7/13(月)頼近さんが遺したもの。

icon_zamma.jpg7月13日(月)24時17分

今日は、
5月17日に亡くなった頼近美津子さんの「お別れ会」が、
お茶の水にある日本大学カザルスホールで開催された。

パイプオルガンの音色が響く場内に入ると、
ステージ正面に、
色とりどりの花々に囲まれた頼近さんの遺影が飾られてあった。
遺影を飾るお花が白い花ではなかったのと、
ピンクの色鮮やかなプラウスを着て微笑む頼近さんの遺影が、
黒ではなく、白い縁どりだったこともあって、
ホールはやわらかな雰囲気に包まれ、
「お別れ会」とは思えぬ華やぎがあった。

18時丁度に場内灯がしぼられ、
この何年か一緒に司会をすることが多く、
特に病状が思わしくなくなってからは、
頼近さんの代役をも務めてきたという、
フジテレビアナウンサーの軽部真一さんの司会で、
会は始まった。

頼近さんが広島の少女時代に通っていた音楽教室の仲間で、
今はチェリストとして活躍する山崎伸子さんの演奏に始まり、
頼近さんと親交のあった音楽家の演奏と思い出話が続いた。
 
みんなの思い出話を聞いていると、
頼近さんは心底音楽を愛し、若き音楽家を励まし続け、
チヤリティーコンサートのプランニングや司会などを、
積極的にやっていたということが分かり、
今更ながら素晴らしい人だったのだなぁと思わせられた。

バイオリニストの古澤巌さんに続いて現われたのは、
先頃ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した、
辻井伸行さんだった。
元々優しい曲調ではあるのだが、
それでもショパンを、
これほどまでにやさしく弾けるのかと思うほどやさしく弾き、
「コンクールの結果をお報せ出来なかったのが心残りで、
今夜はその思いを届けたいという気持ちで弾かせていただきました.」と、
本当に哀しそうに言っていた。

次いで登場したのが、今はハーバード大学で物理学を学びながら、
バイオリニストとして活躍する五嶋龍さんだ。
アメリカから急遽駆けつけたのだという。
「パガニーニアーナ」を泣きながら弾く龍さんの姿に、
もらい泣きをする人もいた。

7歳から17歳までの10年間、
テレビのドキュメンタリー番組で、
頼近さんとご一緒して以来、
心を打ち明ける仲でもあったらしく、
声を震わせて「この先10年も20年も見守っていて欲しい」と言っていた。

広島で龍さんがコンサートをした時の映像が残っていて、
場内のモニターに流されたのだが、
頼近さんは実家が広島だということもあって、
二人の息子さんを連れて行ったらしいのだが、
演奏会の合間にまだ幼さが残る龍さんを海浜公園に連れて行って、
自分の息子と遊ばせている姿は、
親戚のお姉さんのように親身な対応だった。
その姿を見ると、
「僕の表の顔だけでなく、全てを知っていてくれた人でした」と、
龍さんの言葉が素直に理解出来た。

最後はマエストロ・小澤征爾さんの登場だ。
遺影に向かって静かに一礼をして、
チャイコフスキーの「弦楽セレナード」(第3楽章、第4楽章)が始まった。
演奏は、頼近さんと仕事でご一緒したことのある音楽家たちで、
特別編成されたアンサンブルだ。

私はこんなにも熱く、深く、全身を波打たせながら、
指揮をするマエストロの姿は見たことがなかったので、
我を忘れて聴き入った。
そして、在りし日の頼近さんの、熱さと強さを思い出していた。

最後に親族を代表して二人の息子さんが謝辞を述べた。
密葬の時より一段としっかりしたように見える二人が、
母を思う気持ちを力強く述べた。
「幼い頃から『尊敬する人は誰?』と聞かれる度に、
『母です』と答えてきましたが、それは父親代わりを務めながら、
どんな時にも笑顔を絶やさず、
僕たちを明るく元気に育ててくれた母に対する思いから、
そう答えていたのでした。
でも、今日のこの会で、母の別の偉大さを知りました。
これから僕たちも、頑張って生きて行きます」

