12/10(木)KK( 加藤和彦さん)との最後のミーティング。

icon_zamma.jpg12月10日(木)25時08分

今日もいろいろあったが、
.........とても素晴らしい一日だった。

厚労省のメンタルヘルスのポータルサイト、
「こころの耳」のシリーズインタビュー,
「生きる力」の次回ゲストが、
日本自殺予防学会理事長であり、
日本いのちの電話連盟常務理事の,
斎藤友紀雄氏にお願いをし、
午後2時から、
私のオフィスでインタビューをさせていただいた。

斎藤氏は1936年生まれ。
東京神学大学とアメリカランカスター神学校で、
神学と臨床心理学を学んだ日本キリスト教団教師。
「いのちの電話」に関わって38年になるという。
インタビューの内容は「こころの耳」に、
新年1月4日に掲載されることになっているので、
ここでは中身を書くことは控えるが、
こんなに穏やかで、知的で、
心根に響くお話を伺ったのは久しぶりで、
「こころの耳」の仕事をして本当に良かったと思った。
同席した編集長のシニカル・タカハシも、
クール・マツダイラも、
「いい話だったなぁ」「いい方でしたよね」と、
しみじみ言い合っていた。

インタビュー自体は、
後日読んでいただくとして、
胸に突き刺さった氏の一言。
「自殺をしたいと思っている人の、
心の中に必ずある感情は何だと思いますか。
.........怒りなのですよ。
おとなしい人ほど、その怒りは激しいのです」

たしかに、
時に「怒り」は不可能を可能に変える大きな力だ。
他者に対する怒り、自分に対する怒り。
それらが、増幅・肥大化した時、
自分で思いも寄らないエネルギーが湧出し、
自分を無き者にしてしまう武器に変わる。
この時代は、内面の怒りをなだめる装置が少なくなり、
荒ぶる想いが噴出しやすくなっているような気がする。

日々、余裕がなくて、
やさしくしたいのに、やさしくなれない(出来ない)
ささくれ立った私の気持ちを、
斉藤氏のやさしい言葉が大きく包み、
心の奥底に沈殿していた怒りの棘を洗い流してくれた。

返り際、エレベーターまでお送りして、
「お忙しいでしょうけれど、どうぞお元気で」と、
私が言うと、にこやかな笑顔で、
「家内がアルツハイマーで、80歳の姉の足が不自由なので、
今は老・老介護の毎日でもあるのですよ」と、
いっそう穏やかな口調でおっしゃったのだった。


その後、
打ち合わせをしているうちに、
あっという間に夕方になった。

午後6時半から「KKミーティング」が開かれるので、
芝公園のザ・プリンスパークタワー東京に向かった。
「KK」とは故・加藤和彦氏のこと。

「お別れ会も偲ぶ会もやらないで欲しい」と、
書き残してあったのだが、
氏の友人・知人から、
「何か会をやって欲しい」との要望が強かったので、
親しい人たちで考えた結果、
「ミーティング」ならいいだろうということになり、
今日の会になったのだった。

「.........(前略)故人の、
クリエイティブな人生に関わった方々にご参集いただいて、
美味しい料理とワインを楽しみながら過ごしたいと思い、
ご案内させていただきます。
もちろん平服で.........出来れば着飾ってご来場下さい。
この夜は奇蹟が起ります。
故人が愛した美食の数々を名店料理人の方々が、
特別に集まって振る舞って下さいます。
飯倉キャンティー、虎ノ門NOBU=TOKYO、赤坂うまや、
赤坂一笑美茶楼、武蔵五日市寿庵忠左衛門、岐阜開化亭、
岐阜川原町泉屋、京都イルギオットーネ、京都嵐山吉兆、
京都祇園ささ木、大阪津むら、神戸北野ホテル、岡山吉田牧場、
そして、ザ・プリンスパークタワー東京自慢の、
お料理とワインを楽しみましょう」 

