残間 お書きになった
『成熟日本への進路--「成長論」から「分配論」へ』
読みました。
これからの国のヴィジョンを
「国民の誰もが医・食・住を保証される国作り」と定めて、
そのための経済政策、税制改革、産業構造のシフト、
そしてそれを実現する上で必要となる官僚組織の改革まで、
相変わらずの明快な理論構築で、
非常にわかりやすく頭に入ってきます。
もう波頭さんに官邸に入ってもらうしかないかしら、
と思ってしまいました。
まあ、そうは簡単にはいかないんでしょうけど。



波頭 実は鳩山さんが民主党の代表となって、
もうすぐ政権をとるのでは、という頃、
実際に会っていただいてこの本に書いたようなことを
お伝えしたことがあります。
成長戦略ではなく、これからは所得をどう分配していくかだ、
という話も、鳩山さんは極めて善意で政治を考える方ですから、
すぐに「うん、確かにそうだよね」という感じで
納得されていましたね。
実際、09年のマニフェストの内容は、
割とこの本に近かったと思います。



残間 でも、この成長から成熟へという大きな発想の転換を、
誰が言うかが問題ですよね。
鳩山さんではない気がしますし、菅さんも………。
波頭さんが官邸にいたとしても、
なかなか難しそうですね。

ただ「成熟」という言葉は、
数年前から政府のいろんな委員会で聞くんですが、
それは成長って言えないんで言ってるんで、
波頭さんが本の中で書いているのとは、
意味が違うんですよね。



波頭 違いますね。



残間 成長が止まったとは言いたくないし、
ましてや下降してるなんて絶対言いたくない。
中国がお金持ちになっても、
「個人の所得は日本の10分の1ですからね」というのを
慰めにしてるんですから。
それで私が「じゃあ、低成長時代に入ったと言ったら
どうでしょう」と言うと、だいたい嫌な顔をされます。
つまり「成熟社会」という言葉を、
ごまかしのように使っていたんですが、
波頭さんが言っているのは、本当にこの国自体が……



波頭 新しいステージに入ったということです。
そして、「高成長が善で、低成長は悪」という
観念からの卒業です。






残間 そう。でも、「もう成長は終わり」ということを
認めるのは、かなり抵抗があるようなんです。
波頭さんの本でも、最初の方でこれでもかという感じで、
もう日本が成長しないことを検証していましたね。
やっぱり、みんなあれくらいしつこい説明が必要なくらい
リアリティがないんでしょうか?



波頭 頭ではある程度分かっても、
固定観念としてしみついていて気持ちが拒む感じですね。



残間 経済界も?



波頭 経財界はわかっていると思います。
ただマクロとしてはそうだとしても、
企業というのは成長が止まった途端に、
回転を失ったコマのように倒れますから、
成長を志向するしかない、ということになる。
それでみんな、海外に出て行く。

マクロとして考えるなら、成長はないんですから、
目先の効果しかない景気対策なんて、
もうやめればいいんです。
貴重な財源の無駄使いです。
雇用対策なら、直接国民に金を渡した方が
よっぽど合理的です。



残間 波頭さんは
「国民の誰もが医・食・住を保証される国作り」という
ビジョンのもと、それを実現するための
財源まで具体的に提示しています。

医療費が無料。
そして失職しても一人当たり月に10万円ほどの
ベーシックインカムを保証すれば、
たとえ税負担が大きくても国民は安心できるし、
幸せを感じられると。
そして、その一方では、
産業構造のシフトや教育への投資などで、
国の生産性を高めていくという論調なんですが、
これってデンマークというか、
北欧みたいな社会ですよね。

最近、「デンマークになろう」と言う人が
私の周りでも増えているんですが、
まさか波頭さんまでとは………。
波頭さんといえば、自由経済や、
あまりいい言葉ではないですが、「自己責任」ということを
大事にしているイメージがあったものですから、
ちょっと意外でした。
何かご自分の中で変化でもあったんでしょうか。






波頭 自分が変わったという意識はあまりないです。
僕が基本スタンスとして心がけているのは、
「最大多数の最大幸福」を目指して、
その実現の方法論を探るということです。
成長が不可能な社会であれば、
当然成長フェーズとは異なったやり方が
必要だと考えるわけです。

それに僕は自分の"思い"とか"好み"には、
あまりこだわらないようにしています。
経営コンサルタントをやっていてもそうです。
よくマーケッターの方が、
「自分が欲しいと思うものを作れ」とか言いますが、
僕の場合は「自分の趣味志向にとらわれるのではなく、
世の中の多くの人が欲しがるものを作りなさい」という立場です。
結果を求めるのであれば、自分の好き嫌いや感性から
離れた方がうまくいくという立場です。



残間 そこは私がプロデューサーをやる時と、
ちょっと違いますね。
私の場合は先に自分の"思い入れ"がないと、
自分の言葉に説得力が出ないので、
世間のニーズとどう折り合いをつけるかを、
何とか考えますね。



波頭 自由経済、自己責任云々に関しても、
かつては自助努力をする者の足を引っ張る社会でしたから、
そこは規制緩和しなくてはいけないと言っていました。
そうしないと全体のパイが広がらない。



残間 ご自身は基本的には変わっていないと?



波頭 以前よりは社会的弱者へのシンパシーが
強まった気はします。
経済が成長している時代は、強者が大きな成果を出せば、
その恩恵は弱者にも及びましたけど、
今はそうはないらないですからね。
弱者がどんどん追いつめられていく。
それでは世の中がおかしくなってしまいます。

後は………、若い頃よりは、
見えている世の中が広がったかな(笑)。



残間 では、その若い頃の話を少しお聞きしましょうか。
どんな風に波頭さんみたいに頭のいい人が出来上がったのか、
私は大いに興味がありますので。
なんでも小さい頃は、
周りからは孤立していたそうですね。




(つづく)