10/19(月)北山修さんは言った。「とにかく、僕らは生き続けよう」

icon_zamma.jpg10月19日(月)24時12分

加藤和彦さんの告別式に行った。
過日、頼近美津子さんのご葬儀が行われた、
同じ会館の同じ部屋だった。

室内前方に花で覆われた台が設えられており、
その上に遺影と加藤さんが残した最後のメッセージが、
額に入れて置かれてあった。
中央には周囲を白とクリーム系の花々で囲まれた、
白い棺が安置され、
英国趣味の加藤さんに因んだのか、
紺と緑のタータンチェックの布が掛けられてあった。

「葬儀はしないで欲しい」という遺言があったということから、
今日の式は読経もなければ賛美歌もない、
献花だけの静かなお別れだった。
ごく身近な人だけの会と聞いていたが、
かまやつひろしさん、高橋幸宏さんら、
音楽関係者を中心に50人近い人が列席していた。
開式15分前に市川猿之助さんが見えたが、
心友の突然の死に、
ショックを受けている様子が痛々しかった。

列席者一人一人の献花が終わると、
棺の蓋が開けられ、
祭壇に飾られてあったお花を棺の中に手向けた。
加藤さんのお顔は、心なしか少し哀しげではあったが、
若々しく、まるで熟睡しているような感じだった。

一人京都に住むお母さまは骨折して入院中ということで、
いらっしゃれなかったので、
「親族」代表代行で、北山修さんから謝辞があった。
「加藤和彦は二人いたのではないかと思う。
一人は、僕らの知っている、
何でも受け入れてくれる笑顔のやさしい加藤と、
もう一人は、うまくいかないと自分に怒り、自分を責める加藤。
一緒に仕事をしている時、
僕らが『ここはこうじゃないの』とか、
『これはこうしたいな』と言うと、
大抵のことは聞いてくれたのに、
自分の人生だけは、
誰の言うことも聞かずに一人で閉じてしまった。
......僕らは『おらは死んじまっただぁ』ではなく、
『おらは生きちまっただぁ』という風に生き抜きましょう。
加藤より、もっと、もっと、もっと長く生きましょう」
(原文に忠実ではないと思うが.........こんな感じのお話だった)

淡々と、それでいて温かさに満ちていた北山さんのお話は、
感動的だったのはもちろんだが、
「自ら命を絶った」という現実から逃れられずにもがいていた、
私たちの心を軽くしてくれたように思う。

実は、私はこの日、
昼の会合は事情を話してキャンセルしたのだが、
15時には次の会議があったので、
ここで辞去しようと思っていたのだが、
最後まで見届けないではいられない気持ちになり、
桐ケ谷斎場まで行くことにした。

斎場で最後のお別れをして、加藤さんは荼毘に付された。
収骨までの時間、控室では、
ごくごく親しい仲間同士ということもあって、
加藤さんの思い出話が飛び交い、
何人かは「本当にバカヤロウだよ!」と、
飾らない言葉で加藤さんの死を悼んでいた。
私は、先日会ったばかりの大野真澄さんと、
四方義朗さんと同じ席に座り、
二人が語る加藤さんの楽しいエピソードを聞いていた。

ふと見ると、控室の前方の棚に、
先ほど式場で見た遺影と、
最期のメッセージが収められた額と封筒が置かれてあった。

淡いピンクの封筒は加藤さんの名前入りの特製封筒で、
表に「遺」と言う一文字が直筆で書かれてあった。
メッセージには、死を決断した「経緯」が記されていたが、
最後に「.........どうか、お願いだから騒がないで頂きたいし、
詮索もしないで欲しい。ただ、消えたいだけなのだから...」と、
記されてあったので、私もここで多くは語らないことにしようと思う。
「加藤和彦 K.K」とサインがされた一番最後に、
「現場の方々に」と書かれたお詫びと御礼の言葉が綴られたあったのは、
いかにも加藤さんらしいと思った。

「私たちは、北山さんが言ったみたいに生き続けなきゃね」
大野さんとそう言い交わし、
「また、近々会おうね」と手を振りながら、
私たちはそれぞれの目的地に向かって、
大野さんは右側の道を、私は左側の道を歩きはじめた。

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コメント(5)

毎日ブログを拝見することが日課となってます。 その努力と勇気からこちらも励まされております。 そして同世代で様々な分野で活躍している方々の一面を残間さんを通して垣間見ることが出来てとても興味深いです。
 
 この度の加藤和彦さん 大学時代のフォークの星でした。 残間さんを通して少し近づけたような気がします。
今はご冥福を祈るしかありませんね。

 これからもメッセージお願いいたします。
 ご自愛のほどを!!
 
 

↑ ほんとに残念です。加藤さんは私たちの青春でした。
北山さんがおっしゃるように、みんな元気に生き続けなければ。

どよう楽市が楽しいので、残間さんのお話を聞きたくて今日の講演に出かけ、元気をいただいてきました。
ありがとうございます。
気取りのないお話で、急に身近な方に感じました。
いつも私が思っていることを、ズバリ言ってくださって感謝しています。

もう少し睡眠をとって、体を大切にしてください。
お母さまのように110歳まで、情報発信していただきたいですから。
  


報道に北山さんのコメントが出てこないのに違和感を感じました。精神科医としては「親族」の自殺はさぞ堪えているのではないでしょうか。一時期、青山のスポーツクラブが一緒で何度か言葉を交わしましたが北山さんは本当に物静かで気さくな方でした。心中察するばかりです。

加藤和彦さんは、京都での青春の1ページでした。
大学の先輩にあたり、「帰ってきた酔っ払い」を、京都会館まで学生時代に聴きにいったものです。

 はしだのりひこさんの家が、下宿近くの京都伏見の踏み切り近くにあり、お父さんが店にいつもいらしたのをを思い出します。
 残念でたまりません。 俺は死んじまっただー 早すぎます。
 
  ハラケイ
 

NHK土曜楽市で、お名前を知り、いつも拝聴させていただいてます。さて加藤さんは、私達の青春の光の部分でありました。
関西フォークにドップリつかった日々でしたが、あのすんだ唄声だけは、許せたのです。
ご冥福をおいのりしますとともに、残間里江子さんの的確で、そして温かい告別式のレポートに感謝します。

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加藤タキさんの作品「新旧共生の間」

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風評被害にも負けず。仙台の美味しい食材が並んでいた。

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1月24日(火)

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



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こんな葉書が届きます。表面。

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裏面。



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プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。