6/21(日)拓郎の「今日まで」そして「明日から」

icon_zamma.jpg6月21日(日)25時33分

吉田拓郎のコンサートツァー初日を観に、
名古屋に行った。

せっかくの拓郎コンサートなのに、
新幹線の中で仕事をしたくはないと思い、
前日根を詰めて仕事をしていたら、
寝る時間が2時間半しかなくなってしまって、
フラつきながら東京駅に向かった。

既に8月3日の東京公演(最終日)のチケットは押さえてあったのだが、
高校時代からの女友達をどうしても連れて行きたくなって、
初日チケットをも必死で入手したのだった。
(何しろ、拓郎は、「今後、全国ツアーはしない。
これが最後のツアーだ」と公言しているので、
全国各地の10公演はあっという間に完売したのである)

この拓郎ファンの女友達とは、
大昔の朝霧高原のオールナイト・コンサートをはじめとして、
拓郎のコンサートのかなりの数をともにした仲で、
2006年の「つま恋」も一緒に行ったのだった。

私がSBSの局アナだった頃、
彼女は商船三井のブラジル航路の,
キャビンアテンダント(CA)を辞めて、
その次の就職が決まるまでの間(その後,ANAのCAになるのだが)
しばし郷里に戻って、静岡市で働いていた時代があるのだが、
通勤の東海道本線の中で、
由比や興津の海岸線を眺めながら、
二人でよく拓郎の話をしたものだった。

その彼女が、
昨年とても仲良しだった妹さんを不慮の事故で亡くし、
未だ涙が乾かない状態なので、
何とか力をつけたいと思っていたのと、
丁度今月彼女が還暦を迎えるので、
「お祝いを兼ねて」との名目で、
「名古屋サプライズツアー」を企画したのである。

ところが、妹さんに次いで、
ご主人の義母さんが亡くなったり、
実母の手術が重なったことなどが影響したのか、
先月末、突然体調を崩し、
私が「拓郎ツアー」を「発表」した時には、
既に精密検査の日程が組まれてしまっていたのだった。

それでも「何とか行きたい」と、
彼女も直前まで頑張ってみたのだが、
昨日になっても眩暈と頚椎の痛みがとれず、
やむなくナカヤマに代役を頼んで、
同行して貰うことにしたのである。

会場のセンチュリーホールは、
名古屋国際会議場域内にある大きなホールだが、
開場間もなくから建物をグルリと巻くような形で、
沢山の人が入場を待っていた。
私と中山も列に加わり、
ふと回りを見回すと、頭髪の乏しい人から、
どうみても20代の若者まで、
色とりどりの(?)老若男女が並んでいた。

開演は18時だったのだが、
このくらい大きな空間での公演だし、
ツアー初日ということからすれば、
10分程度の「押し」(遅れ)はよくあることなので、
のんびりグッズコーナーの列に並んでいたら、
定刻少し前に、
「間もなく、開演です!」のアナウンスが流れてビックリした。

あたふたと席についたのだが、
着席するや否や、
ステージにいきなり拓郎らしき人が現われ、
歌い出そうとするのだった。

「らしき」と書いたのは、
今度のアルバムのジャケット写真でも見てはいたし、
インタビュー記事にも「痩せた」と書いてあったので、
知ってはいたのだが、
さらにいっそうスリムになっていて、
「ん?これ、拓郎?」と思うほど、
イメージが変わっていたのである。
髪の毛の長さこそ違うが、
二十代の拓郎がそこにいたという感じだったのである。
(これは本当に嬉しかった)

私は、一挙手一投足を見逃したくないと思って、
家から双眼鏡を持参していたのだが、
この「ニ十代の拓郎」を感じた瞬間から、
ほとんど最後まで双眼鏡を覗きっ放しだった。

コンサートの詳細は、
この先行く人のために書かないでおくが、
とにかく「素晴らしいコンサート」だった。

考えてみれば、
2003年に肺癌が見つかり、
摘出手術と半年間のリハビリを経て、
復帰ツアーが3年連続で開催され、
その頂点が2006年の「つま恋」だった。
その後、2007年に名古屋での公演後、
スタッフとの食事の席で具合が悪くなり、
救急車で病院に搬送されて、
そのままツアーは中止になったのだった。

