12月20日(日)25時41分
私が初めてブログを書いたのは、
2005年1月18日。
しかしその頃は、
自分で立ち上げることが出来ないこともあって、
とても毎日とはいかなくて、
飛び飛びで書いていた。
「毎日更新」を誓って書き始めたのは、
2008年8月8日からで、
そこから今日まで丁度500回。
こんな駄文でも読んで下さっているみなさんがいるお蔭で、
何とか続けて来ることが出来ました。
本当にありがとうございます!
あまり長いのも「読むのが大変」だと思うので、
出来るだけ「簡潔」を心がけて、
やれるところまで頑張ってみます。
これからも、よろしくお願いいたします。
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今日は、
「平成21年度 天皇杯・皇后杯 全日本バレーボール選手権大会」
の決勝戦を観に、東京体育館に行った。
財団法人日本バレーボール協会の理事になっているというのに、
ちゃんと試合を観に行ったことがなかったので、
先輩理事の三屋裕子さんにお願いをして、
連れて行って貰ったのである。
生まれてこの方、
スポーツはやるのも観るのも苦手だったのだが、
さすがに最近はバレーボールに関してだけは、
新聞のスポーツ欄に目を通すようにしている。
今年度の選手権大会も、
昨日惜しくも凖決勝で敗退したが、
大分県の東九州龍谷高校の女子たちの活躍も知っていたし、
今日の決勝戦には、我が「club willbe」に協賛してくれている、
パナソニックが男子の部に出場するのも知っていた。
何を隠そう、
この私、
東京体育館へ入るのも初めてだったし、
役員入り口などと言う場所から入場したのも初めてのことなので、
名前を記帳して通行パスを貰った時点で、
既に胸がドキドキしていた。
「どこで観ますか?」と、
三屋さんに聞かれたのだが、
どこで観ていいのかが判らないので、
「どこでもいいです」などと、
トンチンカンな答えしか出来ず、
三屋さんは何も知らない私を、
内心呆れていたのではないかと思う。
結局、2階の役員席に案内されたのだが、
いきなり入ったら、目の前に天皇杯と皇后杯が置かれてあり、
その左前方に高円宮妃がお座りになっていた。
妃の後部座席にどうぞと言われたが、
丁重にご辞退をして、
隣りのブロックに三屋さんと並んで座って、
女子の決勝戦を観戦した。
女子の決勝戦は、
久光製薬スプリングス対デンソーエアリービーズ。
「2007ユニバーサル技能五輪国際大会」の、
総合プロデューサーを務めていた時、
デンソーには随分お世話になったので、
つい肩入れしてしまったのだが、
結果は3対2で、
久光製薬が優勝した。
「男子は迫力があるからコートサイドで観ましょう」と、
三屋さんに言われて今度は1階のアリーナに移動した。
パナソニックパンサーズ対JTサンダーズ。
最初に目に飛び込んできたのが、全員が色白ということ。
身長が190センチだの200センチの選手もいるのだが、
長い足がみんな生白いのである。
考えてみれば室内競技だから当然なのだが、
スポーツ選手と言うと、
何となく「浅黒い」イメージだったので、
一瞬驚いたのである。
「うわっ、みんな足が白いわ!」と、私が言ったら、
三屋さんは「へぇっ、面白いところを見るのね」と笑っていた。
JTは全体に勇壮な野武士のような感じで、
松本人志に似ている選手(甲斐大祐というらしい)もいた。
一方、パナソニックは都会的な雰囲気で、
私のすぐ左手に控えの選手たちがいたのだが、
ほぼ全員韓流スターのような雰囲気(面立ち)だった。
(私は5番の山本隆弘が趣味)
「試合前の練習ではボールが飛んで来ることがありますから、
集中して観ていて下さいよ」と、三屋さんは言うのだが、
仮に集中したとしても、
万が一ボールが飛んで来たらどうすればいいのか。
それでなくとも左の視力0.01、右も0.6ぐらいなのだから、
避けられはしないと思うのである。
と、そんなことを考えている間にも、
何回もボールが飛んできて、
隣席の女性に2度も当たった。
1度目は顔にボールが当たってメガネが吹き飛び、
2度目は頭の真ん中(脳天)にボールが当たっていた。
しかし、思ったほど痛くはなさそうで、
的中女性はボールが当たったところを手でさすってはいたが、
ニコニコしているのだった。(テレ笑いかも)
三屋さんが言うには、
「ボールはとても重そうに見えるけど、
それほどでもないのよ」とのこと。
(でも顔と頭だからね.ぇ........私なら笑ってはいられないだろうなぁ)
1セット目は野武士軍団が取り、
2セット目を韓流軍団が取りそうになったところで、
私はタイムリミット、
帰らなければならない時間になったのだった。
(結果はパナソニックの優勝)
このあと私は、
伊東律子さんのお通夜に出る予定が入っていたのである。
家に帰って、服を着替え、お数珠をバッグに入れて、
家からそう遠くはない永平寺別院長谷寺に向かった。
「そう遠くはない」と言っても、
私の足で15分はかかる距離なので、
「タクシーで行こう」と思っていたのだが、
さっきまでの東京体育館の賑わいが
身体のどこかに残っているような気がして、
冷たい風にあたりながら、
身にまとわりついている賑わいを消そうと思い、
骨董通りを長谷寺まで歩いた。
祭壇に飾られた律子さんの遺影は、
鴬色のスーツを着てやさしく微笑んでいた。
憔悴しきったご主人と
律子さんによく似たお嬢さんにご挨拶をしたら、
ご主人の建築家伊東豊雄さんが、
「一ヶ月前までは外に出ていたんですよ」と、
苦しそうな表情で説明下さった。
帰りもタクシーはやめて、
歩くことにした。
空には三日月と小さな星。
律子さんはまだ天空に到着してはいないらしい。

















































> 2008年8月8日から、、、今日まで丁度500回。
> あまり長いのも「読むのが大変」だと思うので、、、
500回達成、おめでとうございます。まさに団塊世代のオピニオンリーダーとしての実力を示す快挙なのでは?慣れとは恐ろしいもので、残間代表特有の長い文体(堅くない語句のセンス)は、違和感なく拝読できます。先日の短い文章を試みられた時の方が、読み難い感覚がありました。
> 伊東律子さん、享年66歳。
早すぎますね。同年代の知り合いの訃報は、自身の人生(死生観)を大きく変えます。最近は、同期生の中で自分が最後になるのが嫌で、「生前葬」なども選択肢の中に入れ始めました。仏教哲学「少欲知足」を理解し実践する志しはあるが、喜捨を志すための教えも受けてないのに、罰則(未納=破門)を明記されて徴収される宗門費(参加費)に嫌気が差し、生前に「お別れ会」をして、子供らに費用や心理面での負担をかけないのも良い!・・・のでは?・・・と。
継続は力なり!楽しみにしています。私は、あまり長文と感じません。ブログの深い内容にいつも、心の中でうなずきながら読んでます。まさか、バレーボール協会の理事を、されているとは、知りませんでした。私は、今は、全くやってませんが、ずっとバレーボールを、やってました。三屋さんなんて雲の上の存在でしたから。こうやって、残間さんのブログを、通してたくさんの話題も知ることが、出来ました。今年も星になった方々がいらっしゃいます。生きることも考えさせられた一年でしたね。これからも、無理なさらずに、書いて下さい。
ブログ掲載500回ごくろうさまです。
どよう楽市を聞いて、残間さんという人が気になり、インターネットで探し毎日読んでいます。書くのが義務にならない程度続けて。