3/19(金)「寄り合い」と言う名のお祝い会。

icon_zamma.jpg3月19日(金)25時38分

正確に言えば、
今は既に3月20日。
明日は、
あまり嬉しくない、
60回目の誕生日がやってくる。

年齢は、
誰もが等しくとるのだから、
もがいても仕方がないとは思っているのだが、
還暦という「重み」に違和感があり、
お祝いをする気になれないのである。

周りでは、
一昨年あたりから、
ダンスパーティー形式でやった人もいれば、
積年の願いを達成させるべく、
一生一度のライブコンサートを開いた人もいれば、
それぞれに趣向を凝らした還暦パーティーが、
盛んに行われているのだが、
私は一人粛々と迎えたいと思っていたのである。

我が社は、
つい最近までスタッフ同士がお金を出し合って、
誕生会を開いていたような会社なので、
黙っていたらきっと何かを、
やろうとするのではないかと思ったので、
「還暦パーティーなんて絶対に考えないでよ。
首謀者はクビだからねッ!」と、
厳しく言い渡しておいたのである。

社内は封じ込めたのだが、
それでも2月の声を聞く頃になると、
周りにいる近しい人たちからは、
「還暦に何かやらないの?」と、
聞かれることが多くなってきたので、
その都度「そういうの嫌いだから、何もやらない!」と、
つとめて素っ気なく答えて来たのである。

それなのについに2週間前、
社長・ミノヤが意を決したような顔をして現われ、
「社員からもお祝いをやりたいという要望が来ていますし、
何もやらないわけにはいかないと思うんですが.........」と、
「説得」にやって来たのである。

「還暦祝いなんて、真っ平ごめんって言ったでしょ!」
と、不快感をあらわに(見せかけて)言ったところ、
「よく解りました、金輪際言いません」と、
その時は引き下がったのだが、
1週間前に、今度はナカヤマが、
「社内だけでなく、社外の人からも、
問合せが沢山来ているんですよ。
中には『何かやるなら便乗させてくれ』って、
言う人もいますし.........。
そんなに頑なにならないで、
人の厚意は素直に受けたらどうですか」と、
今度は「説教」をしにやって来たのでさる。

「説得されても、説教されても、イヤなものはイヤなの!」と、
言い放ちはしたが、
言いながら、
ここまで否定すると、
過度に「還暦」に反応しているようで、
何だかかえって、
「カッコ悪いな」という気もしてきたのである。

実を言うと私は、
他人のお祝いをするのは大好きなのだが、
自分がお祝いをされるのは大の苦手なのである。
誉められたりお祝いをされる場面に遭遇すると、
身の置き所がなく、
どうしたらいいのか解らなくなるのである。

自分の持ち物を誉められると、
「こんなモノ、大したモノじゃないんですよ。
バーゲンで買ったどうしようもない代物ですよ」と、
過度にそのモノをおとしめるクセがあるし、
身内を誉められたりすると、
「そんなことありませんよ、
あの人はズボラでマヌケでアホで.........」と、
誉めた相手が困惑顔になるまで、
謙遜するのである。

「お祝い」に関して言うと、
これは多分に慣れていないせいだと思う。
母は貧しい生活の中でも誕生日を祝ってもくれたし、
雛祭りや五月のお節句などの歳時の行事も祝ってはくれたが、
ほとんどの場合父は不在で、
いたとしても何となく憮然として、
その場に違和感を漂わせていたのが印象に残っており、
祝わって貰いながらも、
そこにはいつも「祝い切れない何か」が、
あったような気がするのである。

後年、あれは家族に幸薄い父の、
照れ隠しだったのではないかと思い当たるのだが、
家族愛には恵まれていた私の中にも、
お祝い事を素直に喜べない、
暗い体質のようなものがあるように感じるのである。

そんなこともあって、
お祝いをされそうな時は、こちらが先回りをして、
「お祝いの場」「を感謝の場」に、
転換することにしているのである。

50歳の節目の年は、
会社が20周年だったこともあって、
社員全員をレストランに招いて「感謝の会」を開いたし、
(もちろんポケットマネーで)
会社が25周年を迎えた年には、
たまたま両親のために購入した小さな家を、
父の死去に伴って売却したので、
そのお金で日頃お世話になっている方々を(600人ほどだったが)
お招きして「謝恩の集い」を開催させていただいたのである。