これが、
発起人のきたやまおさむさん、市川猿之助さん、
渡邊美佐さん、朝妻一郎さんからのご案内状だった。

会前方に数枚の加藤さんの写真が飾られてはいたが、
とても遺影には見えなかったし、
会場には前述の有名店の屋台が並んでいて、
いい匂いを発しているので、
氏の功績を讃えるお祝いの会といった風情で、
湿った空気は皆無だった。
それどころか、
きたやまおさむさんの、
親友だからこそ言える遠慮のない言葉に、
笑い声が起きる打ち解けた会だった。

話はきたやまさんだけで終わり、
すぐに宴は始まったのだが、
会場に来ていた顔ぶれが、
私には感激・感激の連続だった。

ほとんどが、
昔一緒に働いたことのある人たちだったのである。

私の職歴は、履歴書上は、
静岡放送のアナウンサーに始まり、
次が「女性自身編集部・記者」と続いているのだが、
この間に、あるいはアナウンサーや記者と重なって、
いろんなことをしていたのである。

中でもヤマハには、
アナウンサー時代から関わっていて、
週に一度ギターを習うために、
静岡から恵比寿のヤマハ音楽振興会に通っていたのだが、
(本当は東京を離れたくなくて、
ギターを理由に上京したかっただけ)
その当時の友人たちが沢山来ていたのである。

もちろん、
今ではみんな音楽業界で活躍している人たちなのだが、
何故か縁がなく、会えなかったのである。
「うわっ、30年ぶりよね」とか、
「わっ、40年ぶりぐらいじゃない?」という、
懐かしい人ばかりだった。

ヤマハ出身の中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」や「時代」、
沢田研二の「勝手にしやがれ」や五輪真弓の「恋人よ」の、
アレンジャー船山基紀さんは、
私が二十歳そこそこの頃、
「モッチャン」と呼んでいた友人だった。

「僕、どうしてあの頃のザンマが、今こうしているのか、
どうしても判らなくて、いつか聞いてみたいなぁって、
思っていたんだよ。
あの頃ジュンペイ(大橋純子)たちと、
バンドを作ってジャズ喫茶とか回っていたじゃない?
あれと、今はどう繋がっているの?」
「一言では言えないから、近々ご飯でも食べようよ」
ということになったのだが、
船山さんの隣りにいたのが、
30年ぶりに会った作詞家の三浦徳子さんだった。

彼女は、郷ひろみお「お嫁サンバ」や松田聖子の「裸足の季節」
「青い珊瑚礁」「夏の扉」などの作詞家で、
30年前は仕事の悩みなどを打ち明け合いながら、
飲み歩いていた仲なのである。
途中、何か思うところがあったらしく、
仕事を休止したりしていたのだが、
この間に結婚を2回、孫までいると知ってビックリ、
「また、バリバリ仕事をしようと思って」と、
張り切っていたのは嬉しかった。

他にもレコード会社の人や放送局の人、
音楽制作プロダクションや映画関係者など、
若かりし頃の夢見る心を、
未だに失ってはいない人たちと沢山会った。

アーティストたちも大勢来ていて、
「和幸」で加藤さんとデュオを組んでいた、
坂崎幸之助さんの音頭で、
南こうせつ、伊勢正三、高橋幸宏、イルカ、大野真澄、
木村カエラ、尾崎あみ、由紀さおりらがステージに上がり、
「あのすばらしい愛をもう一度」を合唱して会は終わった。

出口付近に元ニッポン放送社長の亀淵さんがいて、
「拓郎が来ているよ」と言うので、
(私が拓郎ファンなのを知っているのだ)
「知っています。さっき会釈だけはしておきました」と私が言うと、
「なんだ、僕が改めて紹介してあげるよ」と、
言うのでついて行くと、
「この人、残間さん、僕の大親友!」と、
″拓郎さま″に言うと、
「ザンマのことは知ってるよ、なぁ~」と、
肩に手を掛けて言われたので、
「あの、名古屋にも行きました」と、
私が猫を50匹ぐらいかぶって言うと、
「ウン、それも聞いてた」と言うではないか。
私がガラにもなく照れていると、
「私もザンマを知ってるよ」と、
毛皮のショールを掻き上げながら言った人がいた。
会場中で一番ゴージャスだなぁと思って、
見ていた女性なのだが、
これが、ユーミンだったのである。

