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上向きの日も、下向きの日も、今を楽しむ 1/4

浅葉克己さん(アートディレクター)

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日本を代表するアートディレクターとして活動する浅葉克己さん。今年は「デザイン生活60年、卓球生活40年、書道生活20年、」の年だとか(文末が読点「、」になっているのがミソで、まだ続くことを意味しているそうです)。常に自然体で人生を楽しむ浅葉さんに、元気の秘訣を伺いました。(残間)
(聞き手/残間里江子  構成/髙橋和昭 大垣さえ)


vol.1 アートも卓球も書道も、まだまだ続きます


残間
今回のインタビューは、浅葉さんに会って、元気を貰おうと思って企画したんです。
思えば浅葉さんとも、随分長い付き合いですよね。

浅葉
もう25、6年ぐらいですか。
残間さんと初めてお会いしたときは、随分良い声の人だなあ、さすが元アナウンサーだ、と思ったのを覚えていますよ。

残間
まぁ、恐れ入ります。若かったですからねえ。
さて、浅葉さんはアートディレクター生活が今年で60年と伺いました。

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浅葉
そうなんです。今度講演をするんですが、そのタイトルがこれ。

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「デザイン生活60年、卓球生活40年、書道生活20年、」。いいでしょう。コピーの終わりを丸(。)じゃなくて、点(、)にしました。

残間
まだまだどの“生活”も続いていくんですね。
デザイン生活が60年ということは、10代の頃からずっとデザインに携わっていたんですか?

浅葉
そう。就職して以来ずっとですから。

僕の生まれは神奈川の金沢文庫という場所なんですが、工業高校を卒業した後、友人の父親に紹介してもらって横浜にある松喜屋商店というデパートの宣伝部に就職しました。
そこで店舗の内装や広告制作を担当していました。例えばクリスマスの時期にクリスマスツリーを作るとか。

残間
それを10代で?

浅葉
そうです。でも、松喜屋にはあまり長くはいませんでした。
というのも、上司の紹介でデザイナーの佐藤敬之輔さん(※)に出会って、彼のもとに弟子入りをしたんです。
そこでタイポグラフィの面白さに気づき、19歳で桑沢デザイン研究所に入って、ライトパブリシティ(※)に入社して、という流れですね。

※佐藤敬之輔(1912-1979)……昭和時代後期のデザイナー。広告デザインに従事し,とくに文字デザインの研究をおこなった。
※株式会社 ライトパブリシティ……日本で初めて設立された、広告制作プロダクション。浅葉克己、土屋耕一、秋山晶、細谷巌、田中一光、和田誠、篠山紀信、坂田栄一郎など、日本を代表するクリエイターを輩出したことで知られる。

残間
ライトパブリシティ時代の作品は、並べていくだけで70~80年代の日本デザイン史を振り返れそうですね。
西武デパートの「おいしい生活」、サントリーオールドの「夢街道」、キューピーマヨネーズ、東レ……。

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※クリックで画像が大きくなります。


浅葉
事務所には今まで自分が手がけた作品を何十枚かずつ保管しているんですが、「おいしい生活」なんかはウディ・アレンが出演したこともあり、購入したいという人が多くて、ほとんど残っていませんね。
TDKビデオカセットのCMでアンディ・ウォーホルを起用したときのポスターも残っていないな。
あのCMは1983年なので、すでにライトパブリシティから独立したあとですが……。

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残間
アンディ・ウォーホルといえば、今年の1月にギンザ・グラフィック・ギャラリーで浅葉さんが開催なさった『ASABA’S TYPOGRAPHY』という個展では、アンディ・ウォーホルとの2ショットを使った新作ポスターが展示されていましたね。

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浅葉
そうそう。CMに出演して頂いたときの記念撮影スナップを使っているんです。
彼はモデルもやっていたんですが、モデル料が600ドルなんですよ。すごく安いでしょう(笑)。
「本当にこんな値段で彼を撮影できるのか?」ってTDKに聞いて。結局機材費なんかもあって、300万ぐらい払ったんですけれど、それでも安いですよね。

彼の秘書が付けている日記が出版されているんですが、僕のことが書いてありますよ。
「今日は日本から、しこたまお金をもったやつがやってきて、アンディは大変機嫌がいい」って(笑)。
彼は僕のためにパーティも開いてくれました。そこでデザイナーとの新たな出会いもあって、楽しい仕事でしたね。

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残間
浅葉さんといえば、マイケル・ジャクソンのアメリカツアーに、私と浅葉さんと仲間とで、一緒に観に行ったときのことをよく覚えています。
全員が泥酔するような宴会があった翌日の朝に、集合してみると浅葉さんがいなくて。どこに行ったのか周囲に尋ねると、早朝からロディオドライブの骨董品屋さんに行ったと。
帰ってきたのを見たら、透明な水晶玉のようなものを買ってきていて。

何年後かに何かのポスターでその水晶玉を使ったでしょう? 見たときに、「あの水晶玉だ!」と驚きましたよ。
二日酔いでふらふらの時でも仕事のことを考えているのだな、と。
今年も個展を3回開催なさるようですし、相変わらず精力的ですね。

浅葉
そうですね。その他に学校でデザインを教えたり、色々です。
今年はこれから、中国の杭州で、デザイン学校の学生たちに一週間集中講義をやってきますよ。

講義の一つで、「ハンドスカルプチャー」という彫刻をやってもらおうと思って。

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今、所長をつとめている桑沢デザイン研究所でも、全学生に基本教育として教えているものです。木片を削ったり磨いたりして彫刻を作るんですが、何かを見ながら作るのではなくて、頭の中にあるイメージを具現化するんです。「見えない形」、“不”の形ですね。

中国のアートやデザインを見ていると、基本的に見たものを具現化しているんですよ。
例えば同じ水墨画でも、中国の山水画で描かれる風景と、雪舟が描く風景はずいぶん違う。雪舟は風景を見ないで、抽象的にドンと描くでしょう。

この“抽象”という概念を、ぜひ教えてあげようと思って。
中国は卓球の大会で訪れる機会も多くて、親近感があります。“ピンポン外交”ですから。

残間
「卓球生活」についてもお伺いしていきたいですね。
(つづく)

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vol.1 アートも卓球も書道も、まだまだ続きます

vol.2 卓球も人生も、来たものを打ち返してここまで来た

vol.3 飽くなき文字(タイポグラフィ)へのこだわり

vol.4 誘いが来ないなら、自分から行けばいいんです

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