ホーム>ハンナとその「時代」>10th:写真の使い道

10th:写真の使い道

2020.02.18

スマートフォンはどんどん進化していて、
iphoneの最新機種「iphone11」シリーズは
まるで一眼レフで撮ったかのように
綺麗な写真が撮れると、
とても好評です。

iphone以外にもGoogle Pixelシリーズなども
非常に鮮明だと人気があります。
今や良い写真は高い機材を購入せずとも、
高い技術を持たずとも、
手のひらサイズのデバイスで
ワンタッチで
簡単に撮ることができるようになりました。

写真を共有することに重きを置いたSNS「Instagram」は
今や生活必需品とも言えるほど
人々の生活に溶け込んでいるのですが、
多くの人は良い写真が撮れると
即座に「Instagram」にアップロードし、
その写真をきっかけに、
友人たちと交流を持っています。

私自身も旅行したとき、
友人と会ったとき、
美味しいものを食べたとき、
上手に料理が作れた時、
かわいい動物を見かけたときなど、
様々な日々の一部を切り取って
Instagramにアップしています。

Instagramを使い始めて、
もう8年ほどになるのですが、
撮った写真をいろいろとアップしていると、
写真を撮ることと、
インスタにアップすることが
一連の流れのようになってきて、
なんだか最近どちらが優先事項なのか
わからなくなってきました。笑

もちろん、撮った写真を全てInstagramに
あげるわけではないですし、
そこまでInstagramに
こだわっているつもりはなくても
無意識に「映える瞬間」を切り取ろうと
きょろきょろしているような気がします。

先日、飛行機に乗った際、
隣に座っていた50歳くらいの男性が、
都市の光が窓から見えるようになってから、
着陸するまでの景色を
終始スマホで動画に収めていました。

申し訳ないと思いながらも、
いつまで撮影を続けるのかと、
観察していたのですが、
結局動画は5分ほどの長さにも及んでいて、
一体あの方はその動画を
なんのために撮影しているのか、
心から疑問に思ってしまいました。

なかなかの長さのものなので、
SNSへのアップロードは
容量的に難しいし、
見返すにしては代り映えのない景色だし、
きっといつか撮ったことも
忘れてしまうような気がするのです。

それでも彼はかなり真剣なまなざしで
動画を撮影していたので、
なにか彼なりの目的があるような気がします。

写真撮影は本来オンラインと紐づいているものでもなければ、
自分自身が撮影という行為自体や、
撮れたものを日々の記録・思い出として、
なんの疑問もなく楽しめばよいのですから、
そこに疑問を持っている自分に気づいたときに、
なんだかオンラインやSNSに
毒されているような気がして、
悲しくなりました。

良い写真を撮ることも、
それを見返すことも、
人々と共有することも、
本当に簡単になったからこそ、
「写真」が大事な瞬間の記録や記念から
生活そのものに溶け込みすぎて、
一体それ自体がなんなのか
よくわからなくなっているような気がします。

「よくわからない」などと思っているのは
私だけかもしれませんが、
「インスタ映え」のために、
流行りの食べ物を注文し、
撮影だけして、ろくに食べもせず
帰宅する若者の様子はよくテレビでも
取り上げられていますよね。

食べ物は食べるものであり、
撮影するものではないのに、
「飾り」化しているし、
便利な技術やオンラインは
物事の本来の役割を失わせる力もあるなぁと
感じます。

それを決して完全に悪しきこととして
捉えているわけではなく、
私はその時代を存分に楽しんでいるし、
やめる気もまったくありません。
ただ、そんな時代だからこそ、
自分の行動を客観的に見ることや、
今何をしているのかその意味を
きっちりと見つめておかなくては、
一体自分自身とはなんなのか、
一番大事なことまでも見失ってしまうような、
そんな気がします。
wakudamailto