▼撮影:岡戸雅樹 ▼デザイン:柳澤篤





三田誠広さんのプロフィール
1948年、大阪生まれ。早稲田大学文学部卒。
1977年、「僕って何」で芥川賞。作品はほかに「いちご同盟」「空海」など。
日本文藝家協会副理事長。日本文藝著作権センター理事長。著作権情報センター理事。
日本点字図書館理事。著作権問題を考える創作者団体協議会議長。

[オフィシャルサイト]
http://www.asahi-net.or.jp/~dp9m-mt/index.htm




残間 三田さんのブログを拝見したら、映画の『マンマミーア』を観て、
アバの音楽が流れて来たところで涙したことを
書かれていましたね。あの映画は面白くて、私も2回観ました。



三田 仕事で悩んでいた時期があったんですが、
ちょうどその時に流行っていたのがアバだったんですね。
映画では冒頭から全編にわたってアバの曲がかかるんですが、
当時の葛藤が思い出されて、最初から泣きっぱなしでした。



残間 その辺のことも少しブログに書いていましたね。



三田 私はこれまでの人生で、大きなピンチが3回ありまして、
まず最初は高校時代に一年間登校拒否になったこと。
この時に『Mの世界』という作品を書いて私のデビュー作になりました。

2度目は大学卒業後、広告会社で嘱託で働きながら、
『僕って何』(77年に芥川賞受賞)を何度も書き直していた時期ですね。
早く作家として身を立てたいと思いながら、
なかなか作品は出版されないし、一方で二人目の子どもが生まれる。
あるタイムリミット内に作家にならないと、
というプレッシャーがありました。




それで3番目が、芥川賞をとって作家になった頃です。
『僕って何』という青春小説で賞をもらったものですから、
青春小説の依頼が殺到したんですね。
それに応えながらも不本意だという思いがありました。
しかし、どういう風に軌道修正をするか、
自分をどう変えていくか分からなくて、そんな中で家には
赤ん坊が二人いて、まあ行き詰まっていたわけですね。
そんな時にFMから流れていたのがアバ。

この最後のピンチが一番大きかったですね。
作品のテーマを青春小説から宗教や歴史に振り向けるまでの数年間、
もう何を書いていいかわからなかった。
でもプレッシャーだけはあるんです。どんどん注文は来るから。
それに応えられないという時代でした。
ちょうどアバが大ヒットしていた時期と重なるんです。



残間 アバの曲は軽快なものが多いですし、
曲そのものではないんですね。
あの頃を思い出してしまう引き金であって。



三田 アバの歌詞って、底抜けにシンプルなんですよ。
そのシンプルな歌詞を理屈抜きに歌ってるところが魅力です。
調子よく行こうよという感じの曲が多いんですが、
それが自分の内部にある暗いものとの対比で、気持ち良い(笑)。

私にとって歌というのは、歌詞じゃなくて和音、
サウンドなんでしょうね。それで映画を観ていて
アバのサウンドが響いた瞬間、
つらい人生がよみがえってしまった。






残間

そんな葛藤を乗り越えて、いま作家として三田さんは、
どんな方向に向かっているんでしょう。



三田 私は最初は、同じ世代の若者のことを書いてきました。
それで40歳を過ぎて、自分がもう若者ではないわけですね。
でも『いちご同盟』という青春小説を書いて、
これは私の作品の中でもっとも売れたんですが、
まだ書けるなとは思ったものの、
これ以上は追いかける気力がなくなっていました。
なぜかというと、時代が面白くないんですね。

私たちの世代というのは、
社会と自分ということを常に考えたわけです。
それは社会の中に自分が溶け込んで
何者かになるというんじゃなくて、坂本龍馬みたいなものですね。
自分が時代を動かすんだ、この国を作っていくんだという意識。
我々の世代の若い頃というのは、チラリとでもそう考えたわけです。
そうやってビジョンを語りあうのが青春でした。

ところが私たちの息子世代になると、
そういう夢が語れなくなるんですね。
何かになりたい、やりたいということはあるんだけど、
それは個人的なビジョンでしかない。
それは小説のテーマとしては全く面白くないんです。

そういうわけで、持統天皇や桓武天皇のことを書き始めて、
空海に行き当たり、日蓮、西行と書き進めてきました。
別に仏教的なものに、こだわりがあるわけでもないんですけどね。

やっぱり私は、時代を変えるような
大きなビジョンを持って努力する若者が好きなんですよ。
空海や日蓮もそうですが、世界の中でポツンと生きている個人が、
世界と関わりながら自分をどう大きくしていくか、
ということが私の小説のテーマなんでしょうね。
多分、堺屋太一さんの本を書いたのも、
堺屋さんの中にそういう要素があったので、
興味を引かれたんだと思います。






残間

若者や時代の変化という話が出ましたが、
彼らを中心に進んでいる"活字離れ"についてはいかがでしょう。
作家としては気になるところだと思いますが。



三田 教養主義が完全に崩壊しましたよね。
私らの世代くらいまでは、教養がないこと、知らないことは
恥ずかしいことだったんですが、今の人はちっとも恥ずかしくないんです。
だから文学全集とか全然売れないそうです。



残間 そういえば、昔はどこの家にもありましたよね。
私の家はけっして豊かではありませんでしたが、
日本文学全集と世界文学全集は棚に並んでいました。



三田 文学が広く一般の人を引きつけた時代というのは終わりました。
文学は今ではいろんな楽しみの中のone of themになりましたね。
何しろ文学が隆盛を誇った19世紀は、
映画もインターネットもなかったんですから。
でも、今も大学の文学部に来る若者はいるんです。
以前と較べて衰退するでしょうが、残ってはいくでしょうね。

ただ、教養があると年をとってから便利なんですよ。
いろんなテーマで人と話をしているだけで面白いから、
ビール一杯でたっぷり楽しめます。
教養がないとパチンコとか、お金を使うしかない。

(続く)