8/18(火)私は、不純な孝行娘なのかもしれません。

icon_zamma.jpg8月18日(火)10時15分

朝起きて、
年々歳々、地味な花になっていくベランダの朝顔に水を遣った。
(去年も書いたが、息子の小学校1年の時の宿題の朝顔の種を、
今年も蒔いたのである。年々痩せ細っていくのが、
我が身と重なって愛おしくもあり.........)
お風呂に入って、軽く洗濯を済ませ、
安宿の朝ご飯みたいな質素な朝食(十五穀米、ナスの味噌汁、
シラスと大根おろし、納豆、自家製ぬか漬けのキュウリ・大根・人参に、
常備菜の昆布の佃煮など.........)を食べてから、
3人にメールを返信したら、午前8時すぎ。
ブログは、この時間帯で書ければいいなと思っていたので、
ようやく理想のペースになることが出来た。


ところで一昨日、私がこの欄に、
「母を東京湾ディナークルーズに連れて行った」と書いたら、
親しい女友達から「あなたのブログを読んで、ちょっと落ち込みました」
というメールが届いた。

彼女は、
大分前から両親を家に引取って介護しているのだが、
数年前に父親の最期を看取り、
今は86歳の母親の面倒をみているのである。
本人も足首に原因不明の痛みがあって、
病院と縁が切れない日々が続いていることも影響しているのだろう、
お盆の15日に、溜まりに溜まった気持ちが爆発して、
母親と喧嘩をしてしまったのだという。

「86歳の母と同じ土俵でやりあった自分にガックリ来ていたところに、
あなたが親孝行をしているブログを読んで、
心底情けなくなって.........」と書かれたメールを読んで、
私が久しぶりに「親孝行の真似事」をしたくらいで、
「一人悦に入っている」ように感じさせてしまったのかも知れないと、
彼女の胸中を察して、反省した。
結局、ああでも言わないことには、
自分で自分を励ますことが出来ないという側面があるのが、
「親の介護」なのである。

正直に言えば、
親の介護というものは、
自虐的な自分を意識しつつも、
どこかで自己満足をしないことには、
持続していけない「行為」なのである。

もちろん、産み、育ててくれた親なのだから、
出来るだけのことはしたいし、
人生の最期の港まで伴走したいとも思っているが、
日々目の前に立ちはだかる現実の前で、
気持ちが爆発することは大いにあり得ることなのである。
私が母を突然ディナークルーズに連れて行きたいと思ったのだって、
あまりにカッコ悪いから、端折って書かなかったが、
先週、母にちょっとキツイ言い方をして哀しそうな顔をさせたのが、
胸のどこかにに引っかかっていたからなのである。

それともう一つ、
キッカケになるある出来事があったのである。

日曜日、渋滞に巻き込まれたタクシーの中で、
耳の遠い母に大声で電話をかけていた私が、
溜め息をつきながら、
携帯電話をオフにしているのを見た運転手さんが、
「お客さんもお母さんの介護をしているんですか」と、
遠慮がちに、しかし聞かずにはいられない(話さずにはいられない?)
という感じで聞いてきた。

「介護というほど大袈裟なことではないけれど.........」
と言う私に、
彼は静かな口調で語り始めたのだった。

「5年前から母の介護をしているんですけど、
母のことで休まなければならないことが続いて、
会社から信用されなくなりましてね。
仕事も1年半で3回も変わって、もうこの仕事しかなくなりました。
僕は24年生まれで、長男です。弟が一人いるんですけど、
単身赴任で地方にいるので、母の介護は頼めません。
僕の妻は3つ下ですけど、母と折り合いが悪くて、
母の介護はしたくないというので、
妻と娘を家に残して、僕だけ埼玉の実家に帰っているんです。
離婚はしていませんが、妻とはだんだん会わなくなりました。
でも最近、大学生の娘が時々訪ねて来てくれるので、
それが唯一の楽しみなんです」
ここまでは明るい調子だった。

私が「.........大変ですねぇ。少し前まで介護は女の仕事、
みたいに言われていましたけど、最近は会社を辞めて、
親の介護をしている男たちが増えましたよねぇ」と、言うと、
少し沈黙があって、
「フーッ」と息を吐いたかと思ったら、
思い切ったように、再び口を開いたのだった。

「.........お客さん、介護って、大変ですよねぇ。
毎日見ていない人には解らない辛さってありますよねぇ。
今は朝、ケアをしてくれる人に託して、
日中は施設に入れて、夜僕が帰るまで別のケアの人に頼んでいるんですが、
この間も、ヘトヘトになって帰って、
しばらくたって気がつくと、
おふくろが部屋中に粗相をしていて、
ティッシュの箱を二つ、バラバラに壊して、
部屋の中が凄いことになっていて.........地獄のようでした。
あとで冷静になって考えてみれば、母も認知症の頭で、
何とかしようと思って、ティッシュを出したかも知れないのに、
僕、瞬間、絞め殺したくなったんですよ。
母親をですよ。
僕は、そんな人間じゃなかったのに、
昔から僕と母親は凄く気が合っていたのに.........、
あの時、母の首に手をかけたい衝動がたしかにあったんですよ。
何日も自分を責めました。
でも、またいつそう思うかも知れない自分もいて、
怖くて、怖くて仕方ないんです」

