9/7(火)楽しかったwillbe交流会、そして.........。

icon_zamma.jpg9月7日(火)26時03分

朝9時に断食道場を出て、
お昼過ぎに帰京した。

いったん家に帰り、
着替えてから会社に行き、
東京での会議に出るため、
1泊2日のハードスケジュールで帰国していた、
上海万博・産業館の秋岡館長とお会いした。

上海万博も10月末で終わるので、
是非観に来て欲しいとの話なのだが、
9月、10月は毎週のように、
「club willbe」の主催イベントがあって、
即答は出来なかった。

昔は、
カナダの万博にも出かけたし、
セビリアやハノーバの万博にも行ったし、
日本国内の地方博はほとんど全て観ていたのに、
愛知万博の招致プロデューサーをして以来、
「博覧会」という形式のイベントに、
思うところがあって足が遠のいていた。

もっとも国際博覧会は「登録博」という総合博と、
「花と緑の博覧会」や「科学万博」などの、
「認定博」にに分けられており、
大規模な「登録博」は5年に一度と決められているので、
愛知万博のあとの「登録博」は、
上海万博になるのである。

秋岡さんの話によれば、
10月は駆け込み入場者が多くなりそうで、
入場制限が予想されるとか。
会期は残り55日。
出来るだけ行きたいのだが.........。


♥〜♥〜♥〜さてさて、
今日は待望の「willbe交流会」が、
東京・青山の「シェ松尾・青山サロン」で開催された。

今回は抽選で選ばせていただいた65人が参加、
willbeイベントに初参加の方が約半数で、
岡山から飛行機で来てくれた30代の男性もいれば、
信州茅山からお見えになった女性もいた。

いつもながらお一人お一人、
素敵な生き方をしていて、大いに励まされた。
(この模様は、今日がイベントプロデューサーの、
デビュー戦となったイリエからレポートさせますので、
しばしお待ち下さい)


スタッフに食事をさせて帰宅したのが23時。
人の家に電話をするにははばかれる時間だったが、
交流会に行く前から気になっていたことがあって、
恐る恐る電話をかけた。

3年前の7月、
51歳で亡くなったコピーライターの男性がいる。
食道に癌が見つかった時は、
既に手術が出来ない状態になっていたようで、
ある有名な大病院の先生から、
「僕には手術をする自信がありません」と、断られ、
いつも何事に動じない人が、
茫然自失のあとで思い出したのが、
私のことだったらしいのだ。

ある日「ガーン!」という件名のメールが届き、
「日頃そんなに親しくしているわけでもないのに、
このようなお願いは出来ないのですが、
顔の広い残間さんなら、
こんな僕でも誰か診てくれる先生を、
御存知ないかと思いまして.........」

特に親しい間柄というのではなかったのだが、
時々仕事をしていて気が合っていたので、
出来るだけのことはしたいと思い、
お医者さんを紹介し、
余名半年と言われていたのが、
1年以上も頑張って(途中抗がん剤と放射線治療がうまくいって、
奇跡的に癌細胞が消えて、快気祝いまでしたのだが)
それでも結局、
2007年の7月に亡くなってしまったのだった。

亡くなったあとで見たら、
彼とやり取りをしたメールが230通余りあり、
大半は病と向き合っている自分の気持ちを綴っていたのだが、
中には当時病気療養中の父に、
自分の病気を何と告げたらいいかと悩む姿や、
無私で育ててくれた母を思う気持ちや、
仕事が出来ない悲しみを、
コピーラーターらしい端正な文章で書いていたので、
彼の最後の姿を北九州に住む御両親に、
お知らせしたいと思い、
簡単に編集をしてお送りしたところ、
とても喜んでくださったのである。

とりわけお母さんは、
「東京の大学に行ったきり、時々しか会えませんでしたし、
最期の最期、あの子がどんなことを考えていたのか、
ようやく知ることが出来ました」と、
とても喜んでくださって、
以来、時々電話をしたり、手紙のやりとりをしたりしながら、
息子さんの思い出話などをしていたのである。

