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今こそ、「日本」を発信する時。1/3

22歳という若さでNHK交響楽団を指揮してデビュー。以来、日本のクラシック音楽界で、着実にキャリアを積み重ねてきた大友直人さん。実は大友さんは、現在の日本の音楽シーンに強い危機感を持っていると言います。世界最大のクラシック音楽マーケットと言われる日本で、一体何が起こっているのでしょう。(残間)
(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)
vol.1 いまだにはびこる西欧至上主義
残間
こんにちは。お久しぶりですね。
大友
近くにいるはずなのに、なかなか会う機会がありませんよね。
残間
今日はよろしくお願いします。
さて、まずは日本のクラシック音楽の現状からお聞きしましょうか。
バブル崩壊以来、日本の経済はなかなか元気が出ませんが、これだけ不況が長引いてくると、文化的なところに色々と影響が及んでいるんじゃないでしょうか。
さて、まずは日本のクラシック音楽の現状からお聞きしましょうか。
バブル崩壊以来、日本の経済はなかなか元気が出ませんが、これだけ不況が長引いてくると、文化的なところに色々と影響が及んでいるんじゃないでしょうか。
大友
景気云々よりも、今、文化を支援すべきジェネレーション、50代、60代が、音楽にあまり興味がないように見受けられます。そこが寂しいところですね。
それより、私は日本のクラシック音楽界というのは、非常にいびつな構造になっていると思っています。若い頃から気づいていましたが、いっこうに変わる兆しがありません。
それより、私は日本のクラシック音楽界というのは、非常にいびつな構造になっていると思っています。若い頃から気づいていましたが、いっこうに変わる兆しがありません。
残間
シーンは冷え込んでいるようにも見えないんですけれどね。コンサートはたくさん開かれているようですし。

大友
経済的な面で言えば、日本、というか東京は、世界最大のクラシック音楽マーケットですよ。
まず東京だけでも7つの近代的なコンサートホールがあります。サントリーホール、東京芸術劇場、オーチャードホール、東京オペラシティ、すみだトリフォニーホール、東京文化会館、NHKホール。こんな街は他にないです。
常設の団員100人規模のオーケストラだって、NHK交響楽団始め、東京都交響楽団など8つか9つある。ニューヨークにはニューヨークフィルぐらいです。
それからベルリンフィルやウィーンフィルなど、世界有数のオーケストラがしょっちゅう日本で公演しています。オペラだと本国でも見られないような、スペシャルメンバーで来たりします。これも東京ぐらいです。
今や世界のクラシック音楽ビジネス界は、日本抜きに考えられないくらい。それも40年くらい前から、1970年の万博以来ずっとそうですね。
まず東京だけでも7つの近代的なコンサートホールがあります。サントリーホール、東京芸術劇場、オーチャードホール、東京オペラシティ、すみだトリフォニーホール、東京文化会館、NHKホール。こんな街は他にないです。
常設の団員100人規模のオーケストラだって、NHK交響楽団始め、東京都交響楽団など8つか9つある。ニューヨークにはニューヨークフィルぐらいです。
それからベルリンフィルやウィーンフィルなど、世界有数のオーケストラがしょっちゅう日本で公演しています。オペラだと本国でも見られないような、スペシャルメンバーで来たりします。これも東京ぐらいです。
今や世界のクラシック音楽ビジネス界は、日本抜きに考えられないくらい。それも40年くらい前から、1970年の万博以来ずっとそうですね。
残間
言われてみれば、確かに東京ってホールもオーケストラもいっぱいありますね。音楽シーンは盛り上がっていると。
大友
世界的なマーケットにはなっていますが、日本は消費しているだけですね。世界の音楽ビジネスでは、日本はカモです。財を持って行かれるだけ。
日本で本当にクリエイティブな活動が行われているか。音楽が文化として育まれているか。日本としての発信があるか。そこは結構、寂しい状況なんですよ。
日本で本当にクリエイティブな活動が行われているか。音楽が文化として育まれているか。日本としての発信があるか。そこは結構、寂しい状況なんですよ。
残間
これだけオーケストラがあって、それぞれが盛んに公演をしていてもですか?

