12月13日(日)24時18分
近頃、
私の周りではアラ還世代の「歌う女」が増えている。
1970年代の終わり頃、
海外から「女の自立」をテーマにした映画が、
大量に入ってきて、一挙に公開されたことがあった。
大半はアメリカ映画だったのだが、
中で「歌う女・歌わない女」(1977年)というフランス映画は、
当時結婚もしていたし、仕事もしていたが、
真に自立をしているとは言い難い生活をしていた、
アラサー(30歳周辺)の私に、
実感をもって「女の自立」を考えさせてくれた映画だった。
物語りは、
歌手を夢見て一日も早く親の家を出たいと思っている、
17歳の高校生ポムと、
22歳にして既に2人の子供を持つ、
シングルマザーのシュザンヌが、
1962年のパリで出会うことから始まる。
この映画は、2人の「愛と自立の日々」を、
10余年にわたって描いたもので、
「歌う女」とはポムのことで、
実際に「歌う」という行為と自分自身を「謳歌」しているかどうか、
(自分らしく生きているのかどうか)を重ねて、
問いかけている映画である。
初めは「歌わない女」だったシュザンヌも、
パートナーだった男の死をきっかけに、
一人で生きる決心をして、
実家に身を寄せ、タイプを習い、
今では南仏で女性のためのプランニングセンターを、
運営する「歌う女」になっていたのだった。
昨今、私の周りに出現している「歌う女」たちは、
「自立」云々という人たちではなく、
単に「歌うことを楽しんでいる女たち」なのだが、
しかし、よく考えてみれば、
彼女たちも恋愛や結婚や出産などを経た上で、
今、改めて「歌う女」になっているということだから、
どこかで「自立」に繋がっているような気もする。
つまり、ここでの「自立」は、
第二の自立、あるいは「大人の女の自立」とも言うべきもので、
妻や母という肩書きから「一人の人間」として、
自由に、自分自身を謳歌する方法の一つとしての、
「歌」なのだろうと思う。
今日、初めてその歌声を聴いた「サエラ」も、
そんな女たちの一人(二人)だったようだ。
サエラは、ピアノの高橋朋子と、
ボーカルの菊地由利子から成るユニット。
年齢は菊地さんがステージトークの中で、
「百恵ちゃんと同じ」と言っていたから、
50代前半ということらしいが、
16年前子供の手が離れたあと、
ママさんコーラスで知り合った仲で、
今も青森県五所川原市に拠点を置いている。
地元ラジオでDJもやっているということで、
オリジナル曲の「恋して青森」は,
来年新青森まで開通する東北新幹線の、
キャンペーンソングにもなっているのだという。
「サエラとは『あちらこちら』という意味なのですが、
私たちのレパートリーも昭和の歌謡曲を柱に、
民謡からポップス、シャンソンと多ジャンルに渡っているんです。
でも一番好きなのは歌謡曲ですね」と、
菊地さんが言うように、
今夜のコンサートも「五番街のマリーへ」「秋桜」
「北国行きで」「アメージング・グレイス」など、
我ら大人世代の耳に馴染んだ歌謡曲が多かった。
クセのない澄んだ声は、耳に心地よく、
うまくプロモーションをすれば、
ストーリー性も相俟って、
ブレイクするような気がした。
青森でのコンサートは女性の観客が8〜9割らしいが、
今日のコンサートは40代から60代の男女が半々ぐらい。
私を招待下さったのは、
アミューズエデュテーメント代表の大里洋吉さん。
「今日のお客さんって、willbeメンバーのイメージに近いよね。
そうだ、これから2人で、埋もれている大人の芸能技を発掘して、
新しいエンターエテインメントを創ろうよ」
これは、私がwillbeを始める前から、
「シニア・ドリームプロジエクト」という形で、
既にプロジエクトをスタートさせてもいたし、
この先はwillbeを舞台に、
芸能領域に限らず、作家・小説家領域でも、
「シニアスター」を創りたいと考えていたので、
大里さんと一緒なら、鬼に金棒、
いや狸猫にダイヤモンド、
(これだと「豚に真珠」みたいで、意味が違ってくるかも)
ますます来年が楽しみになってきた。
女のみならず、男たちも、
是非、人生を歌って(=謳って)新しい自分を探して欲しいものだ。











































コメントを投稿する