3/30(火)盛りだくさんの旅でした。(長いブログですみません)

icon_zamma.jpg3月30日(火)23時56分

夕方の便で帰京。
出かけてからまだ58時間しか経っていないなんて、
信じられないくらい長い時間が流れた感じがする。
「一日」という時間がかくも長く、
かくも濃密だったなんて.........。
いや、いや、そんな格好のいいものではなくて、
う~ん、なんと言うか、
時間の巡りが遅くて、速くて、
ジグザグに進んでいる感じなのである。

何分にも94歳の母を連れての旅なので、
一つ一つの行動に時間をかけているので、
アイテム一つをこなすのはゆっくりなのだが、
同時に猛スピードで年をとっている母を実感することが多く、
(毎日同じ屋根の下にいるとはいうものの、
連続して見ているわけではないので)
「時間」と「年齢」の関係を、
よりリアルに感じる機会にもなった。

.........さて、さて、
旅それ自体はと言えば、
2日目も母をモデルにしての、
「撮影旅行」が主軸だった。

1日目の「兼六園」がどしゃ降りだったので、
残念に思っていたら、
2日目は朝起きたら晴天だったので、
朝食後、再び「兼六園」に行くことにした。
この日は前日とは別の門から入り梅園を一周した。
(これで「兼六園」の三分の二は見たことになる)
白梅、紅梅、老梅.........さまざまな梅を見ながら、
さまざまな梅の前で写真を撮った。

小一時間歩くと、
前日は雨音で消されていて、
気がつかなかったのかもしれないのだが、
母がハアハア、ゼイゼイ、
肩で息をしているのに驚いた。

急ぎ、
ホテルに戻って、
部屋で落ち着かせて、
12時半に迎えに来てくれるタクシーを待った。

この間、もう使わないであろう品々や、
撮影済でもう着ないであろう母の洋服を、
宅急便で東京に送った。
(事前に東京から送った荷物だけでは、
「足りない」というので、
もう一つ手荷物で持って来たのだが、
こんなに荷物があったのでは、
和倉温泉までの移動が困難なので、
前段の荷物を送ることにしたのである)

総支配人が「御挨拶を」というので名刺交換をし、
せっかくなので(「せっかくなので」は我が家の家訓)
「club willbe」のPRをして、
待っていてくれたタクシーに乗り込んだ。

このタクシーの運転手さんは、
過日福井県の勝山に行った時、
(椎名誠さんとの共催企画「左義長まつり」)
帰途、小松駅で乗った運転手さんが感じのいい人だったので、
ナカヤマが「ザンマは来月もこちらに来るんだけど.........」と言って、
値段の「格安交渉」を成立させて、
お願いしたコバヤシさんという人だ。
(既に書き込みをして下さっているが)

そのまま和倉温泉に行けば、
1時間半くらいで着くのだが、
ナカヤマの言う通りだと(格安すぎて)
ちょっと悪いような気がしたので、
道中、少し回り道をして貰うことにした。

金沢から能登有料道路に入ると、
途中に千里浜(ちりはま)という海岸があり、
そこに「なぎさドライブウェイ」という道があるのだが、
この道は砂浜を車で通行していいという場所なのである。
(海水浴場の砂浜を車で走り抜けるイメージ)

ここで珍しく母娘ツーショツト写真を撮り、
次は七尾フィッシャーマンズワーフへ。
う~ん、気持ちが判るけど、
これを「フィッシャーマンズワーフ」って言うのはねぇ.........。
ともあれ、そこでかけうどんと烏賊焼きを食べて、
(結構美味しいかった)
いざ、七尾市の和倉温泉へ。

和倉温泉には「加賀屋」という、
有名大型旅館(グループ)があるのだが、
あまりに大きな施設なので、
母と私のスケール感には合わないような気がして、
今回は五つ星旅館として評判のいい、
「多田屋」にした。

約2時間半のドライブを終えて、
宿に着くや、
母は「気持ちが悪い、フラフラする」と言って、
迎えに出てくれた仲居さんに倒れ掛かったのである。

道中、母は景色をチラッと見ると、
すぐにノートに目を移し、
一心不乱にメモをとっていたので、
「走る車の中で、字を書くと気持ち悪くなるわよ」と、
再三注意したのだが、
「大丈夫よ。昔からこうしているんだから」と、
怒ったように言うので、
仕方なく自由にさせていたのだが、
下を向いてあれだけ集中していたのだから、
多分車酔いをしたのだろう。

