10月15日(木)24時33分
久しぶりにテレビ朝日「ワイドスクランブル」に出た。
司会が寺崎貴司アナと大下容子アナになってからは初めてだ。
スタジオのセットデザインが変わっていたこともあるが、
スタッフの動きの中にも緊張感が感じられ、
新鮮な気持ちで出演することが出来た。
今やどこのテレビ局も広告収入が減っているため、
番組制作費が削減され、
出来るだけ局内の人材で賄おうという方針に変わっている。
この秋の番組改編を見ると、
これまでタレントや役者が担当していた番組が、
局アナに変わったというケースも増えているような気がする。
タレントや俳優には独特の華やぎがあるし、
番組イメージを特色づけしやすいという利点はあるが、
ここ数年彼らのギャラの高騰が、
制作費を圧迫していた部分も大きかったのだという。
「ワイドスクランブル」も先月までは、
俳優の大和田獏さんがキャスターを務めていたのだが、
寺崎さんに代わったのである。
この交代理由が何だったのは、
外部の私に詳細は判らないが、
大和田さんが辞める少し前に出演した時、
大和田さんと話したら、
「僕もここで本来の役者稼業に戻って、
新境地を開拓したいと思っているんだ」と、
張り切っていたことからすると、
大和田さんも契約更改を機に、
自分の可能性を広げるために、
新たな挑戦をしようとしている気概のようなものが感じられた。
人は、
求められてそこに行き、
そこで一定の評価を得たりしたら、
自分の側から「辞めたい」とは言い出せなくなるし、
実際長くいることで、
仕事もやりやすくなって来るので、
折々微調整はしても、
自ら大きな冒険はしなくなるのである。
(「しないで欲しい」とも言われるし)
しかし、いくら「これでいいのです」と言われていても、
時は移ろい、自分も年をとるわけで、
自分でも「このままでいいとは思えない」という心境になると、
毎日が自己変革への欲求とマンネリとの闘いになるのである。
そういう意味では、先方から「そろそろ.........」と言われたり、
言われそうになった時は、
「change」のための、
またとない「chance」かもしれないのである。
サラリーマンの友人からも、
同じようなことを聞いたことがある。
「僕はリストラにも遭ったし定年にもなったけど、
こういうことをネガティブに考えないで、
新しい人生の選択のチャンスと思うことにしているんだ。
本当はそれほど満足はしていなくても、
何とか続いていると、それを途中で止めて、
新しい道を歩もうとは思わないからね」
私の会社もそういうことがないわけではなく、
長く続いていた仕事が何らかの事情で無くなると、
その瞬間はつらいが、
冷静になって考えてみると、
これまでうまくいっていたことで、
仕事には不可欠な危機感や緊張感を削がれていた、
ということに気づかされたりもするのである。
持っているものを自分から捨てるのは、
そう簡単なことではないが、
50歳も過ぎたら、
捨てていく「勇気」もないと、
その先の「発展」はないような気がしてきた。
まだ見ぬ自分に出会うためにも、
自分をニュートラルにしなければと、
散り行く落ち葉を見ながら思う今日この頃だ。
多用することについては,いいことだと思う。

















































こんにちは!
きょうのブログを読んで、私も同じ心境です。
大病の末(1年半の入院)9月に退院。 視力を失いながらも、中学、浪人生を抱える母でもあります。
入院中、得意の英語を活かし、お世話になっている病院スタッフの方に必要としている資料作りをお手伝いしました。
先日病院から「今後、入院患者さんの通訳の仕事をしてくださいませんか?」とおもいもよらぬ提案をいただきました。
人生、どこでなにが起こるかわからないものですね!
両指も満足に動きませんが、新しい境地にtry
します!(^^)!
残間さんの丁寧に書かれた一日の動きを拝見、
そして
「持っているものを自分から捨てるのは、
そう簡単なことではないが、
50歳も過ぎたら、
捨てていく「勇気」もないと、
その先の「発展」はないような気がしてきた。」
という感想を読んで、
大いに共鳴しました。
少し気持ちも楽になりました。