毎年、今ごろの季節になると、
手作りの柚子胡椒を送ってくださり、
お礼の電話を入れては近況を伺っていたのだが、
今年はつい2週間ほど前に、
いつもより沢山の柚子胡椒が届き、
しかもいつも同封されている、
お母さんからの手紙が入っていない上に、
送りに主がお父さんの名前だったので、
「あれっ?」と思っていたのである。

たまたま仕事が重なっていて、
気がつくと深夜という日が続き、
なかなか電話が出来なかったので、
数日後、手紙でお礼状を出したのだった。

断食道場から帰って、ポストを見たら、
手紙が届いていたので、
その返事が来たのだなと思って開封したところ、
(やはりお父さんからの手紙だったので、
またもや少し変だなとは思ったのだが.........)
お母さんが7月末、
亡くなったとのお報せだったのである。

深夜に近い時間に電話をした先は、
静岡県に住む彼のお姉さんのお宅だったのである。

「母は弟をとても可愛がっていましたからね。
あの子が亡くなってからの母は、
それまでシャキシャキしていた人だったのに、
生きているとは言えない感じでした。
弟が亡くなった同じ月に逝ってしまったのも、
そんな母の思いがどこかで繋がっていたように思います。
今ごろはきっと天国であの子と再会しているでしょう。
.........母は一度でいいから残間さんと会って、
直接弟の話をしたいと、
そればかりを楽しみにしていました。
弟の仏壇には残間さんからの手紙が添えられていて、
母は毎日手を合わせていたんですよ」

福岡で私の講演があった時、
「来たい」と言ってくださったのに、
わざわざでは申し訳ないからと思い、
「今度、私の方からそちらに伺いますから」と、
言ってしまったことが、
今更ながらとても悔やまれた。

.........毎夜、家に帰る度に、
マンションの玄関前から夜空を見上げる癖があって、
亡くなった私の父とナカヤマの父、
ずっと「同志」だった愛猫ジェリクル、
筑紫さんや草柳文恵さんや頼近美津子さんなど友人たち、
そして最後は必ず田島さんというそのコピーライターの名前を、
心の中で唱え、
「明日も頑張るから応援していてね」と、
語りかけているのだが、
明日の夜からは、
田島さんと並んで私を見ていてくれるだろう、
お母さんにも語りかけるつもりだ。


今年も私に送るようにと言伝てしてくれて、
親戚のおばあさんに作って貰ったという柚子胡椒、
大切にいただこうと思う。

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コメント(9)

雨の東京です。

人は、大切だった今は亡き人の想い出に励まされて生きているんだなあと、つくづく思います。

その人の笑顔を、言葉を想い出す度に、心の芯が暖かくなって、ようし!と思う。

青空にせよ、星空にせよ。空を見上げる時には、雲や星に、自分の心を読んでいるのでしょうか。

久しぶりの雨で、何だか感傷的になってしまいました。
ガラにもなく…笑。

初参加でしたが、アクティブにいろいろ活躍されている皆さんを見て、とても参考になりました。(ステージでは残間さん・参加者のどちらを見て話す方がいいのかとっさの判断がつかず、大変ご無礼致しました?ォ)
◆コピーライターのお母さまの件ですが、わたくしも介護していた父に同じ様な経験をしました。結果的には今でも後悔の念にかられることがあり、目が潤みます。完璧の人生なんてないに等しいですが、努力はできるはずです。クラブで『介護』関連のことがありましたら、是非お手伝いさせていただければ幸いです!

いつもランチタイムのお楽しみのblogです。

今日は泣いちゃった。

いつか・・・ではなく、会いたい人には
会えるうちに会っておかなくちゃ、だめですね!
言いたいことも、言っておかなくちゃ!

