8月6日(木)23時51分
しばらくぶりに「ワイドスクランブル」に出演した。
10時過ぎ、局に入り、
出演者ロビーに行ったら大和田獏さんに会った。
大和田さんは私と同世代ということもあって、
(同じ年の生まれだが、私は早生まれなので、学年は私が1級上)
何となく気が合い、
久しぶりに出演しても違和感なく話が出来る。
(と、私は思っている)
大和田さんは11年間務めたこの番組のキャスターを、
9月末で降りて「俳優の道」に戻ると報道されていたので、
「よかったね。いい区切りを迎えられそうで。
ここで変わらないと、この先はなかなか変われなくなると思うよ。
番組が好調な時に辞めるというのもカッコいいじゃない。
(ワイドスクランブルは高視聴率が続いていて、
最近は「いいとも.........」を抜いているのだという)
役者専任になったら『悪い人』を観てみたいなぁ。
いい人に見えて、凄く悪いという男。
今まで長い間いい人で来たんだから、もういいんじゃない?
いい人イメージがあるうちに演ってね」
と、言ったら、
「そうだね、11年間やれたからね。
それにしても11年間、あっという間だったよ」
と、満足げな表情で語ったあと、
「悪い役ねぇ.........。昔は演ったことあるけど、
この歳になってからだと、いいかもしれないね」
と、人生の新しい選択を終えたと言う感じの、
吹っ切れた笑顔を見せていた。
民放各局のこの秋の番組改編は、
広告収入減から制作費が大幅に削減されることになり、
キャスティングも、
「出来るだけ社員(給料の範囲で使える人たち)を使う」
という路線に変更されるのだという。
ある民放局に勤める友人に聞くと、
「高いギャラの出演者は使わない。
リポーターやコメンテーターも2割程度ギャラダウンをしてもらう。
旅ものや海外・地方取材はなるべく避けるなど、
徹底した倹約令が出ていて、もちろん、全てがお金ではないけど、
「節約、節約」と毎日言われていると、
クリエイティブなんて二の次、三の次という感じになって、
志気も士気も低くなるよね」
と、ものづくり現場の「苦境」を訴えている。
お金がないなら知恵を出すしかないのだが、
ザッと見回したところでは、
意気消沈している制作者の方が多く、
秋の改編で「新しい基軸」は見つかりそうにない。
世はまさに「選択」と「集中」の時代だ。
どんなに苦境に陥っても、
「局の精神」として、最後の最後、何を守るのか。
それを守るには、何を諦め、何を捨てるのか。
押し並べてギャラをカットしたところで、そこに何が残るのか。
局の経営陣も「本質」を問われているような気がする。
制作者の側も、どうしても創りたいもの、
創らねばならないものだと信じるなら、
高いギャラのタレントを「命がけ」で口説けばいいのである。
命がけで口説いても、お金に執着するような人(タレント)をこそ、
「不要」とすればいいわけで、
そこまでやらないで、
「制作費が足りない」ばかりを言い募る人は、
世の中で歯を食いしばって仕事をしている人たちの、
心を打てるはずはないと思うのである。
厳しい現実を凌ぐために、
我慢しなければならないことがあるのは解る。
背に腹はかえられないのも解らないではない。
要はメリハリなのである。
残すものと、捨てるもの。
取捨選択は「知恵の見せどころ」となるだろう。
今日は神宮外苑の花火大会だ。
午後3時を過ぎた頃から、
オフィスの周りでは交通規制を告げるアナウンスが響き、
外苑西通りは早くも渋滞しはじめていた。
今宵は、御苑近くに住む金美齢さんから
「日台交流サロン 花火を楽しむ夕べ」にお誘いをいただいた。
ビル群を背景にして打ち上げられる花火は、
これまで見たことのな光景で、
「この時代、東京で生きていること」を実感した。
ベランダの鉄板焼きコーナーで焼いてくれる松阪牛のステーキ。
金さんとは永年のおつき合いという、
お寿司屋さんが握ってくれる江戸前寿司。
宇和島から取り寄せたという海の幸。
金さんのもてなし心が感じられるお食事ばかりだ。
「あなたが、どうしてここに?」と、
偶然の出会いに驚き合いながら、
前山形県知事の齋藤弘さんから「地方の現状」を聞いたり、
播磨フォーラムでお会いして以来の三宅久之さんと、
お寿司カウンターに並んで座り、
三宅さんの「最新政局談義」を聞かせていただいたり、
花火を背景に楽しいひとときが過ぎて行った。
かつては私も愚息の誕生会や女友達の会、
そしてたまに仕事仲間なども拙宅に呼んだものだが、
最近は忙し過ぎて、めったに人を家には招かなくなった。
いつの日か自分の「サロン」(古い表現だが、本人がそう言うので)
を作るのが夢と言うナカヤカも元気でいることだし、
秋に向けて、拙宅を「人を呼べる家」にしていこうかしらと思った。
その前に捨てるものを捨て、残すものを選択しなければ。
私も身近なところから「選択」と「集中」を始めようと思う。

































民放の秋に向けた番組制作の話、
身につまされる話ですね。
でも、残間さんの次のご意見に接して、
「そうだ!!」と思わず声を上げてしまいました。
・・・・・・・
制作者の側も、どうしても創りたいもの、
創らねばならないものだと信じるなら、
高いギャラのタレントを「命がけ」で口説けばいいのである。
命がけで口説いても、お金に執着するような人(タレント)をこそ、
「不要」とすればいいわけで、
そこまでやらないで、
「制作費が足りない」ばかりを言い募る人は、
世の中で歯を食いしばって仕事をしている人たちの、
心を打てるはずはないと思うのである。
・・・・・・・
知恵と情熱があれば、厳しい環境の中だからこそ
きっと良い番組ができるかもしれませんね。