因縁の名古屋でもあったので、
心配だったのだが、(それもあって、観たいと思ったのであるが)
声はよく出ていたし、お喋りもいつになく長めで楽しめたし、
観客にも一切媚びない態度もいつも通りだった。

「あまりに歌いすぎた歌は歌いたくないもので、
ずっと歌って来なかった曲があるんだけど、
今日は歌おうと思う。
候補曲が2曲あるんだけど、どちらか1曲を歌うけど、
どっちがいい?」と、聞いて、
本当にい1曲しか歌わなかったあたりは、
「バンカラ&ガンコな拓郎」の健在ぶりを示していて、
カッコよかった。
(観客は両方を望んで、両方にもの凄い拍手を送ったのに、
やらなかったのである。他のアーティストなら絶対やると思ったが.........)

最後のほうで(ここも、ぼかしておかないとね)
新曲「ガンバラナイけどいいでしょう」を歌ったのだが、
双眼鏡で観ていたら、
「ガンバラナイけど」はオンマイクで歌っていたが、
「いいでしょう」は歌わないか、歌ってもオフマイクだった。

ああ、拓郎は今日も、
「頑張っている自分」を感じているんだと思った。
先日この欄にも書いたが、
この曲は、最後の方で一箇所だけ、
「ガンバレナイけどいいでしょう」という歌詞があるのだが、
(「ガンバラナイ」のではなく「ガンバレナイ」)
そこだけは、拓郎は「いいでしょう」を声を張り上げて歌っていた。

意図してのことなのか、
無意識だったのか解らなかったが、
不意に胸を衝かれて、涙が流れそうになった。

「ガンバラナクテいいでしょう」にクロスして、
「♪~私は今日まで生きてみました~♪」という歌、
最近のコンサートでは封印されていた、
「今日までそして明日から」が流れ出した。
拓郎はこの曲に乗せて口だけを動かして、
「ありがとう」を十数回言っていた。

最後のお辞儀は、
腰を深々と折ったまま、
30秒にものぼる長さだった。

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コメント(4)

素晴らしいコンサート会場の様子がよくわかりました!

一緒に参加予定されていたお友達
一日も早く体調の回復をされますように念じております

残間さんの友人を思う気持ちと拓郎ファンをともに共有しようという
熱い思いも伝わってきました

吉田拓郎さんは、当時エレックというレーベル会社から、ソニー・ミュージック{当時CBS/ソニー)へ移籍して来ました。大きなギターを片手に、雪駄履きでした。
『今日まで、そして明日から』を聞いて、我々とあまり変わらない、20代の後半で、よくもこのような老成した歌を、当たり前のように歌えるものだと感じ入りました。
フォークの好きな仲間達は酔うと必ず夢中になって歌いました。
あれから、35年以上が経ち、今の拓郎さんが、あの頃に増して、強いメッセージを伝えてくださることに音楽のもたらす力と拓郎さんの活躍に改めて敬服いたします。

わたくしも、高校1年くらいに、『夏休み』を聞いて拓郎のファンになりました。残念ながらコンサートで生の歌を聴くことなく40年近くたってしまいましたが。いま1度 ”テープ”をまわしてみようかな。『高円寺じゃないよね』『リンゴ』『落葉』『まにあうかもしれない』『線香花火』....くーっ!懐かしい。

残間さんもチケット入手が困難だったなんて驚いてしまいました。招待券とかをいただくのかと・・。

朝のテレビで観た拓郎の表情は疲れているようだったので心配でした。残間さんの、ぼかしていただいたご報告を読んで、いつもの拓郎節だったようだし、ずっと歌ってなかった曲も歌ってくれたようなので安心しました。

75年つま恋に行ったことのある友達と、07年のコンサートに緒に行く予定が拓郎の病気で中止。
昨夏天国に旅立ってしまった、その友達の写真を持って
3日後、拓郎に会いに行きます。

一般人の私達が、好きな拓郎にまつわる様々な場面・・・喜びや胸を痛めることも・・・残間さんと共感できることがあるのを、うれしく思っています。

毎日、ガンバラナイけどいいでしょう を聴いています。

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プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。