いになる5歳下の弟と就学前の妹。小学校の授業が終わると幼稚園に妹を迎えに行き、わずかな予算の中でやりくりし、慣れないながらも晩御飯を作って二人に食べさせる。そして洗い物や掃除、家族四人分の洗濯。洗濯機などない時代ですから、手はいつもアカギレで腫れ上がっていました。

でも、私はそこの家族ではなかったんです。彼女は職場で何か美味しいものをもらったりすると弟や妹には与えるんですが、私には決して回ってきません。
そんな時の私は、ただニコニコと笑顔でそれを眺めていましたね。子供なりのプライドだったんでしょう。

「あんたとこの子らは違う。一緒や思うたら大間違いやで」と、何度も念を押されました、さらに手も出れば、足も出る。ことあるごとに私の存在を否定し、罵る。彼女が私に求めたのは、奉仕と服従だけでした。

といっても彼女は外ではいい人だったと思います。自分の子供たちには女神のように愛情を注いでいましたし。でも私に見せるのは、鬼のような顔。
周りの大人も善良な人たちだったんでしょうけど、私がどんな扱いをされているかわかっていながら、知らん顔でした。善良と呼ばれる人の心の中には、女神もいれば鬼もいるんです。

残間
何とか境遇を変えたかったことでしょうけど、まだ小学生ではね‥‥

山崎
たまに子供の虐待のニュースがありますが、子供は絶対に自分が虐待されていることを言いません。意地悪されても、親にされたとは言わない。それは今以上に愛されなくなったらどうしようという恐怖があるんです。
ですから私は未だにテレビのニュースが怖くて見られません。逃げ場のない子供の虐待の話を聞くと、それを全身で感じてしまうんですね。すぐにチャンネルを変えます。

残間
山崎さんがGIベイビーを題材に選んだのは、必然だったのかもしれませんね。

山崎
華やかな横浜に憧れてやって来ましたが、何にでも裏側があります。そこから目をそらすことはできません。それは自分の生い立ちやトラウマゆえなんでしょうかね。自分はマイノリティという意識があるし、デビュー作の「花園の迷宮」も、戦前に横浜にあった遊郭が舞台でした。今にして思えば自分を投影していたのか………出ちゃうんですね。

残間
ノンフィクションではありますが、この本には、山崎さん自身の思いが反映されている部分もあると思います。

山崎
そうですね。それを書くことで、“GIベイビー論文”にならずに済んでいると思います。でもノンフィクションですから、基本は過大に対象に感情移入しないようには気をつけました。

残間
ただ客観的な事実を並べるんじゃなくて、読者に対して架け橋をかけてくれたと思います。それも、いいさじ加減で。

山崎
そう願っています。
究極の孤独の中で死ぬということ
残間
次作はどんなものになりそうですか。またノンフィクションでしょうか。

山崎
ええ。次のテーマは「看取り」です。
横浜だと寿町ですが、東京だと山谷、大阪だと西成。いわゆるドヤ街と言われる街には、多くの生活保護受給の高齢者、障害者が簡易宿泊所で暮らしています。身寄りもお金もない彼らは、究極の孤独の中で死んでいきます。看取るのは、医師やケアマネージャーやヘルパーだけ。

多くの方が在宅医療を受けているんですが、このあいだ医師に同行して、その様子を取材させてもらいました。3畳から5畳くらいの部屋で、ベッドでぐったりしているだけの人もいれば、医師や看護師に向かって「来るなって言っただろう!」「俺は死にたいんだよ!」と怒鳴りつける人もいます。

ドヤ街というと縁遠い場所に思えるかもしれませんが、都会のマンションの一室でも、これからそうやって孤独に亡くなる人が増えるんじゃないでしょうか。私がこれを書こうと思ったのも、自分が古希を迎えて、「そろそろ死に方を考えないと」と思ったからです。私も一人暮らしですし、今から取材も兼ねて勉強しておこうと。

残間
またしても、暗部の方へ‥‥

山崎
(笑)そうですね。どうしてもそちらに惹かれてしまいます。

私、作家になって華やかな世界も見せてもらいました。今まで雑誌や本でしか知らなかった有名人と、気づいたら食事をしていたり。でも、その世界に入り込みたいとは思いませんでしたね。
結局、自分の原点に戻って行くんです。そういう時になって、私にノンフィクションという核があって良かったです。

残間
ノンフィクションの執筆は取材もありますし、大変手間のかかる仕事だと思いますが、次作も楽しみにしています。

山崎
ノンフィクションは、取材を進めていくうちに思いもかけない事実に突き当たって、全てがひっくり返ることもあります。だから取材を全部終えないと、構成が決められないんですよね。でも、これが最後の作品と思って取り組みたいと思います。



(終わり/2019年6月取材)





前篇 それは私だったかもしれない

後篇 つい暗部の方へ惹かれてしまう


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