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睡眠8時間 神話はどこから生まれたか

残間 以前、先生にお話を伺った時、
「40過ぎたら7時間以上寝床にいない方がよい」
と言われたのを覚えています。
このことについて少しお話しいただけますか。
内山 これまでに発表された、健康な人の
睡眠時間を脳波を用いて調べた研究について
総まとめをした論文が、2004年に出ました。
もちろん、この中には日本からのデータもはいっています。

健康な人の夜間睡眠時間の
標準にあたるものが出たんですけど、
これが25歳で平均7時間前後、45歳で6時間30分、
65歳で6時間でした。
8時間睡眠が標準なのは14歳でした。
残間 60歳過ぎたら6時間くらいでいいんですね。
日本には昔から
「睡眠8時間神話」というのがありますが。
内山 それは世界中であります。
何で8時間が出てきたかというと、
最初に睡眠時間の研究をしたのは、
産業医学の人たちだったんですね。
眠気で仕事中に事故を起こしてはいけないですから、
前の日に何時間寝ていると午後に眠気をもよおさないか、
という実験をしました。
その時に出てきたのが「8」という数字です。

でもこれ、毎晩続けられるかといったら、
無理がありますよね。健康な大人が毎晩8時間寝るのは。
むしろ毎晩8時間眠っているとしたら、
どこか身体が弱っていると考えた方がいい。
残間 (笑)確かに。
内山 僕のところに外来でいらしている61歳の男性の方ですが、
それまで結構働いてきたので、定年になって、
ゆったり過ごそうと考えたんですね。
それで夜は10時頃に寝て、
朝の7時に起きるようにしました。
10時から7時までと聞くと、
それほど極端ではなさそうですが、考えてみると………
残間 9時間ですか!
内山 ええ。でも9時間は眠れないんです。

定年になると時間が自由になるせいもあって、
生活のサイクルを変えて、このように
寝床で過ごす時間を長くしてしまう人も多いのです。
ただ、これでうまくいかないとすぐに元に戻します。
ところが真面目な人は、これがいいと思うと、
ずっとそれを続けてしまう。
不眠症の元になります。
残間 寝過ぎは不眠症の元。
内山 はい。
9時間眠ることはできないので、
眠り全体が浅くなるか、眠りが分断されます。
それで苦痛になる。

よく不眠症と睡眠不足が一緒くたにされますが、
不眠症の定義は何かというと、
床に入るんですが眠れないで苦しい思いをして、
日中調子が悪いというものです。
それで、一方の睡眠不足というのは、
床の中に入らないこと。

どうしてこれが混同されるかというと、
不眠不休で仕事をする時の"不眠"は、
不眠症の"不眠"ではないんです。
残間 寝床に入らない人なんですね。
要するに寝られないんじゃなくて、寝ない人。
内山 中国語だと"不眠"というのは床に入らないことで、
日本でいう不眠症、つまり医学的な不眠症のことは、
「失眠症」といいます。
ですから身体が眠りを要求している以上に
長く床に入っていても、眠れるわけではない。
今の自分に適正な睡眠時間というのを知っておく、
というのが正しい考え方です。

でもそれが結構難しくて、
特に自分に自信がなくなってくると、
「長く眠った方がいいかな」という
気持ちになるんですね。
僕も年をとってきたんで、よくわかります。
残間 え、自信がないって、どういうことですか?
内山 (笑)昼間なんとなく疲れやすいなあと感じると、
疲れがたまってるんじゃないかと思って、
「いつもより少し長く眠ろうかな」
となりがちなんですね。
でも、疲れた後に睡眠不足を補うために
眠ることはあっても、明日疲れそうだから
前もって眠っておこうというのは、
身体の仕組みからいってできないんですよ。
残間 (笑)そりゃそうです。
内山 そういう悪循環が起こり始めることが、
不眠症の原因になります。

それからちょっとしたストレスで
眠れなかったりすると、多くの人が不眠症を恐れて、
早く床に入ってしまうようになるんですね。
でも、身体が要求している眠りの量は、
前と変わっていないわけです。
余計眠れなくなってしまいます。
残間 床に入っただけで、安らかになると思いがちです。
内山 でも不眠症の人は横になって目をつぶっても眠れなくて、
苦しいわけで、それがまた身体に悪さをするようです。
不眠症の人は高血圧や糖尿病になるリスクが
2〜3倍に高まるというデータがあります。
一方で寝過ぎても、
発症率が高まるというデータもあります。

要は、ほどほどに寝るのがよい、ということですね。
残間 一見、身体が休まるようですが、
横になればいいというものでもないと。
内山 若い人はそう考えないんですけど、
年をとって体力が落ちてくると………
残間 「寝なきゃ」「横にならなくちゃ」と思うんだ。
(続く)