1月27日(水)24時23分
朝9時20分、
お台場のフジテレビに行った。
今日は「フジサンケイグループ広告大賞」の、
審査会が開かれるのである。
今年で39回。
この広告賞には「メディア部門」「クリエイティブ部門」
「パブリック部門」の3部門があるのだが、
私の担当は「クリエイティブ部門」
広告の中の「表現」と「創造性」を審査するというものだ。
一緒に審査をするのは、
映画監督、写真家、アートディレクター、コピーライター、
音楽プロデューサー、エディター等、
クリエイテイブ領域で仕事をする人たちだ。
以前は糸井重里さんなどもいたのだが、
今や浅葉克己さんと私が一番の古手になってしまったので、
(年長者はまだいるのだが)
そろそろ「退け時」を考えたほうがいいのではないかと、
密かに思ってはいるのだが、
行けば行ったで、この時代の一線級の、
クリエーターたちの素顔に触れることが出来るので、
とても勉強にはなるのである。
今日も、いつもは忙しくてなかなか会えない、
小山薫堂さんや弘兼憲史さんや松永真理さんにも会えたし、
去年テレビでご一緒して仲良しになった、
「カズちゃん」こと、井筒和幸監督とも話が出来た。
一年に一度、
ここでしか会わないという人もいて、
写真家の加納典明さんもその一人だ。
数年前に2度ほど胃癌を経験しているというので、
昨年会った時は心なしか少し元気がなかったのだが、
今年は全身の筋肉が盛り上がり、
顔もいい色に灼けていて、
健康そのものなのには驚いた。
「凄く元気そうだけど、加納さん、何かやっているの?」
加納さんは私より8歳年上なのだが、
かれこれ30年前の約1年間、
隔月刊から月刊になったばかりの「JJ」という女性雑誌で、
作家、役者、スポーツ選手など話題の人の写真を加納さんが撮り、
私がインタビューをするという頁を持っていたことがあるので、
親しい口をきいても、
ある程度は許される間柄なのである。
「実は、俺さ、今長野に住んでいるんだよ」
「えっ、都会そのものの加納さんが?」
(加納さんの実質的デビュー作は、
1969年の「平凡パンチ」でのニューヨーク特集。
ニューヨークに在住していたこともあり、
当時は「ニューヨーク」と言えば、加納さんだった)
「娘が結婚して軽井沢に住んでいるんだけど、
なかなかいいところなので、
去年の11月に娘の家の近くに古い家を買って、
そこに住んでいるんだよ」
(この娘さんは私も会ったことがあるのだが、
一時期も加納さんの被写体にもなっていた、
クールな女の子だった)
「で、レイコちゃんは何をしているの?」
「結婚して、旦那がフリーで、
IT関連のデザインかなんかをやっているんで、
東京にいなくてもいいらしくて、
子どもを土のあるところで育てたいと言って、
軽井沢に移住したんだよ。
ホラ、俺も昔、北海道の「ムツゴロウ王国」に、
子どもを連れて移住したじゃない?
あれと同じようなもんだね」
(そう言えば、都会派の加納さんが、
娘さんとその下の双子の男の子を連れて、
畑正憲さんの牧場に住んでいたことがあったのを思い出した)
「娘の家まで車で10分。
もちろん、俺は独り暮らしさ。
時々助手が来るんで、
2階は助手が泊まれるようにしているけどね。
行って初めて判ったんだけど、
今いるところって、
日本で日照時間が一番長いところなんだって。
だから、毎日天気がいいわけよ。
それで、散歩をするようになってさ、
こんなに元気になったんだよ。
これも行って判ったことなんだけど、
桃の産地らしくて、桃の季節はもっといいらしいんだ」
(加納さんはモテモテの人で、
離婚歴は2度だが、いつも華麗なる噂の中心にいたのである)
「ハードボイルドそのものの加納さんが、
桃畑を散策しているなんて、いいなぁ」
「俺、最近は孫の世話だってするんだぜ。
東京にいる時は、孫の面倒をみているヤツなんか、
ヤキが回ったと思っていたから、
「孫なんて置いて、飲みに出て来いよ」って、
怒鳴り倒していたんだけどね。
それに娘のところも双子なんだよ。
面白いよね。うちは長男・次男が双子だろ、
そしたら娘のところも双子で、
長男のうちにも双子が産まれたんだよ。
俺もいろいろやったけど.........しみじみDNAを実感したよ」
「カノウテンメイに、双子の孫が二組もいるんだ.........。
ますますいいなぁ」
「まさか、俺がこんな暮らしをするとは思っていなかったよ。
人生、本当に判らないよな」
時代の表層を刺激的に駆け抜け、
革ジャンとオートバイと、
何よりも都会の闇が似合っていた人が、
今ではトレッキングシューズがよく似合う、
太陽の下のアウトドア派に転向したというわけだが、
少し前までの私なら(正直に言えば)
ちょっと「ガッカリ」したかもしれないのだが、
今では、心底素敵なことだと思えるのである。
私が年をとったということもあるが、
加納さんの、その時々の「一生懸命さ」を見ているから、
今は何をやっても「OK!」だと思えるのである。
高卒後、名古屋から出て来て、
クリエーターの世界に身を投じた加納さんは、
若い時にやるべきこと(若い時にしか出来ないこと)
都会にいてやるべきこと(都会にいてしか出来ないこと)
仕事師としてやるべきこと、
人として、あるいは父親として、
時には男としてやるべきことを、
(これはかなりの部分、独断専行のような気もするが)
その時々100パーセント燃焼し尽くしてきたように、
思うからである。
8年後、私もどこか静かな町か村で、
「散歩ウーマン」になって暮らしていても、
「OK!」と言って貰えるように、
しばらくは「一生懸命走らなければ」と思った。











































はじめまして。
何だかものすごく考えさせられる文章でしたので、
思わずコメントです。人生は都度完全燃焼、でしょうか。
また来ます。有難うございます。
『老人で病気だから仕事がない』と障害のある娘から逃げ回っている人が長野県に家を買っていると知って驚きました。