そして自分がやりたいことも
先延ばしにせず取り組まなくては!です。

最後の別れ
「よっしーな」さんの言われるように、会いたい人には会えるうちに会っておかなくちゃ駄目ですね。
 私の44年来の友達が今年の5月にがんで亡くなりました。2年くらい前に電話で話したのが最後になってしまいました。
 
 最初のがんの治療が済んで職場復帰した後、再発の心配のある時に、病院にひとりで行って、両肺に転移していると告げられた後すぐに、その場で自分で会社に電話して、退職のむねを伝え、その後両親に電話で、最後の日々は両親と3人で過ごしたいとお願いをしたそうです。

 彼女の死後、ご自宅に伺ってご両親にお話をお聞きしたのですが、最後の2年間は精力的に海外旅行に両親と出かけたそうです。最初に企画した旅行が南極というのも彼女らしいと、そう思いました。一緒に旅行した様々なエピソードをなつかしく話してくださいました。

 8月にお父様から手紙をいただいてびっくりしたことがあります。彼女はがんの告知を受けた6年前のその日に「LIVING WILL」を(尊厳死の宣言書とでも訳すのでしょうか)自筆で作成していたようです。

 延命措置の辞退、残されたひとたちへの気遣い等書かれていたようです。自分がその状態になった時にそこまで気丈にふるまえるかどうか自信がありません。

 残間さんのブログを読ませていただいて胸がつまりました。

地位や名誉、富は大事ではあるけれど、あの世へは何ひとつ持っては行けない。 死ぬときは、人生への達成感と、いい人生だったと言って死ねたら本望です。生きるとは本当に大変で、思いのままにならないことの方が多いですね。 わが身も思い通りにならないのに、ましてや、他人が思い通りにならないのは当然で。。 姉を35歳で亡くした時、死生観が大きく変わりました。 本当に大切なものは何だろうとか、物事の優先順位をいつも考えるようになり、何か(誰かに)に依存せず、独りを愉しめる術を身に付け、これからも穏やかに生きられたらいいなと思います。 もしかして、生きてることは奇跡なのかも知れませんね。
残間さんにとって、ブログ更新が負担にならず、一日の振り返りに心の糧となっていれば嬉しいです。

昨日は交流会に参加させていただきありがとうございました!沢山の人とお友達になれるチャンスだったのに、私のご一緒させていただいたテーブルのみなさんとことのほか盛り上がってしまい、気がついたらお開きの時間でした。
みなさん素晴らしい方ばかり集まられているウィルビーは本当に素晴らしいですね♪残間さんの呼びかけの元に集まられてきた人たちですから志が高いのでしょうね。私もそんな中に加えてもらえて幸せです。私のモットーは「真心」。真心を広めさせていただきます。真心は偽りのないまことの心(赤心)という意味ですが、具体的に出来るものは「いつもニコニコ笑顔をもって心きれいなやさしい心」だと信じ日夜行動しています。真心の和がどんどん広がった日本を想像するだけで「龍馬」の気持ちになります
50を超えた今、ビジネスではない本当の仕事をしていく時ウィルビーにであえたのは奇跡です!これからも出来ることからコツコツと積極的に参加したいと思いますのでよろしくお願いします。和が店イチロータもウィルビーの玉利場になれたらいいなぁ~

失礼しました。私の真心は「いつもニコニコ笑顔をもってこころきれいなやさしい生き方」でした!

余命…をご本人から打ち明けられた時から、その方との接し方が……今私の悩んで居ることです。その方のお気持ちを想うと…どんな言葉も傷つけるのではと……考えた末にその方と過ごした楽しかった、又は悲しかった事も含めた、想い出を書き綴る事でした。出来るだけ彼女から受けて私が感謝した事などなど…それと元気だった頃望んでいた?できる限り叶えてあげたい!時には傍目には無謀に映る事も有りましたが、出来る時にしていて良かったと、私なりに納得しています(納得しようと)。現に宣告されてから8ヶ月経った今も、この夏の暑さにも耐え抜いています!医学の力に…気力楽しい気持ちが加わったのでしょうか!!ただ…自分の近況は、悪いような気がし出来なくなりました。どうしたら良いか、迷っています。遠く離れておりますのでお見舞いに伺えないうちに、いまは静かに祈るだけです。私の年齢になりますと…多いのです。肉親の場合とはまた違った辛さです。

交流会に参加された皆さま。素敵な出逢いはありましたでしょうか?

