8月2日(日)24時03分
今日は、訪日中の鮫島有美子さんと夕食をともにした。
鮫島さんからは、
「willbeのサポーティングメンバーには歌手が沢山いるのだから、
チャリティーコンサートでもやらない?
人数が多いならガラコンサートみたいなものでもいいし、
俳優もいるのだから、
朗読なども入れたら面白いんじゃないかしら?
私が住んでいるオーストリアにも、
「朝まで生テレビ」的な番組があるのだけれど、
24時間ではなく、せいぜい4、5時間なのだけれど、
中身は全編チャリティーコンサートなの。
是非、やりましょうよ!」
という提案をいただいていたので、
その件を踏まえて、
久しぶりに「ゆっくり話をしよう」ということになったのである。
実は、私には「ゆっくり話す」以外にも、
今日どうしても鮫島さんに、
話しておかなければならないこと(お詫び)があったのである。
少し前になるが、
「趣味らしい趣味の一つも持たないないまま、
毎日、仕事、仕事で過ごしていると、
老後が殺伐たるものになるのではないか」と思い、
小学校から高校まで合唱部だったことを思い出し、
「唯一好きなことかも.........」ということで、
歌のレッスンを受けようということになり、
鮫島さんのお友達の声楽家・青山恵子先生を紹介いただいて、
お宅に通ったのだった。
しかし、そうこうするうちに、
私が「ユニバーサル技能五輪国際大会」の、
総合プロデューサーに就任したため、
時間がとれなくなり、
止むなくレッスンは中断したままになっているのである。
私は「シャンソンの1曲でも歌えればいいな」
というくらいの軽い気持ちで通い始めたのであるが、
青山先生のレッスンは、
東京芸大大学院で音楽理論の研究をしているということもあって、
正統的な発声練習から入るのである。
毎回「アー」だの「ウー」だのと、
腹筋を使っての発声練習をやっていたのだが、
(多分、私があまり楽しそうな顔をしていなかったのだろう)
やがて「何か1曲やりましょうか」ということになって、
「夏の思い出」という中田喜直作曲の歌を、
教えていただくことになったのだが、
これまた青山先生のレツスンは至極丁寧で、
「夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空」までを、
繰り返し繰り返し練習し、
夏が過ぎて、翌年の秋になっても、
ここまで(「遠い空」まで)しか仕上がらず、
結局、そのまま中断するに至ったのである。
あれから約2年、声楽からは遠ざかっていたのだが、
つい先頃、家の裏手の路地を歩いていたら、
「音楽院」の看板が掛かった施設を見つけたので、
中を窺っていたら、
カウンターに素敵なマダムがいて、
「何か、お習いになりたいのですか」などと話しているうちに、
最近番組をやっていても、
口の動きがあまり良くないのが気になっていたので、
ここでボイストレーニングをやっていただくことにしたのである。
しかし、このことを先ずは鮫島さんに報告をしておかないと、
青山先生に失礼になると思い、
今日鮫島さんにお詫びかたがた話をするまでは、
ナカヤマにも内緒にしていたのだった。
レッスンは土・日のいずれかにしていただくことにしたのだが、
さすがにナカヤマは、週末の私の「謎の行動」を、
訝しく思い始めているようなので、
今週ぐらいがカミングアウトのタイムリミットなのだった。
(ああ、これでスッキリした)
.........というわけで、
「背中痛」対策も含めてではあるが、
サポートストレッチに整体、
ここに、ボイストレーニングが加わって、
私の空き時間は皆無となってしまった。

































昔、エリカ・ユングの「飛ぶのが恐い」が話題になった。女性として自立したいのだが、女性ならではの居心地の良さから脱却するのが恐くて飛び立てない女。
残間氏の場合、「空くのが恐い」、つまり立止まって自分の越し方行く末を直視する時間が空くのが恐い、そんなところだろう。