それにしても、
どうしてあんなにメモばかりとるのだろう。
写真とメモ。
どちらも「記録」ではないか。
生の体験を記憶しておいたほうが、
よっぽどいいように思うのだが.........。

それで、思い出したのだが、
昔、私がまだ20代の頃、
ロシア(当時はソ連)に旅した時、
私と数人の女性を除くと、
60代、70代のお医者さんや学校の先生が多かったのだが、
ほとんど全員がメモばかりとっていた。
今、目の前に広がる景色や人の営みを見聞すればいいのに、
ガイドブックの頁を繰りながら、
そこに書かれてあることを確かめるがごとく、
(照合するように)メモをとるのである。
勤勉と言えば勤勉だが、
体験・体感にもっとエネルギーを割けばいいのに、
年をとると、
あるいは知識欲のある人ほど、
記憶を写真やメモなどに定着させて、
しまいこみたくなるものなのかもしれない。

「メモとり」もだが、
94歳にしてはよく動いているから、
やはり疲れたのかも知れない。
ゆったりとした洋服に着替えさせて、
金沢と同じように小一時間休ませたら、
めざましい回復力を発揮して、
ほどなく元気になった。

運ばれて来た夕食のご馳走(お刺し身各種、蟹、
陶板焼きのステーキ、ホタルイカとナマコのシャブ等々)を、
「ゆっくり食べないとノドにつかえるからね」と言いながら、
途中私に何本かの電話が入り、
席を立っている間に、
ほとんどすべてを平らげていた。

お風呂に入り、
寝酒に大好きな日本酒(地酒)をいただき、
眠りに就いたのが午後10時半。
いつも午前2時、3時まで起きて、
本を読んだり、新聞を切り抜いたりしている日常からすると、
ずいぶん健康的だ。
私もいつになく早く横になったのだが、
母がほぼ2時間おきにトイレに起きるので、
(初めての場所は危ないので)
いつしか私も気配だけで起きるようになった。

出発の朝、
海を見ながら二人でお風呂に入り、
夕べあんなに食べたのに、
出された朝食を全ていただき、
売店を見て、
荷物をまとめて宅急便を送り、
お部屋の係のアヤコさんと記念写真を撮って、
帰り支度を完了した。

少しでもこの旅をバラエティー豊かにしたいと思い、
和倉温泉から小松までは、
電車(特急「サンダーバード」)で行くことにした。

和倉温泉駅までは、
宿が送ってくれることになっているのだが、
たまたまこの時間は私たちしかいなかったので、
女将さんが駅に送りがてら、
能登島に立ち寄ってくれた。

「多田屋」の現女将さんは私より一つ下。
東京の大学を出て、母の後を継いだのだと言う。
実母の大女将は81歳で現役。
働いている人たちの信望が厚い名物女将だ。
現女将は一人娘で、小さい時から母の姿を見て育ったので、
自然に「継ぐもの」と思っていたのだという。

朝、売店に行った時、
隣りのロビーラウンジで、
出入りの人と打ち合わせをしているらしい、
俳優のような面立ちのひときわ目立つ男性がいたのだが、
.........思った通り、現女将のご主人だった。
そこまでは聞かなかったが(聞けなかったが)
おそらくは大恋愛の末、
彼がここに来てくれたのではないだろうか。

女将(多田佐永子さん)は、
老舗旅館の女将というよりは、
ショートカットが似合う今風な感じの美しい人で、
真っ赤なアルファロメオで、
私たちを能登島に案内してくれた。

お子さんは3人で、
長男と二女は旅館の仕事を手伝っているということだが、
長女は慶應大学文学部出身の新進作家で、
永井荷風が創刊し、石坂洋次郎や佐藤春夫を育て、
戦後松本清張や遠藤周作らを発掘した「三田文学」の、
2008年新人賞を受賞した多田真梨子さんだ。

ドライブをしながらの1時間程度の話の中には、
仕事の話も多かったが、
(もちろん私も「せっかくなので」 willbeの話はした)
何となくではあるが、
この先も佐永子さんとはご縁があるような気がした。


女将に別れを告げて、
特急サンダーバードに乗り、
母は「これは電車だから、大丈夫!」と、
またもやメモ魔と化し、
駅名やら過ぎゆく町々の風景や、
草木、花々などについて熱心にメモ書きをしていた。

小松駅から小松空港へ行き、
16時35分発の飛行機で東京に向かった。

もうすぐ羽田空港に着陸という時、
目の前にまばゆい光におおわれた、
大きな太陽が現れた。

間もなく沈み行くというのに、
今立ち昇ったのではないかと思うような勢いのある太陽。
母は何を思っているのか、
黙ったまま圧倒されたように見入っている。
その横顔に太陽が重なった。

