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29th:TOKYOという観光都市

2020.03.17

私は東京に住み始めて、
10年ほどになるのですが、
上京したころよりも、
「TOKYO」という街が
圧倒的に観光地化しているのを
肌で感じています。

上京したばかりの渋谷は
日本人の若者が集う街そのもので、
雑誌やテレビで見ていた景色が
目の前に広がっていることに
ただただ驚き、興奮しっぱなしでした。

今はすっかりそんな景色にも慣れ、
スクランブル交差点の人の多さに
驚くことも、
通りすがる人の都会っぽさに
怖気づくことも、
「もしかしたら有名人がいるかも?!」
とキョロキョロすることもありません。
私にとって「TOKYO」は
もはや日常となりました。

ここ数年、すれ違う人々に
外国人がどんどん増えるなぁという
感覚はあったのですが、
私にとって日常であることは変わらず、
「スクランブル交差点は確かに見ごたえがあるよなぁ」とか
「ハチ公はマーライオン以上に
 “ガッカリ”するんじゃないかしら」とか
なんとなく思う程度で、
「ここが観光地である」という認識は
あまりありませんでした。

しかし、昨年末、
ある景色を見てから、
「TOKYOは立派な観光地なんだ!」と
実感したのです。

私は会社から自宅に戻る際、
歩いて帰ることが多いのですが、
途中渋谷を経由します。
その日も18時30分ころ仕事を終え、
歩いて帰宅していました。
通過する渋谷はクリスマスシーズンで
少々ライトアップされていたこともあってか、
いつも以上に人が多く、
スクランブル交差点では
多くの人が行き交う様子を背景に
「セルフィ―(自撮り)」をする
外国人がたくさんいました。

それもそんなに珍しい景色ではないので、
ラジオを聞きながらスタスタと
気に留めることもなく歩いていたのですが、
ある一組の家族が目についたのです。

ラテン系の5人家族で、
他の人たちとはレベル違いの
はちきれんばかりの笑顔で
一台のスマートフォンを覗いていました。

家族らしきグループであっても、
それぞれのスマホで撮影している人が多いので
「少し珍しいなぁ」と思い、
近くを通り過ぎたとき、
どんな画を撮っているのか、
ちらっとのぞき見してみると、
そこには病院らしき場所で
寝たままテレビ電話に応答している
男性が映っていました。

そう。
彼らは、スクランブル交差点を背景に
セルフィ―をしていたのではなく、
その様子を一緒に来ることができなかった
家族に見せていたのです。

話している言葉はわかりませんでしたし、
関係性も定かではありませんが、
溢れんばかりの笑顔と
その雰囲気から
「おじいちゃん! 見える?
 これが“TOKYO・SHIBUYA”の
 スクランブル交差点だよ!
 本当にたくさんの人が、
 縦横無尽に行き来している!
 ここは本当にエキサイティングな場所だ!
 元気になったら、今度は一緒に来ようね!」
そんな風に話をしているのではないかと思いました。

10年の時を経て、
私にとってはまったく特別でも
なんでもなくなった当たり前の景色は、
異国の地からやってきた彼らにとっては、
来たことを自国で待つ大事な家族に
少し誇らしげに伝えたくなるような、
特別な場所なんだと知ったのです。

その時、
「TOKYOは観光地なのだな」と
初めて本当の意味で認識したような気がしました。
オリンピック開催に向けて、
我々は海外からのお客様を
迎える立場にあるのだと、
強く意識させられました。

その日から、
私はなるべく街を歩くときは
「イキイキ」と見えるように
なんとなく意識するようになりました。
「日本の人はなんだか元気がなかったよ」と
思われてはいけないし、思われたくないからです。
わずかではありますが、
観光に訪れる海外の方々を
「O・MO・TE・NA・SHI」する
意識が芽生えた瞬間で、
その家族の様子は強く印象に残っています。

今は新型コロナウィルスの影響で、
街中の外国人もあまり見かけなくなりました。
これからまだしばらくは、
さらに減っていく一方なのだと思います。
五輪の開催も不安視されていたりと、
今後のことが不透明な状態です。

しかし、この混乱が落ち着いた暁には
改めて日本に訪れたいと
楽しみにしている海外からのお客様が
きっと大勢いらっしゃるでしょう。
「TOKYO」だけでなく、
日本全体が平成時代より
観光地化していくことと予想しています。

自分たちが見られる立場にあると意識して、
海外からのお客様に気持ちよく
素晴らしい経験をしていただけるよう、
観光業に携わらない私も
振舞うようにしていきたいです。

一日も早く、
世界中の人が旅行を楽しめる、
日々が戻ってきますように…。
wakudamailto