その流れで言えば、
今回もここまで何とか生きてこられたことに感謝し、
私主催で会を開かなければならないところなのだが、
ただ馬齢を重ねて来ただけのことで、
みんなを煩わすのも申し訳ないし、
周囲の還暦人たちが、
自ら軽く楽しくやっていることを、
独り善がりに格好をつけているようで、
わざとらしい気がしたので、
何もしないでおこうと自粛を決めたのである。

そんなこんなを考えているうちに、
どんどん時間が経って、
今日にまで至ってしまったのである。

そして、今日、
「どよう楽市」の打ち合わせを終えて会社に帰り、
締め切りが30分後に迫っていた原稿を書こうとしたその時、
ヒロモリがそばにやって来て、
「あの、ちょっと見て欲しいものがあるんですけど.........」と、
ボソボソ言うので、
また何か書類にチェックでもしなければならないのかと思って、
会議室に入ると、
一斉にクラッカーが鳴り響いたのである。

壁には「おたんじょうびおめでとう」と書かれた、
大きな紙が貼られ、
その周りを色紙で作った輪が、
鎖りのように繋がった飾りつけがなされてあった。
テーブルの上にも、
「happy birthday」とカラー印刷された、
ビニールテープが縦横に貼られてあって、
猫2匹に囲まれた私の似顔絵ケーキが置かれたあった。

シャンパンの栓が抜かれ、キャンドルに火が点り、
全員で「おめでとうございます」と乾杯してくれたのである。
ナカヤマが、
「今日は19日ですから、
誕生日のお祝い会ではなく、単なる寄り合いです。
それに子の会は、ここにいる全員が首謀者ですから、
クビにするなら全員です。
そうそう、ミノヤさんだけは最後まで、
「本当にやるの?」と消極的だったということだけを、
付け加えさせていただきます」
と、長老らしい一言で締めてくれたのだった。

私はと言えば、
「あんなにイヤだって言ったのに.........」と、
言うより先に.........胸がいっぱいになっていた。
それでも、あんなに抵抗したのだから、
少しはカッコをつけなきゃと奥歯に力を入れて、
「ここで泣いちゃいけない」と、
必死に涙を堪えていた。

ありがとう、みんな。
本当は凄く嬉しかったのよ。

深夜、独りきりのリビングルームで、
似顔絵ケーキを見つめながら、
私は久しぶりに大量の涙を流した。

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コメント(16)

泣けた!
久々にブログ読ませていただき、おお泣きしました。
こういう感じ、すごくわかります。

お誕生日、おめでとうございます。気持ちが一つになれる仲間がいるって、すばらしい何ものにも代え難い財産をお持ちですね。

素晴しいお仲間に、心から祝福されたお誕生日、おめでとうございます。これこそ、本当の「大人のお誕生日会」ですよすね。 うらやましい!

〔牛に引かれて善光寺参り〕かな〜お誕生日お目出度うございま〜す

いくつになっても周りに「おめでとう」と言ってくれる人がいる限り、誕生日っていいものなはずです。素敵なスタッフに囲まれてうらやましい限り。それもまた残間さんの生きてきた道ですよね。お誕生日おめでとうございます!

お誕生日おめでとうございます。
毎日欠かさずブログ拝見し、元気を頂き感謝しています。私も昨年サプライズの還暦パーティをしていただき
感動したことを思い出しています。
「60歳は折り返し」と
エアロビの先生がおっしゃて下さり、
気持ちを新たにリセットいたしました(笑)
いつまでもお元気でこれからも
よい刺激を与えていただきますよう
よろしくお願いいたします。
素敵な1年でありますようお祈り申し上げます。

おたんじょうびおめでとう!

(誕生祝いと還暦祝いは全く別物ですよ!)

オイラも誕生日は「自分を」祝ってくれるもの、
そして同時に「自分が」両親へ感謝する日だと思っている。

いつの頃からだろう、
「誕生日なんて」と思うようになってしまったのは。
あの頃は、
素直に「おめでとう」を受け取ることが出来ていたはず。

人の心は温かいもの。
近しい人だけでなく、多くのファンが心を込めて祝福しています。
聞こえていますか?
届きましたか?
みんながあなたに
ハッピーバースディ!

オイラも馬鹿声上げて歌います。
拓郎の「今日までそして明日から」を・・・

お誕生日おめでとうございます~

還暦は人生の通過道・・・まだまだ先は長いですよ

素敵な仲間と一緒で良かったですね!