信じられない豪華なキャスティングのコンサートに、
天国の頼近さんはとても感激していたと思うが、
それと同じくらい、
息子たちのこの言葉に安心したのではないかと思った。

会が終わって、
故・鹿内春雄さんの実姉の鹿内寛子さんと話をしたら、
「今日のこの会は、あの子達にとって、
とても大きな意味を持ったと思うわ。
何人もの方が弦の糸を切るほどの渾身の演奏をしてくださって、
糸が切れたことを意に介するでもなく、泣きながら演奏をして下さる姿は、
幼くして父を失い、今、母と別れて生きるあの子達にとって、
素晴らしい門出を与えて下さったと思うわ。
もう、これで大丈夫、
口うるさい伯母の役目もそろそろ終わりだわ」
と、言っていた。

フジ・メディア・ホールディングスの日枝会長も、
この日は、メディア界の重鎮というよりは、
早世した大切な同僚を思い続けた先輩が、
(春雄さんは日枝さんの上司ではあったが、
二人はまるで兄弟のように強い繋がりで結ばれていた)
遺族を気遣いながら、
お通夜、密葬に続き、頼近さんの死にじっと寄り添っていた。
「残間ちゃん、俺もこれで一段落だ。
頼近をテレビマンユニオンにマネイジメントをお願いして、
本当に良かった。こんな素晴らしい音楽会で送って貰えたのも、
テレビマンユニオンのお蔭、重延さん(重延浩会長)のお蔭だよ」
と、穏やかな表情で語っていた。

母親は違うが、同じ父を持つ鹿内春行くんも、
母を亡くした弟たちを庇うように、忙しく動いていた。
頼近さんは息子二人が二十歳を過ぎるまで一緒だったが、
春行君の母・晃子さんが亡くなったのは、
春行くんが生まれて7日目だから、
考えようによっては、春行くんも淋しい少年期を過ごしたのである。、
それでも、頼近さんが可愛がっていたこともあって、
頼近さんが亡くなってからは、
3人の息子たちの結束はいっそう固くなり、
何でも相談をし合っているのだという。

これも、
頼近さんが遺していった息子たちへの「贈りもの」なのだと思う。

親が子供に遺すもの.........。
モノ以外の何か。
ますますしっかり生きなければと思った。

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コメント(6)

フジTVで放映の予定ですか?

情景が其の侭伝わりました。
梅雨明けの暑い午後ですが全身鳥肌です。

10年間テレビで楽しませて頂いたし龍君を同じ目線で見守っていた様な感覚でした。

頼近さんの聡明で美しく、素敵なママで有った事は想像に難くないです。

残された3人のお子さん達、まさに頼近さんその者の様な気がします。
毎日お忙しい中ブログUPご苦労様です。感謝!

また泣いてしまいました。
最近のショックなできごとは頼近美津子さんの壮絶死でした。同じ広島出身であることや晃子さんの残された息子さんの人生を気にしてました。
残間さんの暖かくみつめておられる心が伝わりました。
人と人とのつながりにこみ上げるものがあり、
死はその人にとって最後の生き様ですね。

このような重くて長いブログは
ほかに知りません。
心の日記をゆっくり
読ませていただきました。

読んで心にじーんときました。

私は父親が小学生の時に亡くなりましたが、母が長生きしてくれているのが心の救いだとずっと思ってきていました。それを考えると残された息子さんたちが・・・と思っておりました。
残間さんはじめみんなあたたかく見守っているのですね。

亡くなられたお母様は暁子(晃子→暁子)さんで、春行さんが生まれて47日目に亡くなられたそうです。

これからの3人の息子様たちのご活躍を・・・、鹿内さん、頼近さん、暁子さんのパワーを受け継いで何か大きなものを生み出していくかもしれない・・・と感じました。

ばーか

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プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。