- 残間
- 大垣さんに初めて会ったのは
2000年ぐらいでしょうか。
国交省の委員会でお会いしたんですが、
印象が強烈で「この人は何してる人なんだろう」
と思ったのを覚えています。
それでこういう人とはお近づきにならないと、
と思って後で改めて尋ねて行ったんですよね。
- 大垣
- (笑)怒ってばかりいたから、
目立ったんじゃないですか。
- 残間
- あの頃は、まさか一緒にラジオの番組
やることになろうとは思いませんでした。(笑)
会った頃は確かアクサ生命の専務だったですよね?
今は立命館大学で教える傍ら、
JTI(移住・住みかえ支援機構)の代表理事として、
「マイホーム借上げ制度」を通じて、
住宅資産の有効活用に取り組んでらっしゃいますが、
専門はやはり金融になるのかしら。
大学を出て最初に勤務したのは興銀ですし。
- 大垣
- 金融なんだけど、経済学でも金融工学でもない、
金融“技術”でしょうかね。
- 残間
- 金融技術? そういう領域があるんですか?
- 大垣
- 実はないので、勝手にそういう領域を作ってます。
自動車と同じで、「自動車はなぜ走るか」という
理論だけでは自動車は出来ないわけです。
金融も経済学の人みたいな大所高所の議論や
高等数学中の数理だけでは金融商品にはならないんですね。
たとえば、理論っていうのはですね……
(鞄から書類を取り出す)。
- 残間
- 何ですか、これ? 数式がびっしり並んでますね。
- 大垣
- (笑)理論って、こういう感じなんですよ。
- 残間
- Σとか、いっぱい記号がありますね。
「J地域において原因Kにより引き起こされる地震が、
今後一年以内に強度Yを超えて発生する確率……」って、
これ大垣さんわかるんですか?
- 大垣
- わかりますけど、まあ私も結構つらいです。
とにかく、こんな感じで数式ばかりの話を
延々しゃべれる人がいるんです。
経済学で数学がすごく強い人や、
確率・統計論の人たちがやってます。
これはさっき言った、「自動車は何故走るのか」
というような原理的なことなんですが、
これだけでは金融商品は出来ません。
アインシュタインが原爆作れるはずと言っても、
実際に原爆を作るとなると、
必要になる能力って、また違いますよね。
- 残間
- 科学と科学技術が違うように。
- 大垣
- そう。要するに商品として
売ったり買ったりできる形にしないといけない。
でも金融は形がないから、
そこは主として契約の世界になります。
ですから金融技術のかなりの部分は、
契約の仕組みを作っていく作業です。
それから規制がやたらと厳しい分野なので、
そこをクリアしていかないといけません。
あとは仕組みが上手く回るようなコンピュータシステム。
- 残間
- 理論を現実にあてはめて、自動車を作るみたいに、
金融をエンジニアリングするわけですね。
- 大垣
- そう。それから、数式だらけの“理論”を
扱っている人たちはニーズがあろうがなかろうが
楽しくてやっているんですが(笑)、
これを現実にするにはニーズを考えないといけません。
たとえば住宅ローンを借りて家を建てました。
震災で家が流されてしまいました。
家は流されてもローンは流されないので、どうするか?
国としては「知らないよ」という形になりますね。
家を現金で買う人もいるんですから、
たまたまローンを組んでたからといって
棒引きするわけにはいかない。
「お気の毒だとは思うけど、そういうことはしません」
ということになります。
- でも、起きてしまったことではなくこれからの話として、
災害が起きて家が流されたら、返さなくていいよ、
というローンにはニーズがあるはずです。
もし「うちの住宅ローンは、
災害で家が流されたら返さなくていいですよ」
という銀行が現れたら儲かるかもしれません。
それにはコストの計算をしなくてはいけなくて、
さっきの数式は、日本の地震の頻度を
式にするとどうなりますか、
というのを専門の人に頼んでみたんですね。
- 残間
- 私たちが目にする金融商品には、
そんな過程があるんですね。
- 大垣
- それから、これまでの日本の金融というのは、
アメリカにあるものを持ってくるだけの世界でした。
残間さんと初めて会ったのは、
リバースモーゲージ※に関する委員会でしたが、
リバースモーゲージもアメリカで発明されて
実績があったので、日本でもやれたんです。
リバースモーゲージには、
借り手の長生きリスクもありますし、
不動産価格が下落して担保割れするリスクもあります。
これをどうやって処理するかを考える上で必要になるのが、
さっきの“理論”に基づいた商品設計なんですね。
米国のリバースモーゲージの場合、
何十ページにも及ぶ数理計算がなされています。
※「リバースモーゲージ」
自宅を担保にした金融商品のひとつ。
自宅を抵当に入れて一時金もしくは年金を受け取り、
借り手が死亡した時点で貸し手が家を売却することで
返済される仕組み。生存中の返済がいらないのが特徴。
自宅を保有するが現金が少ないという高齢者世帯が、
自宅を手放さずに資金調達を行う手段。
日本では1981年から都市部の一部自治体で導入されたが、
バブル崩壊で担保割れするケースが多く発生し、
その後は普及していない。
- 残間
- でもどうして、これまではアメリカから
持ってくるだけだったんですか?
日本独自でやる必要がなかったんですか?
- 大垣
- 日本にどういうニーズがあるかとか、
そんなことを考えて日本の銀行は動いてないんです。
日本の金融というのは、まず戦後
「全部やっちゃダメ」というところから始まって、
以来毎年「今年は何をやらせてくれるんですか」
という感じで、ちょっとずつ
「自由化」「解禁」することで新しいものを
「導入」してきました。
- 残間
- なるほど。
- 大垣
- 何かを解禁するという時には、
東大か何かの偉い先生がアメリカに行って、
“出羽の守”になる。
「アメリカ“では”こういうことをやってます。
ついては日本でもやりましょう」
ということになるわけです。
一年前から何をやるかを金融審議会というところで
偉い先生が議論して、それが決まると
全国銀行協会というところで議論して、
どこが先にやるかもへったくれもなくて
「4月1日からですからね」ということになる。
全部やることが決まってて、誰も競争したりしない。
金利等の条件もほぼ横並びで決まってる(笑)。
日本の金融機関に必要だったのは、
まず乗り遅れないように隣がやることを
しっかり調査して、東大の先生に頼んで、
大蔵省にやらせてくださいと言って
解禁・導入させることだったんです。
日本社会のニーズを聞いて、
あるいは仮説を立てて、それを検証して、
理論を組み立てて、技術を開発して、
リスクをとって、マーケティングをして売るという、
メーカーが普通にやってること。
それは日本の銀行にないんですよ。
- 残間
- (笑)
- 大垣
- (笑)あるものを持ってくるだけ。
いまだにそうです。
- 残間
- そこを大垣さんは“金融技術者”として、
いろいろと開発にチャレンジしているわけですね。
(つづく)