お誕生日おめでとうございます。
最近残間さんのブログを知り、毎日読むのが楽しみになっています。
バリバリ仕事をされている残間さんと、普通のばあちゃんである私とは住む世界が違うと思っていたのですが、でも普通に暮らし、普通に悩み、温かい人たちに支えられ、もちろん残間さんはそれ以上に支えてここまで来られたと思いますし、それが昨日の最高の「寄り合い」になったのだと思います。
父の年を越えた当時、私もよく「今日までそして明日から」を聴き、車の中で歌いました。
次は母の年を越える69歳を目標に、日々を積み重ねていくつもりです。
私も最近の誕生日は、この世に送り出してくれた両親への感謝デーにしています。
果てしない宇宙の営みからしたら、ほんの瞬きにも過ぎない人生かもしれないけど、与えられた命を精一杯生きて、送り出してもらった奇跡を大切に過ごそう、の気持ちです。
残間さん、お体を大切に、これからも頑張って下さいね。
こちらも楽しみにしています。

おめでとうございます!スタッフの皆さんは残間さんの宝ですね。私の周りにはありません…
残間さんの人徳でしょう。私もそういう人になりたいです。色々あって、今日は悪口をさんざん言ってしまいました…これじゃあダメです。明日から心を入れ替えて、精進します!本当です!?

残間さん
あえて言っときますけど、職場の人のこういうお祝いって日頃の感謝でしょ(●^o^●)言い尽くせない感謝の気持ち。素直に自分を褒めてあげてくださいね。(^_-)-☆

残間さん
あえて言っときますけど、職場の人のこういうお祝いって日頃の感謝でしょ(●^o^●)言い尽くせない感謝の気持ち。素直に自分を褒めてあげてくださいね。(^_-)-☆

お誕生日おめでとうございます。
毎日夜遅くにブログを拝見してます。
残間さんの素敵な生き方に感動し、ある時は学び、ある時はほほえましく思ったり、コメントしたい気持ちを抑えて読ませていただいてます。今日はひとことお祝いを申し上げたくて・・・・・・
60才になって嬉しいことは映画がシニア料金で見れること!お忙しい残間さんはなかなか時間がとれないかしら。
いつもクラブ・ウィルビーのこと考えていただき、嬉しく思ってます。
どうぞ、お身体を大切に、ますますのご活躍を!
スーパーレディー 残間さんへ。

残間さん、お誕生日おめでとうございます。

私もつい先日、誕生日を迎え、“感謝する日”というタイトルでブログに書きました。
両親や周りの人たち(私的な部分だけでなく、会社のスタッフ含め)への感謝をする日。
この事に気づかせて貰ったのも、歳を重ねたからこそ、と感謝しています。

私も今年で起業して25年、今まで関わって下さった方達もお呼びして感謝の会をひらく予定です。(ささやかですが・・)規模は違いますが、残間さんと同じ事を考えられた事が嬉しいです。
これからも良きお手本としてよろしくお願いいたします。

粋な会社ですねー☆

いつも楽しく拝読しております。学年では一年下だけど
節気の寅年生まれの天中殺人としても。
今日残間さんのバースディを知り、日頃占いを信じない
私が(ここだけは!)と一目おいたプログでの残間さん
がこれ。私にはうわぁという位当たっていると思うの
ですが。お捨て置きも結構、どうでしょうか?


51最大の特徴は、エネルギーの強さです。
ハイパワーを持ちます。
これは、木火土金水、陰陽で10の気(自分)が
もっとも活躍できる季節(12支)をもっていることを意味します。

占いで使う干支歴では、寅が一年の始まりです。
よって、寅の12支を持つ番号は
目覚めの季節としての、活発な潜在パワーがあります。

51 が寅を持つ番号です。

寅は活力があって、じっとしているのは苦手。
いつでも、前向きで明るい性格です。
12支の中でカリスマ性はNO.1でしょう。

それだけに、寅は妬みや羨望の対象になりがちで
組織にあっては、風当たりは強いかもしれません。
自分にも人にも厳しいところがあるので、よけいそうなります。

寅は生息地を求めて動く闘争的な本能があり、
寅を持つ番号の人は、前向きで負けん気が強い。

その中では、51番はやや例外。
安定を求める堅実さがあります。
古代中国ではこの番号は「足を踏ん張る寅」と呼ばれています。

自分にふさわしい場所を見つけると
そこから動こうとしません。
次の森を抜ければ、もっと快適な場所があるかもしれないと感じても
ここの居心地が合っていれば、そこを起点にして
足元を固めてから、少しずつ範囲を広げていきます。
用心深い前進力で、大きな冒険はしない。

