2月15日(月)25時10分
今日は、
先ずはお詫びをしなければならない。
今日は今月25日に開催予定の「willbe交流会」の
抽選をさせていただいた。
わずか2週間の申し込み期間だったのに、
定員の4倍を越えるお申し込みをいただき、
大感激しているのだが、
メンバー相互の交流会なので、
定員を増やすわけにもいかず、
やむなく抽選にさせていただいた。
この時間、もう「結果」は届いていると思うが、
せっかく申し込んで下さったのに、
いらしていただけない方には、
心からお詫び申し上げます。
急遽3月にも交流会を開催することにしましたので、
これに懲りずに、
お申し込みいただけますようお願い致します。
♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡〜♥〜♡
お詫びをした後で、
こんな文章を書くのも何だが.........。
実は今日は、
14年前にこの世を去った愛猫ジェリクルの命日だったのである。
朝、起きて「ジェリクル号」と書かれた位牌を、
仏壇の前面に置き、
お線香を1本立てて、
大好物だった鰹のなまり節を供えた。
ミュージカル「キャッツ」が日本で上演された、
1983年に我が家に来たので、
ミュージカルの中に出て来る「ジェリクル・キャッツ」
(その年のNo.1猫に与えられる称号)に、
あやかってつけた名前だ。
私が33歳の年から12年4ヶ月、ずっと一緒だった。
この時私は既に結婚をしていたが、
その後の別居・離婚・出産.........と、
私の哀しみも苦しさも、もちろん私の嫌らしさも、
全てを見ていた「同志」だった。
14年前の今日、
九州の出張先で、ジェリクルの死を知った。
母が、その頃住んでいた横浜から来てくれていたので、
空港に着いて、家に電話をした私に、
「あなたが出て行って間もなく、
私の腕の中で息を引き取ったわ」と、伝えたのだった。
丁度お医者さんが往診に来てくれていた時だったので、
その後の葬儀や火葬の手続きをお願いし、
6歳の息子に電話を代わって貰った。
「私は、仕事があってどうしても帰れないので、
バアバと二人でジェルクルを見送ってね。
あなたの役割は「喪主」と言うのよ。しっかり見送ってあげてね」
と言うと、どこまで解ったのかは解らなかったが、
泣きながら「うん」と返事をしたのだった。
翌日夕方帰宅した私に、
母は孫と二人で執り行なった葬儀の模様を聞かせてくれた。
杉並にある動物霊園(と言っても、ビル内の施設)の一室で、
葬儀までは緊張した面持ちで喪主の役割を果たした息子が、
火葬をする段になると、突然泣き出して、
「焼いちゃいやだぁ~、焼かないで!」と、
遺骸にの前に立ちはだかり、
係の人に触らせず、
母は往生したのだという。
子どものことだから、
一日経っただけで、
前日の感情は薄れているようだったが、
息子にとって、
愛しいものとの初めての永遠の別れを体験した日が、
14年前の今日だったのである。
「メメント・モリ~死を想え」ということを、
機会あるごとに教えなければと思って育てては来たのだが、
図らずも愛猫の「喪主」という役割で経験した死は、
ジェリクルが毎日一緒にいた存在だっただけに、
より身近なものとして感じてくれたのではないかと、
あの時は思ったものだが、
「愚息」にまで育った今、
どこにもその「痕跡」は残っていないみたいで、
単なる私の自己満足だったような気もしている。
いつだったか、やはりジェリクルの命日に、
「昔は、あなたも純真だったわね」と、
からかったことがあるのだが、
「僕はずっとあなたが死んだらどうしようと、
考えていたから、ジェリクルが死んだ時は、
その恐怖が頂点に達した感じがしたんだと思うよ。
生まれた時からあなたと二人きりで、
あなたはまだ僕が電話もかけられない時から、
『夜中に私が突然倒れたり、死んだりしたら、
119番を回すのよ。いい、1・1・9よ』って、
毎日のようにしつこく言っていたから、
夜中に目が醒めると、怖くて怖くて、
眠れなくなったことが何度もあったんだからね」と、
言われたことがあった。
あれから14年。
いつ私が死んでも「学資だけは残しておいてよね」と、
憎まれ口をたたけるまでに育った愚息は、
遠くアメリカの地にいるとは言え、
ジェリクルの「ジェ」の字も言っては来ないのだった。

















































椿山荘へ参加した者です。残間さんが、何時間もかけて、一生懸命参加者、一人一人へインタビューされていた姿が印象に残り、交流会、応募しました。交流会にイベントに、たくさん参加して行きたいと思います。
「メメント・モリ 死を想え」藤原新也さんの写真の本を男友達から貰ったのはいつだったでしょうか。
「死」を想うことはカンタンなようで実は非常に切迫したものだと思います。
わたしにも年老いた愛猫「駿」がいます。
いつも一緒の彼がいなくなったらどうしよう、と思うときがあります。たしかに、わたしの泣きべそも、笑顔も、見守ってくれているのです。離れて暮らす息子はわたしにではなくネコの駿に会いたくて家に帰ってきます。
その息子、いまちょっとピンチです。
どうぞ元気をだして、と願っています。
毎日楽しみにしてます。
沢山の人たちとの出会い、幅広い仕事そして長い毎日のブログ・・・本当にお忙しいですね。
ブログの最後の〆の言葉がいつもおしゃれでステキです。
私も毎日更新・・・ネタ探しで大変なことも・・・ブログのネタのために生きてる?なんて思うことも。