大友
まず、今作られているもののクリエイティビティが低下しています。
残間さん、文化芸術、エンターテイメントで、常に話題になるのは最新作じゃないですか。映画しかり、美術だってシーンを牽引しているのはモダンアートですよ。文学もそう。本屋さんに行けば古今の名作は本棚に並んでいますが、平積みになっているのは新刊です。
とにかくあらゆる分野で新作が一番注目され、日々、新しい価値観を世に問うています。
ひるがえってクラシック音楽はどうかというと、新作はあまり話題になりませんね。クラシック音楽もまたエンテーテイメントであるのに。
日本のクラシック音楽シーンで、新しい音楽を作ろうとする動きがあり、社会もそれに対する関心があったのは、せいぜい1970年代までですかね。
今の日本のクラシック音楽というのは、少数の極端なオタク的な聴衆やジャーナリズムが支えているだけであって、本当に音楽を愛する人は、実は少ないのだと思います。隆盛のように見えて、内情はかなり行き詰まった状態ですね。
とにかくあらゆる分野で新作が一番注目され、日々、新しい価値観を世に問うています。
ひるがえってクラシック音楽はどうかというと、新作はあまり話題になりませんね。クラシック音楽もまたエンテーテイメントであるのに。
日本のクラシック音楽シーンで、新しい音楽を作ろうとする動きがあり、社会もそれに対する関心があったのは、せいぜい1970年代までですかね。
今の日本のクラシック音楽というのは、少数の極端なオタク的な聴衆やジャーナリズムが支えているだけであって、本当に音楽を愛する人は、実は少ないのだと思います。隆盛のように見えて、内情はかなり行き詰まった状態ですね。
残間
確かにクラシックの新作は話題にならないですね。三枝成彰さんのオペラぐらいかしら。
大友
三枝さんのオペラ『忠臣蔵』は、確かに素晴らしいです。パリでもロンドンで通用するエンターテインメントだと思います。私も関わることができて嬉しかったですが、きちんと日本で評価されているかといえば疑問です。
本当はあれが日本の中心になるべき流れなんですけどね。
それから日本のクラシック界は驚くほど閉鎖的です。
例えばベルリンフィルには、昭和30年代にすでに日本人プレーヤーがいました。カラヤンが率いていた頃です。土屋邦雄さんというヴィオラ奏者がいて、カラヤンが採用しているんですよ。さらにコンサートマスターを務めた日本人も二人います。コンサートマスターですよ。オケのまとめ役です。いずれもオーディションを受けて評価されました。
実は世界のトップオーケストラはどこでもそうなんです。世界中から才能が集まってきて、サッカーみたいに多国籍チームになっています。
では現在、日本最高とも言われるNHK交響楽団はというと、100%日本人です。東京都交響楽団もそう。自分たちの中でのヒエラルキーがあって、形ばかりはオープンでも、結局採用されるのは関係者ばかり。世界から才能を迎え入れようという空気がありません。
これは当分変わらないでしょう。これが日本の音楽シーンの象徴なんですよ。
本当はあれが日本の中心になるべき流れなんですけどね。
それから日本のクラシック界は驚くほど閉鎖的です。
例えばベルリンフィルには、昭和30年代にすでに日本人プレーヤーがいました。カラヤンが率いていた頃です。土屋邦雄さんというヴィオラ奏者がいて、カラヤンが採用しているんですよ。さらにコンサートマスターを務めた日本人も二人います。コンサートマスターですよ。オケのまとめ役です。いずれもオーディションを受けて評価されました。
実は世界のトップオーケストラはどこでもそうなんです。世界中から才能が集まってきて、サッカーみたいに多国籍チームになっています。
では現在、日本最高とも言われるNHK交響楽団はというと、100%日本人です。東京都交響楽団もそう。自分たちの中でのヒエラルキーがあって、形ばかりはオープンでも、結局採用されるのは関係者ばかり。世界から才能を迎え入れようという空気がありません。
これは当分変わらないでしょう。これが日本の音楽シーンの象徴なんですよ。
残間
世界で活躍する日本人プレーヤーは、よく耳にしますが。
大友
日本は優れたプレーヤーや指揮者を輩出していますが、“個”で留まっているんですね。世界から日本に才能が集まり、ここで成長していく。そういう“場”があることが本当の文化なわけです。
残間
確かに日本のクラシック音楽には、他のアートにはない特異性がある気がします。
問題の根本にあるのは一体なんなのでしょう。
問題の根本にあるのは一体なんなのでしょう。
大友
日本の音楽を取り巻いている価値観の問題ですね。要するにコンプレックス。自信がない。西欧至上主義です。
クラシック音楽の源流は確かにヨーロッパですが、21世紀の今、その文化は世界に広がって共通のベーシックなものになっています。例えば五線譜と西洋楽器を用いながら、ジャズ、歌謡曲、その他いろんな音楽が独自に発展していきました。
ところが日本のクラシック音楽では、「ヨーロッパ=本場で評価された」というお墨付きがものを言います。ですから日本では、いまだにアメリカのオケはちょっと下に見る風潮がありますね。
クラシック音楽の源流は確かにヨーロッパですが、21世紀の今、その文化は世界に広がって共通のベーシックなものになっています。例えば五線譜と西洋楽器を用いながら、ジャズ、歌謡曲、その他いろんな音楽が独自に発展していきました。
ところが日本のクラシック音楽では、「ヨーロッパ=本場で評価された」というお墨付きがものを言います。ですから日本では、いまだにアメリカのオケはちょっと下に見る風潮がありますね。
残間
あー、ありますね。そういうの。
大友
ウィーンは最高だけれど、ニューヨークはちょっと落ちるねという見方。これは全くおかしいし、時代遅れも甚だしい。
要するに素直に音楽を楽しむ、音楽はエンターテイメントであるという価値観が成熟しなかった。そういう西欧至上主義の人たちが音楽をやり、音楽を聴きに行く。
これではクリエイティビティは生まれないです。「日本」を発信することはできない。当然、世界のトップにはなれません。当たり前のことですね。
要するに素直に音楽を楽しむ、音楽はエンターテイメントであるという価値観が成熟しなかった。そういう西欧至上主義の人たちが音楽をやり、音楽を聴きに行く。
これではクリエイティビティは生まれないです。「日本」を発信することはできない。当然、世界のトップにはなれません。当たり前のことですね。
残間
なるほど。戦後70年ですが、西欧至上主義は、今もなおそこかしこに残っていそうです。
大友
食べ物やファッションは、状況を変えることができましたけどね。味覚は正直ですし、この味でこの値段は高いだろうとか。それからファッションでは、バブルの頃などはブランド物一辺倒の人がけっこういましたが、上手く使い分けた方がセンスがいいことに、みんな気づき始めています。
ところがクラシック音楽に関しては、そこまで行っていない。自分の価値観が持てずに、他人の価値観、何かのお手本、お墨付きを欲しがる人が、圧倒的に多い。
ところがクラシック音楽に関しては、そこまで行っていない。自分の価値観が持てずに、他人の価値観、何かのお手本、お墨付きを欲しがる人が、圧倒的に多い。
残間
言われみれば、日本のクラシック音楽の世界は確かに一番、西洋コンプレックスが払拭されていない分野かもしれません。
(つづく)
(つづく)