9月17日(木)24時38分
今日も「積み残し仕事をやり遂げる日」にすべく、
かけなければならない電話をかけ、
書かなければならない原稿と手紙を書き、
行かなければならない場所に出かけた。
それというのも、
連休中には次なるビジョンを考えたいので、
その前にやり残したことは片づけておきたいのである。
頼まれ事が多いのは、
職業人として、あるいは社会人としては、
嬉しいことではあるのだが、
頼まれたことの全てがうまく行くとは限らず、
私なりに一生懸命やってはみたものの、
結果が芳しくなかったり、
すぐには実現するのが難しいということも、
少なくないのである。
しかし、言いにくい状況ではあっても、
そのまま放っておいたのでは、
頼んできた人に、
過度な期待を抱かせてしまうことにもなるので、
可能性が無いなら無い、薄いなら薄いと、
どこかできちんと「返答」をしなければならないのである。
まだはっきりとは「YES orNO」の結論が出ていない時でも、
少なくともそこまでの経過を、
時間軸に沿って、
丁寧に説明しておかなければならないと思うのである。
数カ月前「テレビドラマにならないだろうか」と、
相談されていたある作品に対して、
いよいよ今日は「難しい」との返答をしなければならないというのが、
今日の「しなければならないこと」の一番大きなことだった。
それでも各局のドラマ担当のプロデューサー5人に、
手紙を書いたり、訪ねて行って、
原作本を読んでは貰ったのだが、
放送局の財政が逼迫する折り、
ドラマ制作はお金がかかるというので、
敬遠されがちなところにもって来て、
海外ロケを必要とする作品だったこともあって、
「内容は悪くないけど、目下海外ロケはまずは無理なのです」と、
いい返事が得られなかったのだった。
電話にしようか、メールにしようか、
はたまた手紙を書いて報告しようか、
迷った末、ここは直接話したほうがいいと、
電話を選び、
誠意を尽くして説明したところ、
何とか理解していただけた。
しかし、これで終わらせたら気の毒な気もしたので、
折々、しかるべき場面で、
「解って貰えそうな人に会ったら、必ず伝えて行きますから」
と言って電話を切った。
少し心が軽くなったことで、
神奈川新聞の締め切り原稿を書き、
今週火曜日にお会いした人にお礼の手紙を書いて、
夕方は資生堂ギャラリーで開催されている、
「女性アーティストと、その時代」に出かけた。
(この展覧会は「行かねばならない場所」ではなく、
「行きたい場所」である)
1980年代頃までは、
アートの世界での女性作家の活躍はまだ珍しかったのである。
最近でこそ草間彌生さんが人気を博しているが、
彼女とて、少し前までは「突飛な発想をする変わった人」という、
受け止められ方が一般的だったように思う。
初期のころの女性アーティストが好んで選んだテーマには、
「子宮回帰」的なものが多く、
表現も生殖器のデフォルメなどが目立ち、
同性としては正視しにくい作品も多かったのである。
(私だけかもしれないが)
ところが、最近の女性アーティストは、
女性性と真正面から対決したりする作品よりも、
「環境」をはじめとして、
現代社会を見据えての文明批判のようなテーマにシフトしており、
さらに、カラッとした表現が多くなってきたので、
(時にユーモラスだったり、とても平和的だったり)
観ていて素直に楽しめるのである。
資生堂は早くから女性アーティストを顕彰してきたのだが、
今回の展覧会では、女性アーティストの変遷が、
当時の雑誌とともに展示されていて、
若い頃から、
アートの周辺をウロウロしていた私には興味深い展覧会だった。
このあと、
尊敬する先輩ワーキングウーマン3人と会食をして、
時計を見ると、まだ(?)9時前だったので、
久しく行っていない女友達が経営するバーに立ち寄った。
ここも「近々、行かなきゃ」と思っていた場所の一つだ。
カウンターで昨今流行のハイボールを飲んで、
女同士それとなくの交歓をして(愚痴るでもなく、気負うでもない会話)
小一時間で引き揚げた。
珍しく独りで歩きたくなり、
景気のせいか、
あまり人通りのない銀座を抜けて、
帝国ホテルの横から日比谷交差点まで歩いて、
タクシーを拾った。
明日は田川啓二さんと十日町、
あと1本、原稿を書いたら眠るとしよう。

















































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