7月5日(日)24時03分
今日はインテルとclub willbe の共催企画である、
「大人のためのパソコン教室」第3回が開催された。
特別ゲストは天野祐吉さん。
天野さんの飄々とした風情と、
世の中を見渡す時の角度と距離感がいかにも自由人的で、
カッコよく思えるのだろう、
何人もの方から「パソコン教室が満員で無理なら、
(器材に限りがあるのでしょうから)
天野さんのミニトークだけでも入れてはもらえないでしょうか」
という声が上がったほどの人気だ。
天野さんが30年間発行してきた「広告批評」は、
この4月惜しまれつつ姿を消したのだが、
30年もの長きにわたって自らが発行人となって、
定期刊行物を出版し続けた「重圧」から解放されたせいか、
清々しい表情の天野さんだった。
天野さんは、20年くらい前から、
「大人はもっと遊ぶべきだ」と言い続けているのだが、
パソコンをものにするや、
「パソコンこそ、この時代の大人の遊びのためには不可欠なもの」
と位置づけ、一日最低1時間はパソコンの前に座って、
「知的ひまつぶし」をしているらしい。
「大した事ではないことやくだらないこと」を、
一生懸命遊ぶのが「大人の粋」というもので、
いつまでも仕事をしているのは「野暮」と言われた江戸の人たちを、
お手本にすべきだと常々おっしゃっている天野さんは、
パソコンはこの時代の最高の「ひまつぶし」と絶賛している、
「江戸の大人たちはとても遊びに長けていて、
一人でも遊べる『遊び方100選』みたいな本も出ていたくらいなんですよ。
それは例えば『手を頭の後ろから回して、自分の鼻をつかんでみる遊び』
といったようなものなんですが、
『右回りが出来たら、次は左回りをしてみる』みたいな、
実にくだらないことなんだけど、
でも大人がそれを真剣にやるって、いいでしょ。
今の人たちは、必要なもの、不必要なものと区分けしてしまうけど、
どうでもいいようなことをしっかりやるということが、
人の深みや奥行きに繋がると、僕は思うんですよね。
Wikipediaで調べものをしたり、YouTubeを覗いたり、
チャツトで世間話をしたり、ブログで自分を鏡に映してみたり、
ネットサーフィンをして世の中を回ったり.........
大人たちも、さまざまなひまつぶしをしてみればいいと思いますね」
と、この時代の大人の遊び(すさび事)について、
「どんどんやるべき」とエールを送って下さった。
天野さんは、これまた十数年前から、
「あんこは粒あんがいいか、こしあんがいいか」の、
「研究」をしているのだが、
(こういうことが「大人の遊び」の最たるものということで)
そこに由来するブログ「天野祐吉のあんころじい」は、
天野流の時代検証が面白い。
「僕が『広告批評』を辞めた原因とも関係があるんだけれど、
もうマスコミの時代ではないと思うんですよね。
マスコミが上から「こう思え」みたいな形で情報を流すより、
それを実際に見たり、使ったりした人たちが、
『それ面白いよ』とか『それおいしくないよ』と、
ネットに書き込んだほうがリアルですよね。
つまり、今やパソコンは口コミの道具なんですよ。
それもあっという間に広がる口コミ。
これからは口コミの時代なんじゃないでしょうか。
それにつけても、大人が関わらないと駄目です。
大人がパソコンを駆使して、
さしあたっては「若者イジメ」をして、
若者を鍛えてやりましょう!」
天野さんは、
この先の名刺の肩書きを、
「隠居」にしようかなとおっしゃっていたが、
先々週寺島実郎さんに見せてもらった、
「家事手伝い」という肩書きの、
横澤彪さんの名刺もカッコよかった。
天野祐吉さん、76歳。
こんな大人が増えると、日本はもっともっと楽しい国になりそうだ。

































今朝のブログは、週始めの重い月曜日の気持ちを解放してくれるような爽やかさを感じました。
天野さんの文章や、あの笑顔のとおりの、力みの無いしなやかな生き方がそうさせてくれるんでしょうね。
横澤さんの、家事手伝いという、肩のこらない自由な生き方も素敵ですね。
人生、むやみと力を入れ過ぎがちですが若いうちから、隠居さんのようには行きませんが一つの目標を示してくれるようです。
小生の関わっている仕事で、よく心理学系の方々のお話を伺うことがあるんですが、必ずおっしゃられるの『一人遊びが出来ること。』の重要性です。
それぞれひとかどのお仕事をされた方々故の説得力を感じます。ほんとの大人の素晴らしい生き方を実践されている方々ですね。
> 100歳になっても、遊び続けよ!
○知能&体力的には「75歳が遊ぶ限度!」と考える私に、残された暇は15年弱となり、正直、焦っています。
>江戸の大人たちはとても遊びに長けていて、
○中国でも、「人生は、ニラの葉に結ぶ露に似てハカナイが、露の様に再び蘇る事が出来ぬ。ならば現世の歓楽に勤めよ!」・・・と、詩聖たちは諭されています。
雑 詩 陶潜(陶淵明:東晋の詩人) 注.横読みです。
盛 年 不 重 來
一 日 難 再 晨
及 時 當 勉 勵※1.
歳 月 不 待 人
※1.勉勵(励):歓楽に励めよ!
長年、知識や知恵の蓄えを怠って来たので、詩聖たちの様に、人生の最後になっても、多様で多面な事象を歓び楽しむのに苦労し、悔やんでいる!・・・のも又、一興!・・・と心得ています。
(text end)
【コメントの続き】
> 詩聖たちの様に
この語句を、入れるか or 入れないかを迷いましたが、挿入する事で、「一興!」の意味する処(意図)も変わり、かなり過激な文章となりました。
m(_ _)ゞ ← こんな過激な文体を習得した馬鹿!です。
「楽屋」を観た日に会員になったアラ還の遊び?盛りの私。一人ではなく、ひとり遊びをモットーに遊ぶぞ宣言十年をただいま実行中です。
ひとり遊びができ、プチボランティア精神があることが人をみるポイントにしてます。
天野さんのお話だけでもお聴きしたかった一人です。
江戸時代の庶民の生活振りもなかなかおもしろそうで興味をもっています。
残間さんの生活スタイルが垣間見えて、愉しく拝見してますが無休?のようで心配です・・・
心に栄養を。