″何度申し込んでも落選ばかり″という方から、
「公団みたいに、何回も落選した人には優遇措置を採ってください」
との意見をいただいたので、
そのことを考慮しつつ、
厳正に抽選をさせていただいた。
参加者の年齢層は、
30代から60代まで幅広かった。
「2人で申し込んだのですが、妻は外れてしまいました」
と言う人もいれば、
「willbeシティウォーキング」 で一緒になった人と、
偶然会って、喜び合っている人もいたが、
ほとんどは初対面の人ばかりだった。
坐禅の指導をして下さるのは、
観音堂を守っている藤田一照師。
東大大学院博士課程で、
心理学を学んでいた時、
「心理学より面白いことを見つけた!」との思いで、
禅の世界に進んだという一照師は、
いつもながらの気さくさで私たちを迎えて下さった。
「座れる身体」にするために、
先ずは身体をほぐす体操を指導してくれるのだが、
師の禅に対する考え方を柱に、
私たちの心と身体がどう繋がっているかを体感させくれる「法話」は、
一々頷ける言葉であふれていた。
坐禅をする時は、無理に「無」にするのではなく、
「(浮かぶ)想いは追わず、払わず」でいけばいいのだ、
と言う一照師の言葉は、
まさに私が今、「求めていた言葉」だと思った。
想いを追うことで奮起し、
払うことで奮起してきた私にとっては、
難しい境地ではあるが、
来年に向けて、
そうありたいと願わずにはいられなかった。
何事にも執着せずに生きたい。
さらには無理に振り切ることもしたくない。
あるがまま、なすがままに、
流れ、行き着く先の自分を信じて、
新しい頁を開くことが出来るだろうか。
一照さんの禅は、
単に「座ればいい」というのではなく、
日頃思いながらも形に出来なかったことを、
「言葉」として表してくれるという、
文学的な時空間でもあるのだ。
それら法話の中で発せられる珠玉の言葉を、
必死に覚えておこうと思うのだが、
(まさかメモをすることも出来ないので)
そう思うこと自体が、
「想いに縛られる」ということなのだから、
厄介なのである。
坐禅が終わった時、ノートを出して、
周りの人に尋ねながら、
師の言葉を書き留めている人もいたが、
瞬間に放たれた師の言葉を、
正確に覚えている人は少なかった。
13時に坐禅会が終わり、
希望者だけを募って、
葉山の町にある「魚寅」で
懇親会をおこなった。
以前来た時は、
1階が魚屋さんで、2階に座敷がある、
昭和の懐かしが残る日本家屋だったのだが、
その後建替えたらしく、
オシャレなカフェのようなお店になったいた。
当時は、
歯に衣着せぬ話が面白い名物女将がいたのだが、
新しいお店は名物女将の息子さんのお嫁さんが新女将になっていて、
残したご飯を一人ずつおにぎりにして持たせてくれるなど、
さりげないサービスが心に沁みた。
懇親会には約8割の人が参加した。
既に何となくの「顔見知り」にはなっていたみたいだが、
どこの誰とまでは判っていないようだったので、
食事の合間に自己紹介をしていただいた。
いつも言うことだが、
willbeのメンバーは、一人一人が、
インターネット登録による入会になっていることもあって、
総じて「自立」している人が多く、
シングルの人やシングルアゲインの人(離婚組)
シングルマザーはもとより、
夫婦が揃っている場合でも、
基本的には「一人」と言う単位で動いているため、
ベタついたところがないのである。
それでも、
「イベントに一人で参加するのは勇気が要ることでした」と、
言う人も少なくないのだが、
「来てみると、一人で来て良かったわ」と言う人が、
ほとんどなのである。
今日の参加メンバーも、実に多彩な人たちだった。
如何にも仕事が出来そうなシングルワーキングウーマンもいれば、
「家事をやることが何よりも好き」と言う専業主婦の人もいる。
館林から来たという役所勤めの団塊男性は、
来春定年を迎えるので、
そのあとの人生を考えて、
今日の会に参加したのだというし、
前泊して鎌倉のお寺を回って、葉山に来たという女性は、
水戸からの参加だ。
「少し前に2度の骨髄移植手術を経て、
7歳の孫が亡くなり、ずっと泣いていたのですが、
いつまでもこうしていたのではいけないと思って、
参加しました」と言うのは、
とても孫がいるようには思えない58歳の美しい女性。
妻が抽選に外れた男性は、
坐禅の時に出した葉山銘菓を「妻にお土産に持って帰ります」と、
ノロケて、拍手喝采を受けていた。
「魚寅」から徒歩数分の海沿いに白亜のセカンドハウスを持つ、
デザイナーの男性は、「今度willbeで使ってくれてもいいですよ」
と言って下さった。
「100歳の母の介護の合間に出て来ました。
こうでもしないと自分の時間が持てないので思い切って来ました」
と明るく語る女性の目下最大の興味はパソコン。
「還暦を過ぎたし、もうコンピュータは覚えなくていいや」と、
思っていたら、残間さんが『私もそう思っていたけれど、
そうはいかない時代だと思う。
インターネットを使うと人生が広がりますよ』と、
何かに書いていたのを見て、
思い切って、willbeのパソコン教室に入ったら、
面白くなって、その後パソコンを買って、
近所のパソコン教室にも通い始めたんですよ。
お蔭様で世界が広がりました。ありがとうございます」と、
お礼まで言ってくれたのである。
「平日はリストラだのM&Aだのと、
あまり人間的ではないことをやらざるを得ないので、
週末ぐらいは穏やかに生きたいと思ってwillbeに入ったのですが、
今日、そばで見ていると、こんなに丁寧にやっていたら、
いゃぁ、残間さんの会社は大変だろうなぁと思いましたよ」と、
willbeのコンサルティングをしてくれそうな気配の、
54歳の会社役員。
佇まいが知的な美しさに輝いていた女性は、
2年前まで美術館の学芸員をしていたという人で、
「実は私は坐禅会に参加する、というよりは、
茅山荘を一度でいいから拝見したいと思っていたのです。
長いこと公開されていませんでしたからね。
今日、永年の夢が叶いました。ありがとうございます。
茅山荘の方に興味が.........と思っておりましたのに、
坐禅会もとても素晴らしくて、
また参加させていただきたいと思っております」
この他にもクラシィックバレエを教えている人、
折り紙の達人、マイセンの絵付けの達人など、
.........このまま書いていくと、
全員のことを記さなければならないほど、
個性あふれるなバックグランドを持ったメンバーが多かった。
「今日も素敵な人が多かったわね。
疲れがいっぺんにすっ飛んでしまうわ。
さてと、これからどうします?
気分がいいから、シャンパンでも飲みに行きましょうよ」
と言うナカヤマの甘言に乗せられて、
晩秋の日曜の宵、
一度は歓楽街に向かったのだが、
坐禅のあとの気分にそぐわず、
結局は拙宅でシャンパングラスを傾けたのだった。

















































毎回、本当に素敵なお集まりになっているようで、参加できない私はほんとに残念です。(やっと申し込みをしたパソコン教室もキャンセルせざるをえなかったし)
でも、いつか私もイベントに参加したいです。それまではパソコン画面から活動を拝見したいと思います。