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49th:人間関係の所在

2020.06.10

このコロナ禍で、
例にもれず私も友人たちと
直接対面することが、
なかなかできなくなりました。

LINEでのやり取りや、
Zoomを使った「オンライン飲み会」など、
インターネットを通じたやり取りはできるので、
過去のコラムでも書いた通り、
寂しさを感じることはないものの、
「人間関係」とは一体なんぞや、と
考える時間が増えました。

コロナ禍になる前は、
週に2・3回食事をしたり、
出かけたりしていた友人がいるのですが、
彼女ともそういう生活ができなくなり、
日々LINEをしたり、
1週間に1度ほどZoomを使って
顔を見たりしていました。

しかし、とある日から
LINEが返って来なくなり、
最初のうちは「まぁそんなこともあるか」と、
気にも留めていなかったのですが、
10日ほど連絡がないと
さすがに心配になり、
「連絡ないけど大丈夫?」とLINEをしても、
既読マークもつかず、
もちろん返答もないのです。

私が「Instagram」を更新していても、
見ている形跡もなく、
共通の友人に最近やりとりをしたか確認しても、
「コロナ禍になってから連絡とってないよ」と
言われるばかり。

そこから2・3日経っても反応がないので、
更に心配になり、
普段は使わないショートメッセージを送ったり、
電話をかけてみたりしたのですが、
それにも反応がなく、
この状況下ですから、
「もしかして新型コロナに感染して…」だとか、
「どこかで事故にあったんじゃないか」だとか、
あらゆる「命」にかかわる、
心配で頭がいっぱいになりました。

緊急事態宣言の最中で、
外出自粛中でしたが、
そろそろ自宅に生存確認に行った方がいいかも…、
などと考えていると、
「心配かけてごめんなさい!」と、
ようやく連絡があり、
胸をなでおろしました。

彼女と連絡がとれなくなって、
2週間目を迎えた朝でした。

結局、彼女は病気にかかったわけでも、
事故にあったわけでもなく、
ただ単に今後の人生を考える時間が増え、
未来のことを考えているうちに、
なにもかもが嫌になり、
スマホも見ず、SNSも開かず、
自分の殻に閉じこもっていた、
というオチだったのですが、
こちらとしてはとても不安な日々でした。

悩むにしても「生きてます」くらいは、
言ってくれ、と今も少し怒っています。笑

そんなこともあり、
「一体人間関係って何なのだろう」と
考えるようになったのです。

インターネットやスマートフォン、
SNSといった、
「いつ・どこに・だれといても」連絡を取る
方法がなかった時代には、
手紙や電話、ファックスなど、
時間もかかり、特定の場所にいて、
住所や電話番号といった、
個人情報中の個人情報を知らなければ、
やり取りをすることができませんでした。

それでも友人関係は成り立っていたと思うし、
連絡手段が限られていたから、
関係が希薄だったなんてことは
決してないでしょう。

ですが、
いつでもどこにいても
連絡が取れるようになった今、
「2週間連絡が取れない」というのは、
この世からいなくなってしまったも同然の様に、
私には感じられました。

緊急事態宣言が明けた最初の週末、
彼女と食事をしたのですが、
私は彼女が無事、
この世にいたことに安堵し、
泣いてしまったほどです。
少しおかしいですよね。笑

もしインターネットがなくなって、
スマートフォンが使えなくなって、
SNSがなくなったら、
私は友達がいなくなってしまうかもしれません。
実質的にはいなくなっていないのですが、
そう感じるような気がします。

私が友達と呼んでいるのは
生身の人間なのに、
手のひらサイズの電子板が
ただの板になってしまったら、
友達がいなくなるなんて、
おかしな話です。

人間関係は心と心でつなぐものだと思うし、
そういう関係を構築しているつもりですが、
つなげているものは、
「連絡手段」であることが、
露呈してしまいました。

人間関係の所在はどこにあるのか、
なんだか未だに混乱が続いている、
今日この頃です。
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