2月10日(水)25時18分
皇室企画のインタビューで、
美智子皇后のデザイナーである植田いつ子さんにお会いした。
植田さんとは20年ほど前、
私が金子由香利さんのコンサートプロデュースの、
お手伝いをしている時にお会いしたことがあるのだが、
植田さんもその時のことを覚えて下さっていて、
インタビューは「まぁ、お久しぶりですねぇ」という、
植田さんの言葉から始まった。
植田さんは今年81歳になるということだが、
とてもそんな風には見えなかった。
少し前に骨折をして、
お身体はちょっと不自由そうに見えたが、
グレイのドレスがとてもお似合いで、
向き合っているだけで、
自然に醸し出される品格に圧倒された。
高層ビルのオフィスを背筋を伸ばして歩く、
ピンヒールの「ワーキングウーマン」とはまた違った、
たおやかなイメージの「働く女性」
還暦を過ぎたら、
こんな優美な働き方もあるような気がした。
植田さんは向田邦子さんと親友で、
向田さんの洋服、中でも向田さんが「勝負服」と言っていた、
仕事着はほとんど植田さんが作っていたのだという。
向田さんがご存命だったら80歳。
どんな感じで仕事をしていらしたのだろう。
.........長いこと、
私の中の「働く女」の理想イメージは、
森瑤子さんだった。
安井かずみさんも素敵なワーキングスタイルを見せてくれていたが、
普段からシャネルスーツを軽く着こなすという方だったから、
形から入るのは難しかったので、
生き方やライフスタイルのお手本になっていただいていた。
森瑤子さんもお洒落だったが、
オートクチュールのドレスというよりは、
ご自分のセレクションでコーディネートしたスタイルが定番で、
お金という点では私たちにも手が届きそうな感じだった。
「あらっ、そのお洋服、素敵ですね」と言うと、
「これは1万円もしないのよ」ということもしばしばで、
チープシックを楽しんでもいたのである。
そうかと思えば、
肌の露出が大胆な、
セクシーなドレスでパーティー会場に現われ、
まぶしい目で見つめる私に、
「人が沢山いるところに行く時には、
自分を緊張させるような服を着なければ駄目よ。
開きの大きい胸元や深いスリットは、
自分で自分に気を抜かせないためのものよ」
と、言ってのけるのだった。
いずれにしても、
実際には真似が出来るスタイルではなかったのだが、
「ああなれたら好いなぁ」という意味で、
私にとって理想のイメージリーダーだったのである。
「自分のお金がなかった専業主婦時代は、
店のショウウインドウに飾ってある洋服が、
セールになるのを『どうかそれまで売れませんように』って、
ドキドキしながら見ていたものよ。
ヨーロッパの女性たちは、
みんなそうして半年ごとのセールを待っていて、
それまでご折りあるごとに何度もご主人に
『セールになったら買ってね』と頼むのよ。
私が、37歳で仕事を始めたのは、
自分のものを自分で買いたいと思ったからなのよ」
厳格な英国人がご主人だった森さんが、
ある時しみじみ語っていた話だ。
働いて得た自分のお金で、
自分の好きな洋服を身に纏った森さんは、
「私のお葬式にはお洒落をしてきてね」と言い残して、
52歳でこの夜を去るまで、
一瞬の隙も見せず、
新しい時代の新しいワーキングウーマンを、
カッコよく演じ切ってくれたように思う。
森さんが逝って17年。
春の花々に囲まれた美しい仕事場で、
静かに仕事の話をなさる植田さんを見ながら、
私もそろそろ今の自分に合った、
ワーキングスタイルを見つけなければと思っていた。











































品格ある女性になる為にまだまだ、中身を磨かねばなりません。品は買えるものでは、ないので、もともとある方もいるし、年月をかけて、努力して行きます。
『氏より育ち』で品は、風子さんのコメントにもありましたが、自然に身に着くものだと…。柔らかい心で過ごしていきましょう。