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50代で手にした、書き手としての充実 1/4

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『お水の花道』『花咲舞が黙ってない』など、人気ドラマの脚本家として活動する梅田みかさん。実は父の死、バレリーナとしての挫折、下積み時代など、その道のりは、決して平坦なものではありませんでした。50代となった今、充実の時を迎えているみかさんに、これまでの歩みについて伺いました。(残間)
(聞き手/残間里江子  構成/髙橋和昭 森田さえ)


vol.1 父が生きていたら、作家にはなっていなかった?


残間
7月に放送されていたTBSの『37.5℃の涙』(※)、観てましたよ。

私達が初めて会ったのは、みかさんがまだ高校生の頃でしたから、もうあれから35年ぐらいになるのでしょうか。ドラマを観ながら感慨深く思っておりました。

※『37.5℃の涙』
TBS制作のテレビドラマ。2015年7月から9月にかけて放送された。TBSテレビ梅田みかさんが脚本を担当。保育園で預かってくれない、37.5℃以上の熱がある子供の世話をする病児保育士を主人公にした物語。

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梅田
残間さんには、昔からずっと気にかけていただいていますよね。作家になって、今年で25年になったんですよ。

今年の2月で50歳になりました。なんでもないことだと思っていたんですが、やっぱりどこかショックだったのかもしれません。
誕生日の前日に「今日で40代も最後か」と思ったら、急に泣けてきたんです(笑)。自分でも驚きました。

……でもちょうどその日、娘と、劇団四季の『マンマ・ミーア』(※)を観に行ったら「年齢を重ねても、こんなに人生は楽しくやっていけるんだ!」と勇気をもらって。今は50代で何が起きるのかワクワクしている最中です。
この気持ちを忘れないようにしようと、今でもお財布の中には公演の半券が入っています。

※『マンマ・ミーア』
ミュージカル。ギリシャの小さな島のホテル、「サマー・ナイト・シティ・タベルナ」を舞台とした母子家庭の物語。結婚式を控えた娘が、かつての母親のボーイフレンド3人を呼び出し、自分の本当の父親を見つけようとする。日本では2005年から劇団四季が公演している。

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残間
マンマ・ミーア、素晴らしい作品ですよね。しかしみかさん、なんだか、すごく充実しているようですね。お顔を見てるとわかりますよ。

梅田
本当ですか? 
今は年明けに刊行する予定の小説に取り組んでいるところです。短編集で、テーマは「幸せになるために必要なのは、愛かお金か」というもの。

残間
あなたらしいテーマですねえ。発売したら、ぜひ読ませてください。

……初めて会った時は「お嬢様」という印象が強かったものですから、てっきり仕事はしないのかと思っていたんです。なにしろ父親があの梅田晴夫さん(※)でしょう。
それが今こうやってはつらつと仕事をしているみかさんを見ると、なんだか意外なような気もするのですが……。

※『梅田晴夫』(1920-1980)
フランス文学者、劇作家、小説家、随筆家。 慶應義塾大学大学院修了。舞台劇やラジオドラマの脚本、著述や翻訳などで活躍した。パイプや万年筆などのアンティーク収集家としても知られる。

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梅田
そうですね。もしも父を10代で亡くさなければ、働くことに対する考えはだいぶ違ったかもしれません。

亡くなった当時、父は生命保険が嫌いでほとんど入っていなかったんです。
私はそのころ15歳、高校一年生でした。幸い家は残ったので住む場所と生活には困りませんでしたが、大学には奨学金で行きました。卒業してから毎月支払って、返し終わったのは30代でした。

父を尊敬し、尽くしてきた母は長い間、立ち直れませんでしたね。3年ほどは見ていて痛々しいほどでした。

その時「誰かがいないと消えてしまうような幸せは嫌だ、自分の幸せは自分でつくらないと」とつくづく思いました。……結果的に父と同じ「物書き」という職業に就きましたが、こうやって自分のペースで仕事ができる職を持てて、本当によかったと思います。

残間
じゃあ、大学卒業後はすぐに就職したんですか?

梅田
そうですね、新卒として出版社に就職しました。
そこを2年ほどして辞めたあとは、人との出会いと繋がりでいつの間にかここまできた……という感じでしょうか。

最初は文章で食べていこうとは、まったく思っていなかったんです。間近で父という“文筆家”を見ていますから、ああいう才能は自分にはないと思って。
今、自分が文章で生計を立てていると思うと、いまだに不思議な気持ちになることがあります。

娘を育てていくために、安定した収入を確保したくて、携帯電話コンテンツのような、放っておいても権利収入が入ってくるような仕事を模索したこともあります。でも、そういう動機で始めたものは、あまりうまくいかないんですよね。

私にはやっぱり、一字一字、地道に書いて作品をつくっていく方が性に合っているし、楽しいんですよ。生きている感じがしますから。

残間
なるほど。「物書き」は天職だったみたいですね。
(つづく)

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