11月17日(火)24時56分
午前11時、
コピーライターの岩崎俊一さんの事務所に伺い、
来年使う「club willbe」の新しいパンフレットを、
どういう形にするかの打ち合わせをした。
この欄でも時々書いてきたが、
この1~2ヶ月、
ご協賛依頼のための企業行脚をしてきた「結果」が、
そろそろ出始めているので、
新しい「顔ぶれ」での新しいパンフレットを、
作らなければならないのである。
ご協賛企業の名前だけでなく、
willbeの新しいプログラムも考えなければならず、
目下、今ある要件を整理して、
何が可能かを検討中しているところだ。
午後打ち合わせの後、
友人の久野綾希子さんが出演している、
「ヘンリー六世」を観に、新国立劇場に行った。
「ヘンリー六世」は、
シェイクスピアの実質的デビュー作と言われ、
26、7歳の時に書かれたもので、
数多いシェイクスピア作品の中で唯一の三部作だ。
内容は、百年戦争から薔薇戦争までの英仏を舞台に、
生後9ヶ月で王座についたヘンリー六世が、
周囲の人間模様に翻弄されて、
愛憎渦巻く激動の人生を送る姿を描いたもので、
これを今回は一挙上演しているのである。
ただし三部作を一挙に観ると9時間30分になるので、
各部を自由に観ることが出来るように考えられてあって、
どうしても時間がとれなかった私は、
久野さんが最も長く出ている第二部「敗北と混乱」を観た。
(そう言えば、学生時代に映画「人間の条件」一挙上映というので、
9時間31分を立ちっ放しで観たことがあったっけ。
若かったのだなぁと思う)
私の席の後ろには高校生の団体がいたのだが、
高校時代に学友と一緒に、
シェイクスピアの芝居を観るという体験をさせるなんて、
なかなか味な学校だと思った。(「学友と一緒」がいいのである)
毎日が激しく動いている彼らにとって、
今すぐどうというものではないかもしれないが、
いつの日か、何かの折りに、
「ん?これってどこかで見た光景だ」
「こんな言葉、いつか聞いたような気がする」という風に、
思い当たる日が来るような気がする。
大声を発する人もいないし、
行儀も悪くはなかったが、
さすがに15世紀のヨーロッパを、
身近に捉えている生徒はいないようで、
「ねぇ、どんな話?」「解んないよ」
「誰が出るの?」「知らない」
などと言うヒソヒソ話が聞こえてくる。
戦争を柱にしながらの壮大な歴史ものなので、
登場人物が多い上に、
公爵だ伯爵だと長いカタカナ名前が乱舞し、
ストーリーで理解しようとしても、
さっきまで味方だった人が急に敵になったり、
好きだと言ったかと思うと、
すぐに憎んだりの「シェイクスピアワールド」は、
おいそれとは理解出来ないようで、
一幕が終わって休憩時間になると、
「どの人がヘンリー六世だった?」
「えっ、おまえ、おかしいんじゃないの。
解んないで観ていたのかよ」などという言葉も聞かれた。
(それでも、マーガレットとサフォーク伯との、
不倫ラブシーンの場面には身じろぎもせず、
見入っているようだった。
「愛と闘い」の原点のようなこの場面を、
迫真の演技で見た経験は何年後かに役立つかもしれない)
「翻訳」の枠を越えて、
今やシェイクスピアが乗り移ったとしか思えない、
小田島雄志さんが紡ぎ出す日本語の美しさと、
言葉に負けない鮮やかな演技を引き出した鵜山仁さんの演出力は、
「素晴らしい」の一語に尽きるが、
久野綾希子さんのいつもながらの、
クリアな長台詞も耳に心地よかった。
総勢38人の出演者が2ヶ月半かけて稽古をしたという成果は、
十分に表われており、
途切れることない高揚感と共に観終えることが出来た。
平日の昼の上演だというのに、
数十人の高校生を除くと、
観客のほとんどがアラ還以上の大人たちで、
満席になっていたのも、
この先の大人たちの可能性をみたようで嬉しかった。

















































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