予定

変わっていく自分の身体に正面から向き合うか

内山 真面目で、努力でいろんなことを解決してきた人ほど、
「眠らなきゃ」という気持ちになりがちです。

女性の患者さんで、僕がずっと診ていた方がいます。
彼女は60代でご主人を亡くしたんですが、
地域のコミュニティで俳句の会などをやって、
とっても充実した生活をしていました。
ところがある時から寝つきが悪くなって、
彼女はどんなに努力しても眠れないと訴えて、
私の所へやってこられたんです。
残間 これまで努力で何でも克服してきたのに、
眠りだけはダメだと。
内山 (笑)そうです。
それで私が、少し年をとったのですから、
生活のサイクルを変えましょうと言うと、
「でも、夜長く眠れないから、昼間疲れやすくなった。
お通じも前と比べると便秘がちになってきた」と言って、
これが全て眠れてないからだとおっしゃるんです。

年をとっても溌剌と生きるために、
何とか努力をしようとする。
最近はこういう方が増えて、
これはとてもいいことと思います。

でも、年をとるなりに、僕たちの身体には
いろんなことが起こってくるんですね。
以前のようにはいかなくなる。

思うんですが、どうも「お年寄りの暮らし」というのを、
知らない人たちが増えてきているようなんですよ。
残間 人が年を取ると、どうなるか実感がない?
内山 ええ。
団塊の世代ぐらいから、というと語弊がありますが、
都会で暮らし、就職して結婚する。
実家は実家で郷里にあって、
そこで親御さんは暮らしているんですね。
いわゆる核家族になるわけです。
そして子どもを育て、それで子どもが巣立っていって、
夫婦だけの生活になる。
そういう人たちって、お年寄りの生活を
間近で見たことがないんですね。
お年寄りの日常生活の現実というものに、
テレビなどで伝えられるイメージしかない。
自分が歳をとるというのは、ある面で、
自分のお父さんのようにあるいは
お母さんのようになっていくことなんですね。

その一方で年をとっても溌剌と今の自分を保つために、
こういう努力をしていこう、という考え方もする。
努力が通じない、解決しようのない形で
年をとっていくことを、素直に受け容れられない。
生涯、若い時と同じように溌剌と生きていける可能性は、
ゼロではないでしょうけど、
そこから頭を切り替えられなくなると、
すべてが不満足に感じるようになってしまうんです。
残間 はい、諦めることが全て死に向かうというか、
とにかく諦めちゃ終わりだと考えがちです。
内山 でも年をとっていく時に、
うまく妥協していかなきゃいけないことって、
あると思うんです。

僕は小さい頃から、おじいちゃんや
おばあちゃんと暮らしていたんですが、
おばあちゃんは、夜中に起きていて、
よく日記を書いてました。
おじいちゃんもけっこう遅くまでウロウロしたり、
居間でテレビを観ていたり。
それでいて朝型です。
残間 よく年をとると朝型になると言いますが、
この生活サイクルの変化に男女差はあるんですか。
内山 男女差については僕も調べようと思っていたんですが、
2008年にドイツの研究グループがやってしまいまして、
ちょっとガッカリしたことがあります。

どういうことになったかというと、
男性は働き盛りの時に無理をするので夜型化するんですね。
女性は働き盛りでも割とセーブが利くというか、
コントロールできるところがあります。
残間 女性は無理をしない?
内山 というより、上手く公私で線を引けるんでしょうね。
そこいくと、自分でもそう思いますが、
男性はおだてられたりすると、
つい何でもやっちゃう。(笑)

それが55歳くらいを境目にして男性が朝型化してきます。
女性はそれほど夜型化しなかったんですが、
ゆっくりと朝型化していきます。
だから50代半ばで男女が逆転するんですね。

同年代の男女だとして、30代40代くらいまでは、
まあまあ生活のペースが合っていても、
55歳くらいから男性が極端に朝型化していきますので、
男性だけが早く寝て早く起きるようになります。
ところが女性はあまり変わらないんですね。

データで見ると男性は60代になる直前から、
朝早く目が覚めて困るという人が、急激に増えます。
それで女性はその頃から寝つきが悪くなります。

僕はずっと男性に無呼吸とかイビキが多いせいで、
奥さんが寝つけないんだと思っていました。
ところが旦那さんを連れてきてもらって調べると、
たいした事ない人が多いんです。

これはどういうことかというと、
旦那さんが早く眠るようになったので、
奥さんもそれに生活を合わせるように
なったからなんですね。
それまでは自分の身体のペースに合わせて
12時くらいまで起きていて、たまには娘さんと
1時過ぎまでおしゃべりなんかして、
夜更かししていたのに。
残間 ところが娘もいなくなり……
内山 ええ。それで旦那さんが早く寝ちゃう。
何となく自分も合わせてしまうと、
寝つきが悪くなってしまうんです。
残間 しかも寝つきが悪いことが気になるわけですね。
内山 だいたい自然に自分の身体が眠たくなる時刻の
3時間前というのは、一日でもっとも眠れない時間なんです。
横になってもなかなか眠りに入れない。
残間 一番緊張している時間ということですか?
内山 これがよくわかっていないんです。
でも、健康体の人のデータを見るとそうなんですね。
もっとも頭が冴えている時間。
残間 眠る3時間前ですか。朝起きてすぐかと思いました。
内山 朝もそうです。
夜12時から7時まで眠るとして、
一番眠りが深くなるのが午前3時。
それで午前6時に起きて3時間後の午前9時に
一度頭が冴えます。
それで午後3時頃に眠気のピークが一度あり、
寝床に就く3時間前の午後9時が
もっとも頭が冴えている時間です。
これは実験で確かめたのです。

年をとってくると、旦那さんが夜の9時、
10時に寝るという方、いらっしゃいますよね。
でも、そういう方は朝の4時頃に起きてるんです。

ところが奥さんの方は、
それまで12時頃まで起きてたのに、
旦那さんに合わせてどんどん床に入るのを早くしても、
身体が順応していきません。
それで寝つけなくなる。
残間 奥さんはそれまで通り、
12時まで起きてればいいんですね。
内山 ええ。早寝をする必要はないんです。
でも、どこかで皆さん、早寝早起きは
身体に良いと思ってらっしゃるんですよね。

早起きは年をとったことで起きる現象であって、
20代30代の、世の中で一番元気で活発な人は、
朝早く起きるのは苦手ですよ。
朝起きるのが平気になってきたっていうことは、
年を取った証拠なんです。

僕も今、職場に朝一番で行ってますけど、
それは仕事への忠誠心ではなくて、
早く目が覚めるものですから(笑)、
電車が混まないうちに行っているだけのことなのです。
残間 (笑)うーん、なるほどねえ。
自分の身体の状態、自分に必要な睡眠量を
よく見極めるということなんですね。
(続く)