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23rd:ミモザの日

2020.03.09

3月8日はなんの日か、
みなさんご存じですか?
この日は国連が制定する
「国際女性デー」なのです。

その日を人々がどのように受け止め、
どのように過ごすかは国によって様々ですが、
イタリアでは
「FESTA DELLA DONNA(フェスタ・デラ・ドンナ=女性の日)」
とされ、男性が女性に
ミモザの花を贈るそうです。
その習慣が最近、
日本でもジワジワと広がっています。

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↑ミモザの花

昨日、Twitterを見ていると、
「#国際女性デー」というハッシュタグをつけて
たくさんの女性が
それぞれの思いをつぶやいていました。

ハッシュタグとは、
当該ツイートに付ける「付箋」のようなもので、
「このつぶやきはこの項目について、
 書いているものですよ~」と示すものです。
ハッシュタグはリンクになっていて、
同じハッシュタグがついたつぶやきを
一覧になって表示させることができます。

例えば、「#表参道」とTwitterで検索すると、
「#表参道」が付いたつぶやきが
ダーーーーッと表示され、
表参道に関する情報を
たくさん集めることができます。

さて、話がそれましたが、
昨日「#国際女性デー」と付箋がついた
つぶやきを眺めながら、
「男女平等」「ジェンダーフリー」「フェミニズム」
について少し思いを巡らせていました。

正直私はこれまで、
女性であることで悲しい思いをしたり、
性差による憤りを感じたことはありません。
これは非常に幸せなことだとも思うし、
私が鈍感なだけとも思います。

友人には
「仕事の飲み会で当たり前のように
 お酌を求められて、
 女性がそうするのが当たり前だと
 思っている人が令和の時代になっても
 いるのかと腹がたった。」と憤っていたり、

「自分より仕事のできない男性が、
 私より先に昇給していて納得がいかない。」と悲しんでいたり、

「性差」を体感している人は少なからずいます。

そのような、
「女性だからこれをするのが当たり前」というような
考え方は時代錯誤ですし、
能力評価をする際に、
男女間で差があることも言語道断。
そういった認識や傾向は
どんどん排除されるべきだと考えます。
ただ、男女が完全に平等になることなんて、
本当に可能なのかしら、と思っている節があるのが
正直なところです。

それぞれができることがどう抗ってもあると思うし、
生物学的に男女がなくなることはないと思うからです。
このトピックスを取り上げるにあたり、
もう少し私の考え方を書こうと、
試行錯誤したのですが、
書きながらもあらゆる考え方が生まれてきて、
まとめられなかったので、
このあたりで留めておきます。
つまりは勉強不足、考えたらず状態です。
すいません…。笑

多くの先人たちが、
人生をかけて戦ってきてくださったお陰で、
今は当たり前に選挙権もあるし、
仕事もできるし、
みんながみんな深く悩んだり、
悲しんだりする時代ではありません。
私なんかはその恩恵をうけ、
前述した通り、
のびのびと暮らせています。

ですが、今でも日々
「女性であること」に
悲しみ、憤っている人がいることは
確かです。
それはあらゆる報道を通して、
みなさんご存じの通りだと思います。

日本は残念ながら
世界「男女平等ランキング」で121位。
先進国の中では圧倒的に最下位です。
私が実感していなくても、
これが現状なのです。

イタリアの文化で、
3月8日の国際女性デーに
ミモザの花を贈る文化が
ジワジワと広がっていると前述しました。
この傾向は来年、再来年とさらに加速すると、
私は確信しています。
なぜなら、ミモザの花が「映えるから」です。
ミモザの花を飾るのもおしゃれだし、
手に持ってもかわいい。
だから、来年はもっと多くの女性が、
ミモザと写真を撮ってSNSに投稿すると思います。

クリスマスのように、
イベントだけが輸入され、
浅はかにも見えますが、
そういう浅はかさから「思考すること」の
第一歩が始まるとも思います。
「ミモザイベント」のような
明るく、ハッピーな切り口から、
平等について考えられる人が増えていけば、
不名誉な順位から脱却し、
日本にも真の平等が訪れることも夢ではないかもしれません。

私も来年、ミモザを受け取るまで、
「平等」について改めて考えていきたいと思います。
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