11月12日(木)25時04分
【昨日のブログの冒頭で、
「立ち上げ」が遅れたお詫びを書いたことの意味】
通常私は夜このブログを書くのだが、
その「夜」が大抵は「翌日」(24時以降)になってしまうため、
徐々に頭がボンヤリしてきて、
変換ミスも起きやすいので、
朝(5時頃〜)改めて校正をしてから、
立ち上げることにしているのだが、
今朝は丁度その時、母の身体の具合が悪くなり、
対応しているうちに、
「立ち上げ」が大幅に遅れてしまったということなのである。
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母をいったん寝ませ、
8時に様子を見に行くと、
大分気分は良くなった風で、
「今日はどうしてもデイケアセンターに行きたい」と言う。
休んだほうがいいとも思ったが、
友達に会えば元気になれるような気もしたので、
出かける支度を手伝って、
センターから迎えに来てくれた人にバトンタッチをした。
ブログを立ち上げて、ホッとした時、
栗原はるみさんから電話が入った。
「検査の結果が出るのって、今日だったよね。
私、今成田なの。これからロンドンに行くんだけど、
検査結果が気になるから、着いたら電話するわね。
仲良しが病気になるのは、辛いからね。
ちゃんと食事をして、ちゃんと眠ってよ。
帰ってきたらご飯食べましょうね」
私の何倍も忙しい栗原さんが、
私の検査結果が出る日を覚えていてくれるなんて.........。
深く感謝した。
午後2時に出る予定の検査結果。
実は、私も朝から気になっていて、
(今回ばかりは「何でもない」とは言われないような気がして)
母の介助をしながら、お線香を焚き、仏壇に手を合わせ、
かなり緊張していたのである。
で、結果は、
病理学的には「異状なし」だった。
(ご心配下さった方には、心からお詫び申し上げます)
ただし、相変わらず全身疼痛は治っていないので、
今度は甲状腺機能を調べることになり(私は「橋本病」でもあるので)
採血をしてもらった。(結果は、またもや2週間後)
急ぎ帰社して、
心配してくれていたナカヤマはじめスタッフたちに、
「異状なし」を伝え、
今度は東京医科歯科大学付属病院へ向かった。
ここに、昔とてもお世話になった人が入院しているという、
報せを受けたので、
お見舞いに行こうと思ったのだった。
お世話になった人とは、
私が最初の就職先である静岡放送を辞めて、
次なる仕事先となった「女性自身」編集部で、
編集総務のアシスタントに採用されるはずが、
成り行きでフリー記者になってしまった時、
手取り足取り「記事を書く」という仕事を教えてくれた、
2つ年上のハシモト氏だ。
配属されたのは「テレビ情報」という5頁で、
テレビ界のこぼれ話を集めて来るのが私の仕事だったのだが、
デスクに「ネタを拾って来い」と言われて、
「ネタって、何?」とオロオロしている私に、
先ずはテレビ局の広報部に行って、
そこでベーシックな情報を収集することから始めなさいと、
取材のイロハを教えてくれた人である。
ハシモト氏の上には、
「女性週刊誌の父」と言われていた鬼デスクがいて、
二十歳そこそこのズブの素人の私に対しても、
一切の甘えは許さなかった。
当時締め切り作業は、
古い和風旅館みたいな空間を借りてやっていたのだが、
半ばタコ部屋と化した畳の大広間で、
男性記者に交じって必死で書いた原稿を、
鬼デスクに恐る恐る差し出すと、
読むやいなや、どこが悪いのかの一言もなく、
ビリリと破り、あっさりゴミ箱に捨てるのだった。
そんな時、「どこが間違っているのか」を教えてくれたのが、
まだ新人に近いハシモト氏だったのである。
ベッドに横たわっていたハシモト氏は、
痩せてはいたが、思っていたより元気そうだった。
奥さんにベッドを起こして貰いながら、
ハシモト氏は「来てくれるとは思わなかったよ」と、
嬉しそうに言ってくれた。
「偶然入院しているのを知ったから来た」のであって、
「重篤だから来たのではない」と、
しつこくその旨を言うと、私の顔を見つめながら、
ハシモト氏は昔と同じような、
兄貴のようなあたたかい目でニヤッと笑うのだった。
自然に手が伸びて、私はハシモト氏の手を握った。
「こんなことでもなかったら、一生手なんか握らなかったわねぇ」
と、私が言うと、
ハシモト氏は声になるかならないかの小さな声で、
「今、握られてもなぁ.........」と言い、
「あんたとは何もなかったからなぁ.........」と呟いて、
奥さんと私を大笑いさせたのだった。
「また来るからね」と言って部屋を出た私を、
奥さんがエレベーターまで送ってくれた。
「かれこれ二十数年ぶりですものね。
まさか、あなたが来てくれるとは思わなかったから、
嬉しかったみたいね。珍しく凄く高揚していたもの.........。
忙しいのにありがとう」
元イラストレーターの奥さんは、
今では子育て支援のファシリテーターをしているのだという。
昔は研ぎ澄まされた美しさに輝いていた奥さんも、
穏やかな笑顔が魅力のアラ還女性になっていた。
2人が恋に落ちたのもそばで見ていたし、
新居に遊びに行かせてもらい、幼い娘さんとも遊んだ記憶がある。
思いが通い合っている同士には、
過ぎた時間の長さなんて関係ないのだということが、
しきじみ実感されたひとときだった。

















































その後、お母様のお具合はいかがですか。
毎日、読ませていただいています。
優しい人との繋がりが、残間さんの栄養になっているのでしょうね。
最後の三行を何度も読みました。
私も最近似たようなことがあり、今も気持ちが高揚しています。