「いい会だったよね。
あいつのお蔭で、今日はみんないろんな人と会えたよね」
みんな口々に言いながら、散会となった。

亡くなる直前、
突然「今日はズズのところに行ってくるよ」と言って、
安井かずみさんのお墓参りに行ったという話。
「一週間や十日では到底準備出来ないほど、
書類には印鑑証明が添付されているなど、
あらゆることが完璧に処理されていたという話。
時が経つにつれて、
徐々に判ってくることで哀しみが募っている人も多いという。

長年、そばにいた内田マネージャーは、
「今でも、加藤と何の関係もない場面だというのに、、
不意に涙が出てきて.........困ります。
父が亡くなった時もこうじゃなかったのに、
父は86歳でしたから、
諦めもついたのですが.........短かすぎますよね」

加藤さんと私の誕生日は同じ、3月21日。
来年の春は淋しくなる。

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コメント(7)

ブログを拝見するのが就寝前の楽しみです。

私には残間さんのご子息と同い年の息子がおり、今春社会人となり遠くで暮らしております。

周囲の助けを支えに、独りで育ててきました。今、いずれは宝に変わるであろう体験に耐えている若者は世の中に沢山います。

どうか、わが子のみならず若い人たちが明るい新年を迎えられるよう祈っています!という私も42歳、まだ子育て中です。

昔の自分、今の自分、これからの自分、全部受け入れて暮らしたいなと思っています。それができたら今よりもっと幸せかなと(*^_^*)

ブログ読みながら、友達に会いたくなりました。若い頃と違い、頻繁に会えなくなります。だけど、久々に昨年、二十数年ぶりに再会しても、年賀状や時々手紙のやりとりしていたので、直ぐ空白期間なんてあっという間に埋め尽くされました。音楽が共通の趣味の私達は、それだけで時間が過ぎてしまいました。加藤和彦さんの、『あの素晴らしい愛をもう一度』(1971年)を、又友達と仲間と歌いたいです。友達って良いですね。

私はずっと「ZUZU」安井かずみさんが好きでした。

ご夫婦連れだって、六本木教会の礼拝に列席されている姿をお見かけしました。

ほんとうに絵になるオシャレで上品で粋でハイセンスなお二人のシルエットは、生涯忘れることができません。

誕生日が3月21日貴女と同じよ
と気さくに声を掛けて頂いたあの時から
親しみの気持ちを持ち毎日ブログを見させて貰っています」
加藤さんも同じとは!
お二人とは比べ様もありませんが少しビックリしました

「猫を50匹ぐらいかぶった」残間さん、可愛いです。
私も大好きな拓郎さんに、残間さんとご対面が実現できて
こちらまで嬉しいです。
そして、「こころの耳」・・。知りませんでした。
このタイミング・・。息子が仕事の事で悩み、ギリギリまで悩んでわたしに電話をしてきたのはつい先週の事でした。今後のこと、いろいろ考えています。
「こころの耳」これからサイトを読んでみます。
時々まとめ読みさせていただいているこのブログ、
これからも楽しみにさせていただきます。

ブログ、ご無沙汰していたのですが
kk・・・の会の事をラジオで聴いて
残間さんも
行かれたに違いないと思いクリックしました
加藤さんのことは今も信じられないのですが
ユーミンが仰った言葉
しみじみ思います
先日父の17回忌で、疎遠になっていた妹に会えたのです
家族5人も9か月振りに顔合わせできました

