- 残間
- ようこそお出で下さいました。
今日はとても楽しみにしていました。
安藤さんはお忙しいので、こういう場でも作らないと、
なかなかゆっくり話せませんので。
- 安藤
- こちらこそ、よろしくお願いします。
- 残間
-
今年でテレビ報道の世界に入って
34年になるそうですね。
- 安藤
- そうらしいですね。(笑)
人から言われて気づいたんですが、
フジテレビと契約してからでも、
今年で25年になるそうです。
- 残間
- しかも局アナを経験せず、
ずっとフリーランスですからね。すごいキャリアですよ。
最初にテレビ朝日に出ていた頃は、
まだ学生だったんですよね。
渋谷のパルコでエレベーターガールのバイト中に
スカウトされたというのは、本当なんですか?
- 安藤
- 本当です。派手な制服を着てやってました。
3台エレベーターがあったんですが、
当時はコンピューター制御なんかありませんでしたから、
1台が上の方にいる時はもう1台は
下の方にいなくちゃならなくて、
残りは真ん中あたりにいるようにやってましたね。
時おり外に出て他のエレベーターの位置を確認して。
- 残間
- 意外ですね、
どうしてエレベーターガールを選んだんですか?
- 安藤
- 時給が良かったんです。
当時で一日4,500円。
お金を貯めて留学しようと思ってました。
- 残間
- 留学は高校の時になさってますよね。アメリカに。
- 安藤
-
ええ、本当はそのまま
アメリカの大学に行きたかったんです。
入学試験も受かっていましたし、
奨学金ももらえることになっていました。
でも親が、特に母親が大反対したんです。
どうしても行くなら、
アメリカ人になってしまいなさいと言われまして。
要するに縁を切っていけと。
当時は“アメリカナイズ”という言葉が、
とても否定的に取られる時代で、親たちにしてみれば、
“アメリカかぶれ”に近かったと思います。
- 残間
- やっぱり戦争を経験した世代ですからね。
- 安藤
- 高校時代の留学の時も大変だったんです。
隠れて留学生試験を受けて、
途中までは保護者面接には姉に行ってもらってたんですが、
最後にどうしても親が出なくてはならなくなって。
「実は‥‥」と切り出したら、
隠していたこともあって激怒されました。
まるで隠れて悪事を働いていたような感じでしたね。
最終的には応援してくれましたけど。

- 残間
- 高校時代のアメリカ留学については、
本にもお書きになってますが
(『あの娘は英語がしゃべれない』)、
実際どういう感じだったんですか。
1970年代ですよね。
- 安藤
- やっぱり私の人生ですごく大きかったと思います。
同期の留学生は40数人いて、
サンフランシスコにいったん全員集合するんですが、
その先は全米各地の留学先に
一人で行かなくちゃいけないんです。
私はデトロイトでした。
- 残間
- 当時だと、高校生で一人で
アメリカ留学というのは、心細くなかったですか?
- 安藤
-
今みたいに気軽に留学なんかできない時代ですからね。
もう一世一代というか、“洋行”という感じですよ。
実際、私たちの前の世代は、
二十日間かけて船で行ってましたから。
でも、ドキドキはしてましたけど、
ワクワクもしていましたね。
それでデトロイト行きの国内線に乗り換えたんですが、
ここからは正真正銘の一人です。
当たり前ですが、周りは全部外国人だし、
みんな英語だし、スチュワーデスさんは怖いし。
実は私、その機内でスチュワーデスのお姉さんに、
服の上にコーヒーをこぼされたんです。
それもポットごと。まず熱いわけですよ。
スチュワーデスさんもびっくりして、
「Are you all right?」って聞くんです。
それで私、「I'm OK」って言ったつもりなんですけど、
するとスチュワーデスさんはダーッとキャビンに走っていって、
「She doesn't speak English」って言ったんです。
「彼女は英語がしゃべれない!」って言われて、
えーっ、私しゃべってるのに!
- 残間
- そうかそうか、
それが本のタイトルになったんでしたよね。
ずいぶん前に読んだものですから。
- 安藤
- 熱かったけど、気を使って私は一生懸命、
大丈夫って言ってるのに、彼女は同僚に向かって
「She does't speak English」って叫んでるんですよ。
「英語がしゃべれないから、どうしよう!」という感じで。
コーヒーの熱さより、よっぽどショックだったですね。
そうか、私は英語がしゃべれないんだと。