これは堅実さと重厚さをもったパワーで
安定、安全を第一に考えます。

そのため、人からの信頼は厚く、責任感も強い。
組織では重責を果たすことができます。
生命力も旺盛なので、51番は長寿の番号と言われています。

でも、この寅はライオンにはならないほうがいいでしょう。
王の風格はあっても、一歩退いて補佐役が適役です。

木性の陽はまっすぐに立つ樹木。
春の樹木は周りの人をなごませる明るさと
和を保つやさしさを持っています。

寅の中には、土性陽  火性陽  木性陽  と
3つの陽気があります。

木陽剋土陽・・・陽が陽を剋するので、
これは自分の力で土を起こす意味で
愛情、財力、恋人(愛人)などを象徴します。
そのせいか、結婚生活は若干波乱含み。

この番号はお金を目的にしなくても、
結果的に経済活動と縁ができるようになります。

木陽→火陽 陽から陽へ流れる気は冷静な観察力。
べたべたした感情流出ではなく
さっぱりとした楽しいことが好き。
合コン、飲み会、リクリエーション、なんでも参加します。

木陽⇔木陽 自分と同じ気が根本にあるので
51番は筋金入りの頑固です。
自己主張する強さにもなりますが、概ねは守りの強さ。
思い込んだら、テコでも動かない剛直さがあります。

この番号は仕事での成功者が多いです、
右肩あがりの上昇を続けて、大器晩成
中年以降花開き、高所にたどり着きます。

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フォトアルバム

2月9日(木)

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「テーブルウェア・フェスティバル2012」、東京ドームのアリーナ会場を見渡す。

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黒柳徹子さんの作品「ガラスの不思議」

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田川啓二さんの作品「Heavenly Beach」

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加藤タキさんの作品「新旧共生の間」

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故郷・大阪をテーマにした萬田久子さんの作品。

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大阪庶民の味、たこ焼きとお好み焼き。(合羽橋で買った食品サンプル)



2月5日(日)

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3時間ほど煮込んだ蕗。

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白菜漬けと糠漬け。

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昭和の香りが漂う「乙女美容院」(鏡の中は母)



2月4日(土)

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「挨拶人形」を見るナカヤマ。

2月3日(金)

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「仙台の夕べ」にて。

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風評被害にも負けず。仙台の美味しい食材が並んでいた。

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サントリーホールの入口で出迎えてくれた、宮城県の観光PRキャラクター「むすび丸」

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深夜の「独り豆まき」



2月1日(水)

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青山の女性占い師。



1月30日(月)

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こんなに美しい富士山が、爆発の怖れ?



1月29日(日)

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銀座の歩行者天国で。ちょっと可哀そう・・・。



1月28日(土)

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椿山荘「オリオン2」で開催した、クラブ・ウィルビー創立三周年記念「ウィルビー新春の集い」

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初めにご挨拶をしてくださった、寺島実郎さん。

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夜の便でパリへ旅立つという、隈研吾さん。

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乾杯のご発声は、安藤優子さんと萬田久子さんのお二人に。

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浮き球△ベースボールの創設者でもある、椎名誠さん。

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メンバーと談笑する藤田宜永さん。



1月25日(水)

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今年で41回目の開催となった「フジサンケイグループ広告大賞」の審査会。

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審査委員の漫画家・弘兼憲史さんとクリエイティブディレクター・箭内道彦さん。



1月24日(火)

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



1月19日(木)

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「第四回ウィルビーおとな塾」の講師、秋岡榮子さん。



1月16日(月)

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こんな葉書が届きます。表面。

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裏面。



1月15日(日)

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グラウンドに到着すると、丁度ナカヤマが打席に。

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真剣に練習に打ち込む「南青山ぼちぼち団」のメンバー。

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フジタさんが沖縄の伊江島で拾ってきた浮き球を手に持つアライさん。

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練習後、メンバー全員でグラウンド整備。

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自主練に参加したメンバーの皆さんと記念写真。



1月14日(土)

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東京・青山の片隅で、寒さに負けずに咲いていた水仙の花。

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毎年この季節お馴染の、石焼いものおじさん。



1月9日(月)

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「ご心配をおかけして申し訳ありません。左側を打ったのですが、大分よくなりました。今年は年女なので頑張ります!」(母より)



1月5日(木)

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石原プロモーションの「新春仕事始め寿ぎの儀」。

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新年の挨拶をするまき子夫人。



1月3日(火)

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赤坂見附の交差点には、白梅が咲いていた。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。