私は今、時間の余裕がなくて、なかなか参加できませんが、来年あたりから参加させていただきたいと考えております。


私の個人的な経験なので、他の人に参考になるかどうか分かりませんが、私は永年の経験から、
「自分の第一印象は、あてにならない!」
ということを学んできました。


第一印象で「この人とは合う」と思った人は、時がたつと、実はそうでもなくて、疎遠になったりします。

逆に、第一印象で「この人は苦手だ。自分のタイプじゃない」と感じた人ほど、時がたつにつれ、その人の味が分かってきて、自分にとって大事な人になっていたりします。


というような経験が何度もあったので、初対面の人の第一印象がいいと感じると、
「いや待てよ。本当にそうか?」
と疑ってかかり、

第一印象が悪い人に会った場合は、「ひょっとしたら、将来大事な人になっているかもしれない。」
と、おそるおそる見守っています。

人間とは奥深く、どこでどんなご縁があるか分からないものですね。

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フォトアルバム

2月5日(日)

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3時間ほど煮込んだ蕗。

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白菜漬けと糠漬け。

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昭和の香りが漂う「乙女美容院」(鏡の中は母)

2月4日(土)

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「挨拶人形」を見るナカヤマ。

2月3日(金)

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「仙台の夕べ」にて。

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風評被害にも負けず。仙台の美味しい食材が並んでいた。

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サントリーホールの入口で出迎えてくれた、宮城県の観光PRキャラクター「むすび丸」

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深夜の「独り豆まき」



2月1日(水)

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青山の女性占い師。



1月30日(月)

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こんなに美しい富士山が、爆発の怖れ?



1月29日(日)

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銀座の歩行者天国で。ちょっと可哀そう・・・。



1月28日(土)

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椿山荘「オリオン2」で開催した、クラブ・ウィルビー創立三周年記念「ウィルビー新春の集い」

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初めにご挨拶をしてくださった、寺島実郎さん。

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夜の便でパリへ旅立つという、隈研吾さん。

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乾杯のご発声は、安藤優子さんと萬田久子さんのお二人に。

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浮き球△ベースボールの創設者でもある、椎名誠さん。

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メンバーと談笑する藤田宜永さん。



1月25日(水)

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今年で41回目の開催となった「フジサンケイグループ広告大賞」の審査会。

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審査委員の漫画家・弘兼憲史さんとクリエイティブディレクター・箭内道彦さん。



1月24日(火)

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



1月19日(木)

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「第四回ウィルビーおとな塾」の講師、秋岡榮子さん。



1月16日(月)

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こんな葉書が届きます。表面。

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裏面。



1月15日(日)

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グラウンドに到着すると、丁度ナカヤマが打席に。

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真剣に練習に打ち込む「南青山ぼちぼち団」のメンバー。

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フジタさんが沖縄の伊江島で拾ってきた浮き球を手に持つアライさん。

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練習後、メンバー全員でグラウンド整備。

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自主練に参加したメンバーの皆さんと記念写真。



1月14日(土)

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東京・青山の片隅で、寒さに負けずに咲いていた水仙の花。

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毎年この季節お馴染の、石焼いものおじさん。



1月9日(月)

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「ご心配をおかけして申し訳ありません。左側を打ったのですが、大分よくなりました。今年は年女なので頑張ります!」(母より)



1月5日(木)

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石原プロモーションの「新春仕事始め寿ぎの儀」。

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新年の挨拶をするまき子夫人。



1月3日(火)

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赤坂見附の交差点には、白梅が咲いていた。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。