- 残間
- 勉強して、難関の留学生試験に受かったのに。
- 安藤
- 本当にヘコみました。
あれは私の、その後のすべての原体験になりましたね。
- 残間
- いろんな意味で。
- 安藤
- もう、とことん鼻をへし折られました。
- 残間
- 自分が思うほどには、自分はできないんだと
思い知るのは、その時はショックでしょうけど、
今みたいな仕事をする上では良かったんじゃないですか。
- 安藤
- 確かに良かったですよ。
私、あのまま行ってたら、
鼻持ちならなかったと思います。
何か留学生試験受けたら受かっちゃって、
意気揚々と行ってたら。
- 残間
- 火傷は?
- 安藤
- ちょっとはしましたけど、それよりも、
その時に私が着ていたのは、母が頑張って買ってくれた、
真っ白いワンピースだったんですよ。
一世一代のご洋行ですから。そこにコーヒー。
- 残間
- まあ‥‥。
- 安藤
- 航空会社はクリーニングのチケットをくれて、
たいへん丁寧な口調で着いたらこれを使ってくれ
みたいなことを言ってましたが、ずっと黙ってました。
何しろ私は「英語が話せない」んですから(笑)。
それでデトロイトに着いたんですが、
また空港で一悶着あるわけです。
迎えに来てるはずのホームステイ先の
ホストファミリーが、どこにもいないんです。
大きなサムソナイトのトランクを二つ持って、
ドロドロのワンピースを着た女の子が一人。
- 残間
- (笑)‥‥失礼。

- 安藤
- 本当にこれ、笑うところですよね。
自分でも笑っちゃいます。
それから空港のロビーで3時間ですよ。一人で待ちました。
ホストファミリーが到着時刻を間違ったんですね。
その時の心細さって、たとえようがないですよ。
電話をかけようにも、かけ方がわからない。
どこに何セント入れていいかもわからないし、
番号もわからないし、それでワンピースはドロドロ。
どうしようと思いました。
- 残間
- 確かにその3時間は長いですねえ。
- 安藤
- ひどい状況ですよね。
私、デトロイト空港の絨毯の
シミになりたいと思いましたもの。
- 残間
- (笑)ワンピースはもうシミだらけだし。
- 安藤
- (笑)本当に消えてなくなりたいと思いましたね。
すると写真で見たことのある
ホストファミリーがやって来たんです。
向こうも驚いたんじゃないですか。
ドロドロのワンピースを着た女の子が
駆け寄って来たんですから。
それで私、ジョイスというお母さんに飛びついて、
大泣きしたんですよ。
向こうも持ってたクリーニングのチケットを見て
察したようですが、衝撃的な出会いでしたね。
空港には夫妻と私と同い年の娘と下の弟も来ていたんですが、
みんな一生忘れないって言ってました。
- 残間
- なるほどねえ‥‥、
あまりに劇的な異文化との出会いというか、
その後にも大きな影響があったんじゃないですか。
- 安藤
- もうあまりに追いつめられて、
真っ裸になってしまったんですね。
だから一気にハードルが取り払われてしまったんです。
ホストファミリーとの間柄も。
留学前の研修では、ホストファミリーと最初に会ったら、
「How do you do」と言うこと、とか習ってたんですが、
いきなり首根っこに飛びついてワーワー泣いたわけですから。
それが私の最初のアメリカ体験でしたね。

- 残間
- 私はあの本は(『あの娘は英語がしゃべれない』)
留学記として読んでましたから、
何となく痛快な印象があったんですが、
ご本人の口から聞くと、だいぶ違いますね。
でも、やっていけるという
自信にもつながったんじゃないですか。
- 安藤
- すごくサバイバル能力がつきました。
その後、テレビの仕事をするようになって、
けっこう海外の過酷なところにも行きましたけど、
スケジュールの関係上、ほとんど一人で行ってたんですよ。
スタッフとは現地集合にして。
ポーランドやソビエト連邦とか、乗り継いで行くんですけど、
ため息をつきたくなる時があるじゃないですか。
荷物が出て来ないこともあるし、
英語なんか通じるとは限らないし。
たとえば中東のアブダビで、
一人で乗り継ぎを待ってたりするわけです。
二十歳そこそこの女の子が、
普通、そんなこと考えられないじゃないですか。
つい「どうして私、アブダビなんかにいるんだろう」と
思いがちになるんですが、デトロイト空港の経験があるので、
「まあ、なんとかなるだろう」と思えちゃうんですよ。
- 残間
- そういう経験をすると、
完全に外国アレルギーになるか、
安藤さんみたいにどこに行っても生きていけると
度胸がつくか、どちらかでしょうね。
- 安藤
- 私の場合は、16歳という年齢も
関係したかもしれませんね。
16歳って乾いたスポンジみたいに、
何でも吸収するじゃないですか。
だからアメリカのいいところも悪いところも、
同時に吸収するわけですよ。
母が恐れていたアメリカかぶれ的なものも、
もちろん吸収したし、アメリカ人になりたくてなりたくて、
どうしようもない時期もありましたから。
- 残間
- 安藤さんでもアメリカ人になりたかったんですか?
(つづく)