沈み行く前の強い輝き。
この太陽は今の母みたいだと思った。

「ここで写真を撮って!」という言葉と、
同じくらいの数を聞いた、
「ありがとう!」という母の言葉。

母との「最後の旅」はまだ続くような気がした。

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コメント(3)

>「ありがとう!」という母の言葉

そういえば・・・
最期に過ごした我が家で、私の母も「ありがとう!」を言い続けていました。
5年経った今でも、耳に焼き付いています。

私の両親は“ありがとう”って言葉をめたにしなかった気がします。そのせいか(責任転化ではないけど・・・)私もほとんどこの言葉を口にしませんでした。今の仕事を始めて惰性でお客様に言ってた様な気がします。私の車を乗り降りする時にお母様は必ず言ってましたね。本当に一番大切な言葉なんだと恥ずかしながらこの年で改めて気付かされました。“ありがとう”と言う大切さを気付かしてくれた残間様のお母様にありがとう。

こんにちは!

私,GWに息子が連れってくれるという「金沢」に行く予定なんです.
社会人4年目の息子が宿も予約してくれましたが,
義足の主人に部屋に露天風呂付を,と配慮してくれたようです.

残間さんのブログを読ませて頂き
親だからではなく,親だから子どもの好意に心から感謝しないと,
と改めて感じさせて頂きました
「ありがとうね」と…

私もいい旅をしてきます
ありがとうございました...

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フォトアルバム

2月9日(木)

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「テーブルウェア・フェスティバル2012」、東京ドームのアリーナ会場を見渡す。

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黒柳徹子さんの作品「ガラスの不思議」

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田川啓二さんの作品「Heavenly Beach」

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加藤タキさんの作品「新旧共生の間」

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故郷・大阪をテーマにした萬田久子さんの作品。

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大阪庶民の味、たこ焼きとお好み焼き。(合羽橋で買った食品サンプル)



2月5日(日)

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3時間ほど煮込んだ蕗。

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白菜漬けと糠漬け。

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昭和の香りが漂う「乙女美容院」(鏡の中は母)



2月4日(土)

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「挨拶人形」を見るナカヤマ。

2月3日(金)

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「仙台の夕べ」にて。

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風評被害にも負けず。仙台の美味しい食材が並んでいた。

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サントリーホールの入口で出迎えてくれた、宮城県の観光PRキャラクター「むすび丸」

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深夜の「独り豆まき」



2月1日(水)

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青山の女性占い師。



1月30日(月)

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こんなに美しい富士山が、爆発の怖れ?



1月29日(日)

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銀座の歩行者天国で。ちょっと可哀そう・・・。



1月28日(土)

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椿山荘「オリオン2」で開催した、クラブ・ウィルビー創立三周年記念「ウィルビー新春の集い」

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初めにご挨拶をしてくださった、寺島実郎さん。

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夜の便でパリへ旅立つという、隈研吾さん。

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乾杯のご発声は、安藤優子さんと萬田久子さんのお二人に。

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浮き球△ベースボールの創設者でもある、椎名誠さん。

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メンバーと談笑する藤田宜永さん。



1月25日(水)

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今年で41回目の開催となった「フジサンケイグループ広告大賞」の審査会。

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審査委員の漫画家・弘兼憲史さんとクリエイティブディレクター・箭内道彦さん。



1月24日(火)

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



1月19日(木)

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「第四回ウィルビーおとな塾」の講師、秋岡榮子さん。



1月16日(月)

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こんな葉書が届きます。表面。

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裏面。



1月15日(日)

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グラウンドに到着すると、丁度ナカヤマが打席に。

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真剣に練習に打ち込む「南青山ぼちぼち団」のメンバー。

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フジタさんが沖縄の伊江島で拾ってきた浮き球を手に持つアライさん。

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練習後、メンバー全員でグラウンド整備。

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自主練に参加したメンバーの皆さんと記念写真。



1月14日(土)

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東京・青山の片隅で、寒さに負けずに咲いていた水仙の花。

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毎年この季節お馴染の、石焼いものおじさん。



1月9日(月)

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「ご心配をおかけして申し訳ありません。左側を打ったのですが、大分よくなりました。今年は年女なので頑張ります!」(母より)



1月5日(木)

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石原プロモーションの「新春仕事始め寿ぎの儀」。

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新年の挨拶をするまき子夫人。



1月3日(火)

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赤坂見附の交差点には、白梅が咲いていた。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
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引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
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500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。