10月12日(月)24時51分
大阪から京都まで新幹線で行き、
そこから平等院のある宇治までJR奈良線で行った。
宇治駅から平等院までは0.9キロというので、
いずれここでイべントをさせていただくにしても、
駅からの道筋をきちんと体験していないとまずいので、
タクシーはやめて徒歩で行くことにした。
宇治川に向かってしばらく歩き、
お茶屋さんが並ぶ参道を抜けたところが平等院、
駅から約10分の道のりだ。
拝観料を払って中に入った左手に藤棚があり、
すぐ右手に10円硬貨でお馴染の鳳凰堂が見えて来た。
「私が修学旅行で初めてここに来た時、
鳳凰堂の姿が見えた、その瞬間、
「一天にわかにかき曇り」という感じで、
雷が鳴り、空に真っ黒な雲が出て来て、
鳳凰堂はがかかったみたいになり、
靄阿弥陀如来像が「魔王」のように見えたのよ。
ところがしばらくしたら、
雷鳴や黒雲が嘘のように消えて、
鳳凰堂の後から光が差してきたの。
凄く幻想的で、私はただ立ち尽くしていたような気がする。
まだろくに人生の意味も分からない頃だったけど、
私たちの行く手にもこんな瞬間があるのではないかという、
漠然とした不安を感じたわ」
という話を私がすると、
ナカヤマが意を決したように口を開いた。
「私、ここに来たのは初めだと思う。ううん、初めて!
平安神宮と間違えていたかも.........」
たしかに平安神宮も平等院鳳凰堂も朱で彩られてはいるが、
鳳凰堂が朱色だったのは遙か昔のことなんだけどなぁ.........。
平等院の住職であり、奈良女子大の教授でもあり、
ランドスケープアーキテクトでもあり、
willbeサポートメンバーでもある宮城俊作さんは、
今日は市内で開催されている会合に出席中で、
この時間は会えなかったのだが、
散策をしている途中、
「平等院で何が出来るか、じっくり観て下さい」
との電話が入った。
12時50分からは、
あらかじめ予約しておいた鳳凰堂特別拝観を体験した。
極楽浄土の宮殿をモデルにした鳳凰堂には、
平安時代の代表的仏師・定朝が制作した、
本尊阿弥陀如来坐像をはじめ、
周囲の壁には雲中供養菩薩像52体が配され、
実に荘厳な空間だった。
宮城さんは、
ここで何をやってもいいと言ってくれているのだが、
何といっても国宝なのだし、
壁の装飾などを考えると、ちょっと不安になった。
いずれにしても、
せっかくここをお借り出来るのなら、
是非とも、
魅力的な企画を立てなければならないことだけは確認した。
今週から来週にかけてはwillbeのイベントが続くので、
それらが無事滞りなく開催されることを阿弥陀さまにお願いし、
このところ不運続きを嘆いている社長・ミノヤには、
鳳凰が描かれてあるお守りを買った。
.........連休を経て、
明日から始まる新しい週、
阿弥陀さまの慈悲深い姿を心に刻んだことで、
萎みかけていた勇気を、
再注入していただいた気になっている私だが、
果たしてどんな出会いがあり、
どんな物語りが生まれるのだろう。
いつになくよく歩いたので、
頭のどこかに、
「こんなに歩いたんだもの、少しぐらい食べてもいいんじゃないかしら」
という気持ちがあったのだろう。
ブレーキがかからず、暴飲暴食の1泊2日だった。
今日も朝ご飯をたっぷり2膳も食べたのに、
山盛りの宇治茶金時ソフトクリームと、
お昼には京都牛のしゃぶしゃぶ定食を、
うどん・餅・ご飯の果てまで平らげてしまった。
新しい出会いや新しい物語が生まれにくい体型。
これを先ずは何とかしなきゃ。

















































> 宇治・平等院・鳳凰堂
平等院の南に、浄瑠璃寺(九体寺)があります。
30年前、親交のあった尼僧から薦められた女性と、池の東岸(此岸=現世)にある三重塔(薬師如来を安置)に登る石段に腰掛け、池と西岸(彼岸=極楽浄土)にある本堂(阿弥陀如来を安置)を眺めていました。その時、背後に居られた薬師如来は、二人に薬壺を与え背中を押され、二人は石段から前面の池(世間:巷)へと押し出されました。その後、二人は結婚し一男一女が授かり、子供らも巣立ち30年の歳月を経て、ようやく二人は西岸(彼岸)にあるお堂の前の岸に、たどり着きました。
そろそろ、岸を上がり阿弥陀さまの前に、願えが叶うなら「上品」に、進み出よう!・・・と考えていますが、、、阿弥陀さまから、「極楽を目指すには、まだまだ修行が足らぬ!」・・・と、再び池へと投げ込まれそぉー・・・です。結婚30年を機に、お薬師さんと阿弥陀さまへの報告を兼ね、再び浄瑠璃寺を訪問せねば!・・・と思いました。
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【コメントの続き】
息子が小学生・高学年の時、お薬師さんと阿弥陀さまへの報告を兼ね、浄瑠璃寺を訪問しました。
本堂で息子と家内は、説明される僧のお話しを熱心に聞いていましたが、、、私は、脇にあった「東京の国立博物館で公開中!」と明記された四天王像の台座の跡を見ながら、「東京へ長期の宿泊出張かぁー・・・儲かるなぁー・・・」などと、バカな発想しかしていませんでした。その後、奈良の国立博物館で、息子は両親が飽きれる程、仏像を食い入る様に見ていました。帰途、近鉄特急の車内で息子は突然、各仏像の印の結び方を示してくれました。『この子は、人の話を良く聞き、一回で覚えきるのだ!』と脅威にさえ感じた思い出があります。素直に学ぶ習慣は、その後も続き、東大大学院(微生物工学)まで進む知恵が授かりました。
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