運転手さんは泣いているようだった。
私も、共感なのか、
もらい泣きなのか解らない複雑な涙が流れた。

渋滞の原因は他府県ナンバー同志の接触事故だったようで、
私たちの車は、
パトカーの前でうなだれている運転手さんたちの脇をすり抜け、
スムーズな流れの中に入っていった。

そろそろ目的地が近づいて来たので、
今度は私が口を開いた。
「運転手さん、今やってあげていることはいつかきっと報われますよ。
『あの日々があってよかった』と思える日が必ず来ますよ。
それと、今日のように、お客でもいいから、
『辛い』って言った方がいいですよ。
解らない人は解らないでしょうから、すぐ話を辞めればいいのだし。
でも、中には解ってくれる人や、
私のように勇気づけられる人間もいると思いますよ。
運転手さんの話を聞いて、
私、もう少し母を大事にしなきゃって思いましたからね。
お互い、自分だけじゃないって思って、頑張りましょう!」

運転手さんに言った話の前半部分は、
私が私に向かって言ったことなのである。

目的地に着くと、運転手さんは少し明るい声になって、
「すみません、お客さんにこんな話をして.........。
でもお蔭で僕も気が軽くなりました。
今日はオフクロに何か好きなものを買って帰ります。
ありがとうございました」
と言ってくれたのだった。

あのひとときがなかったら、
母を「東京湾ディナークルーズ」に連れていったかどうか解らない。

私も純粋な孝行娘ではないのである。

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コメント(7)

本当に素敵な文章です。実際の情景がまぶたに浮かんできて 思わず引き込まれるように読みました。
まさに 残間里江子の真骨頂 ここにあり です。その素晴らしさをうまく表現できず、もどかしい限りですが、実生活の中の真実を感じて 感銘を受けました。

お母さま きっとあなたの心遣いに 深く感謝していらっしゃると思います。

まだ比較的元気な80歳前の母と同居して十年以上たちます。
一緒に出かける友人が少なくなってきた母と一緒に、仕事の合間を縫って旅行や舞台を観に行ったりすることが増えました。でも母の気持ちと私の意図がかみあわずに気分を害したり害されたり、はしょちゅうあります。
自分の母と同居なのでいろんな人から「良いわね」といわれることも多いですが、三世代一緒だと、みんないろいろ都合や意見もあり、真ん中にいる私はストレスを感じることも一番多いはず。

でもいくら揉めても母が居なくなるよりずっといい状態だと考えています。自分の将来の予習をしている感覚でいますが、これから自分の身体がきかなくなり、母も不自由になったりしたら、どうすればいいでしょうね。

積極的に「老い」について「介護」について準備しなければいけない年齢になりました。

私の母は62才で認知症が始まりました。62ですよ!

あの時はわからなかったんです。まさか、もしや・・と

認めざるえなかったことが、続々とおこりました。

私は母は元気でいてくれさえすれば、いいんです。

それ以上は何も望みません。娘の私がわからなくても

食事ができて、ゆっくり眠れたら、人間最高ではないです

か。煩雑なことから解放された母の笑顔をみると、ひしひ

しと感じます。

今朝のニュースにも、重い介護からの不幸な事故が出ていました。運転手さんのお話によく似たことも身近にあります。親への愛は十分にあっても、毎日の出口の見えない介護は本当に大変ですね。自分の両親はもう亡くなり、現在は義父母の老人問題に直面しています。先週老人施設を見て回りましたが、これもなかなか難しい。かつては仲も良かったであろう両親も、高齢になるとそれぞれ自分のことで精いっぱいなのです。残間さんの記事、「親の介護とは自虐的な自分を意識しつつも、どこかで自己満足をしないことには、持続していけない行為」にそうだ、そうだと頷きました。運転手さん少しでも気持ちが楽になられたのならよかったですね。

親父は90才、お袋は78才で他界しました。九州と東京に離れており、二人の面倒は妹たちに任せっきりで、僕自身としては十分な介護が出来なかったのが、今でも心残りです。

残間さま、はじめまして。
私の母親も痴呆症です。
毎日を、やるせない思いで過ごしています。
一人娘ですが、母とは子供の時から折り合いが悪かったせいもあり、何かあるごとに、自分のトラウマが目を覚まし、母を責めます。 
今までずっと自虐的だったのですが、ろくでなしの子というレッテルを貼られてもいいと開き直ることが必要かなと考え至った今日この頃です。
もちろん、ヘルパーさん達の協力がなければ成り立たない日々ですが・・・。

この日の残間さんのブログと皆さんのコメントで少し気持ちが楽になりました。 
ありがとうございました。

何度も読みました。残間さんの文から、タクシー運転手さんの声が聞こえてくるようです。家族の介護をなさってる方は、それぞれ色々な思いや状況を抱えて介護なさっているのがよく分かります。
私の兄も両親を介護しているので、運転手さんの帰宅後の様子にはドキッとしました!
2ヶ月に一度の帰省でも兄の負担が軽くなるならと、待っている両親や兄の顔を思い浮かべながら帰省しています。
私自身のそう遠くない老いや介護の事も考えながら・・・

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本日発売されるファミリーマートの「おとなのおやつ」。“おとなコンビニ研究所”の商品割引券でお買い求め頂けます。

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初夏に新刊を出版される浅野史郎さん。この日は2時間立ったままで講演された。



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裏面。



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練習後、メンバー全員でグラウンド整備。

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自主練に参加したメンバーの皆さんと記念写真。



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プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。