拓郎の前で照れてる残間さんを想像し
いいなーと思いながら
一般人の私達と残間さんたち世界の方々と
思いが通じることを実感できる
残間さんのブログにいつも励まされます
私も少し元気が出そうです

私も甲状腺患ってその後思わぬ病が発病してしまいましたが、上手に付き合っています
残間さんも日付けが変わる頃にはなるべく就寝してくださいね
明日はどよう楽市!楽しみです

先ほどコメントしたsumirekoです。
さっそく「こころの耳」サイトを開いてみました。
いろいろな情報があり、力づけられました。
ありがとうございます!
実はわたしも今日は疲れがでてダウンしていましたが、
ブログを読ませていただき元気になってきました。
明日はここのメンバー活動紹介で知った「古本市」に
行く予定です。
メンバーになっていて良かった、残間さんの魅力と
パワーに導かれてここへきて良かったと思っています。
度々、失礼しました。

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フォトアルバム

2月9日(木)

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「テーブルウェア・フェスティバル2012」、東京ドームのアリーナ会場を見渡す。

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黒柳徹子さんの作品「ガラスの不思議」

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田川啓二さんの作品「Heavenly Beach」

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加藤タキさんの作品「新旧共生の間」

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故郷・大阪をテーマにした萬田久子さんの作品。

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大阪庶民の味、たこ焼きとお好み焼き。(合羽橋で買った食品サンプル)



2月5日(日)

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3時間ほど煮込んだ蕗。

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白菜漬けと糠漬け。

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昭和の香りが漂う「乙女美容院」(鏡の中は母)



2月4日(土)

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「挨拶人形」を見るナカヤマ。

2月3日(金)

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「仙台の夕べ」にて。

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風評被害にも負けず。仙台の美味しい食材が並んでいた。

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サントリーホールの入口で出迎えてくれた、宮城県の観光PRキャラクター「むすび丸」

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深夜の「独り豆まき」



2月1日(水)

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青山の女性占い師。



1月30日(月)

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こんなに美しい富士山が、爆発の怖れ?



1月29日(日)

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銀座の歩行者天国で。ちょっと可哀そう・・・。



1月28日(土)

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椿山荘「オリオン2」で開催した、クラブ・ウィルビー創立三周年記念「ウィルビー新春の集い」

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初めにご挨拶をしてくださった、寺島実郎さん。

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夜の便でパリへ旅立つという、隈研吾さん。

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乾杯のご発声は、安藤優子さんと萬田久子さんのお二人に。

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浮き球△ベースボールの創設者でもある、椎名誠さん。

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メンバーと談笑する藤田宜永さん。



1月25日(水)

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今年で41回目の開催となった「フジサンケイグループ広告大賞」の審査会。

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審査委員の漫画家・弘兼憲史さんとクリエイティブディレクター・箭内道彦さん。



1月24日(火)

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



1月19日(木)

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「第四回ウィルビーおとな塾」の講師、秋岡榮子さん。



1月16日(月)

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こんな葉書が届きます。表面。

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裏面。



1月15日(日)

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グラウンドに到着すると、丁度ナカヤマが打席に。

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真剣に練習に打ち込む「南青山ぼちぼち団」のメンバー。

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フジタさんが沖縄の伊江島で拾ってきた浮き球を手に持つアライさん。

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練習後、メンバー全員でグラウンド整備。

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自主練に参加したメンバーの皆さんと記念写真。



1月14日(土)

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東京・青山の片隅で、寒さに負けずに咲いていた水仙の花。

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毎年この季節お馴染の、石焼いものおじさん。



1月9日(月)

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「ご心配をおかけして申し訳ありません。左側を打ったのですが、大分よくなりました。今年は年女なので頑張ります!」(母より)



1月5日(木)

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石原プロモーションの「新春仕事始め寿ぎの儀」。

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新年の挨拶をするまき子夫人。



1月3日(火)

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赤坂見附の交差点には、白梅が咲いていた。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
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【価格】
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引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。